想いをつなげる
2020.11.20

『DEAN & DELUCA MAGAZINE』では、創刊を記念したトークイベントを、2019年12月11日に東京・代官山の蔦屋書店にて開催。 本誌の編集長である松浦弥太郎氏とフードスタイリストの高橋みどりさんをお招きして、メディアコンセプトである「おいしい料理とは生きる知恵である」を紐解きながら「おいしい」ってなんだろうをじっくりお話する会となりました。
REPORT
松浦弥太郎×高橋みどり
「じっくり『おいしい』について話す会」で、話していたこと。
東京・代官山 蔦屋書店 -前編
『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の編集を手がける松浦弥太郎さんと、フードスタイリストの高橋みどりさん。のっけから始まった二人共通の話題は、30年以上も前のN.Y.でした。
当時、新しい食を発信するお店として注目を集めていたDEAN & DELUCA。お店に流れていた、スペシャルな空気感を浴びている者同士の、記憶をたぐりよせながら紡がれる生き生きとした対話に、聞いている人たちも、あたかもそこにいるような感覚を味わえました。
やがてたどり着いたのは、DEAN & DELUCAとともに、二人がこよなく大切にしている食への考え。そう、ひとたび耳にすれば心に深く届いてなくならない、とある言葉でした。
DEAN & DELUCAとの、ドキドキの出会い
- 松浦
- DEAN & DELUCAとの出会いはけっこう古くて、
僕がまだ21歳くらいの頃。
N.Y.に旅をして本屋さんに行ったとき、
『The Cooks Marketplace New York』という本が、
すごく売れていたんです。
要するにN.Y.のお店紹介の本なんですけど、
パン、お惣菜、食材、料理道具などの
カテゴリーに分かれていて、
そこにDEAN & DELUCAが何回も出てくる。
N.Y.の新しい食を発信している店だと、
すごく注目を浴びていた。
で、行ってみたのが最初。
- 高橋
- 最初のお店は、
もうちょっと小づくりでしたよね。
- 松浦
- そう、ちょっとマニアックな感じで。
お店の人たちが食材について、
ものすごい詳しいんですよ。
いろいろと説明してくれる。
僕なんかまだすごく若かったから気後れしちゃって、
英語も喋れないし、ドキドキしていました。
そうこうしているうちに、
今ある場所に引っ越したんです。
SoHoのブロードウェイ沿いの
スプリングストリートっていう地下鉄の駅のすぐ角に。
- 高橋
-
これがけっこう大きくて。
- 松浦
- 最初見たときに、ガーンって感じ。
- 高橋
- そう、ガーンってきましたよね。
かっこいい! みたいな。
- 松浦
- N.Y.のあのあたりはどこもそうなんですが、
とにかく天井が高くてドアが大きくて、
入った途端に世界中のスパイスの匂いがフワッて。
- 高橋
- なんかもう、ドキドキワクワクしました。
アルミ容器のスパイスをお土産に
- 松浦
- ほんとそう。
棚はメタルのエレクターシェルフで。
- 高橋
- そうだった!
- 松浦
- いかにも倉庫のように並んでいて、
商品がズラッとあるんですよ。
- 高橋
- 今、よみがえってきました。
- 松浦
- でしょ。
で、入ると野菜やフルーツがあって、
左側にお惣菜やお肉、お魚があった。
- 高橋
- 魚が氷の上にあったんですよね。
- 松浦
- そう。
とにかく、なんていうんでしょう。
ディスプレイが斬新で、食材が美しい。
- 高橋
- きれいですよね。
- 松浦
- で、そのときに買ったのがこれ。
皆さんご存知ですよね。
スパイスやチョコレートが入っているアルミの容器。
- 高橋
- これを買い漁って、友達のお土産にしたな。
とりあえずそれを買っていくとみんな喜ぶ。
- 松浦
- 後々に知ったんですけど、
これは本来食材じゃなくて、
イギリスの釣りの道具を入れるケースなんだそうです。
考案したのはDEAN & DELUCAのディーンさんと
もう一人、
アートディレクションのジャックさん。
その方が、食の世界では使わないような質感を、
新しいライフスタイルのメッセージになるんじゃないか、
ということで使った。
美しいロゴやデザインの理由
- 高橋
- 私はかわいいものが苦手なタイプなんですけど、
DEAN & DELUCAには切り取り方に
ボーイッシュなスイートさ、
みたいなところがあるのが好きで。
割と男っぽいというか、職人の感じもありますよね。
働いているお兄ちゃんもカッコよかったり。
その感じがちっとも照れ臭くないような。
- 松浦
- ロゴのデザインや書体も、
なんてことないシンプルなんだけど、
デザイン界に影響を与えました。
- 高橋
- 固い書体なんだけど、
手書きみたいな線が入っていたり。
- 松浦
- 今でも復刻されていますけど、
マグカップにも手書きのものがありましたね。
- 高橋
- そうね。
日本のスパイスって、
プラスチックのオレンジ色のフタだったり、
マヨネーズは赤いフタだったり。
ただDEAN & DELUCAの場合、
シルバーのストイックな感じだけど、
決して冷たくはない。
美意識をひっくり返されるようなこと
- 松浦
- もちろん、
日常使いのいいものを置いている食料品店には
間違いないんだけれども、
自分の美意識とでもいうか、センスがひっくり返った。
こんなカッコいい世界が、
こんな洗練された、清潔で素敵なお店があるんだって。
僕なんかは大したものは買わないんですけども、
行くとほんとにぐるぐる
30分、40分、1時間くらいいましたからね。
- 高橋
- 私は何日かN.Y.に滞在するとき、お野菜とか買ってた。
今の若者も外国行ったらやるんだろうけど、
生の野菜を入れた袋を多めに貰って、
その袋もお土産にする(笑)。
- 松浦
- そうそう(笑)、ほんとそうです。
昔はショッピングバッグや紙袋すらお土産になった。
今では当たり前で、
たとえば大きな紙ナプキンなんかも日本にはなかったから、
そういうものも、いちいちすべてが素敵に見えた。
- 高橋
- N.Y.だから都会なんだけど、
その中で群を抜いた都会っていうか、
シャープでカッコよかった。
あの空気感、そのものが原点
- 松浦
- それでいながら、いつもそこにちゃんと人がいる、
人の気配があるんです。
- 高橋
- そう、しかも洒落た人がいて。
ほんとはN.Y.にドキドキしながら泊まっているんだけど、
朝は「ちょっと慣れているのよ」って感じで
普通にお店に入って、
飲みものを頼んで窓越しに座ると、
ドキドキがちょっと落ち着く。
あとお店のレジの女の子とか、
販売の人たちが
「今日いいお天気だね」とか「その洋服似合うね」とか、
会話をしてくる。
それがすごくたのしかったのを覚えてて。
とても朝の忙しい時間なんだけど、そこで自分を整えて「よし、仕事行くぞ」っていうような。
そこだけ豊かな空気が流れてるんです。
- 松浦
- N.Y.はほんとに忙しい街で、
みんな歩くのも速くて、ついていくのが大変なんですけど、
お店の中にいる人たちって、急いでないんですよ。
だからみんな、
そこで知らない人同士が立ち話していたり、
待ち合わせをしていたりする。
急がずにその時間をたのしんでる。
そこに僕らはもっと立ち返らないといけない。
用事が済んだらすぐ帰る、では寂しい。
- 高橋
- 意味のある無駄な時間がいっぱいあった。
- 松浦
- そうそう。
若かりし頃って言っちゃうとなんですが、
自分がまだいろんなことを知らなかったときに、
そういう場所で幸いにもいろんな体験ができた。
それから自分が本屋をやったり、
雑誌をつくったり、本を書いたり。
いろんなお仕事をさせていただく中で、
自分にとって何が原点としてあるかというと、
ほんとDEAN & DELUCAなんですよ。
デザインや空間づくりだったり、
コミュニケーションの仕方や人の在り方だったり、
あのなんとも言えない豊かな空気感そのものを、
自分なりに再現したいというのが、
アイデアのもとになっていたりするんです。
おいしい料理って、こういうこと
- 高橋
- 私も、食に関連して
フランスもイタリアもたくさん行っているんですけれど、
自分の心のなかでは、
いつでもN.Y.が基本、みたいなところがあって。
別にヨーロッパが嫌いなわけではなくて、
自分らしい切り取り方やシンプルさがある。
それを体現していたのが、DEAN & DELUCA。
ただ当時、
お店ができた時にはN.Y.の人も驚いたと思うんです。
デザインだけでなくて、料理のための素材があって、
必要なスパイスがあって、
向こう側には本があったり、お皿があったりする。
- 松浦
当時は分からなかったんですけど、
今思い返すと、
きっとディーンさんなりデルーカさんがお店にいて、
しっかりと自分たちが伝えたいものを、
自分たちの言葉で伝えていたからだと思うんです。
ただ物を売るというよりも、
「おいしい料理ってこういうことなんだよ」とか
「みんなこういうことを、もっとしてみたらいいんじゃない」
ということを、毎日のように発信していたのが、
お店全体の空気としてあった。
結局それが素敵なんだなって。
食べ方は、生き方である
- 松浦
- 自分の好きなお店って、考えてみると
「ここで働いてみたいな」って思う店。
絶対叶わないんだけど、
N.Y.のDEAN & DELUCAで働いてみたい。
ここで働けたらなんて素敵なんだろうって。
あの空間に一日中いられるし、
カウンターの中に入って、
自分がお客さんに接する側になれたらなと、
当時すごく夢見ていました。
- 高橋
- みんな、キビキビ働いていましたよね。
- 松浦
- 働くスタッフが、
それぞれの「おいしい」を持っていて、
お客さんと接して、堂々とおしゃべりをする。
自分の好きなものをおすすめしたり、
お客さんの質問に答えたり。
- 高橋
- 今は日本の洋服屋さんでも、
リビングみたいな感じで、
洋服もあれば食材もあるような店が、
いっぱいあるじゃないですか。
並べ方一つとっても、
すごく愛情がこもっているかどうかが、
明らかに分かりますよね。
- 松浦
- ありますよね。
- 高橋
- やっている人の気持ちが、全体の空気に表れる。
そういった意味でDEAN & DELUCAは、
ファッションでやっている店ではなかった。
とはいえ、ニューヨーカーって
ヨーロッパの人に比べて味蕾の数も少ないと言われていますし、
食に関してもそこまで探求心がなかったようにも思う。
でもデルーカさんたちが
「食べることを、こんなふうにするともっとたのしくなるよ」
というのを、
多分実践していたからなんじゃないかな。
- 松浦
- そう。
だから食べるということは何なのかって。
もちろん僕らは食べないと生きていけないんですけど、
空腹を満たすとか、栄養を摂るだけじゃなくて、
食べるということは、人生をたのしむこと。
ディーンさんもデルーカさん、ジャックさんも
昔からそれをずっと発信し続けているし、
みんなに伝えたかった。
そのビジョンは、日本にもきっと残っているはず。
- 高橋
- そう。
結局食べることは、生きるってことなんだよねって、
この年にして、より分かるようになってきた。
- 松浦
-
僕もそんなことを、ずっと考えてばかりいるんです。
食べ方っていうのは、その人の生き方なんですよ。
野菜を、お肉を、お菓子を
どんなふうに食べるかというのは、
自分はどういう生き方をするのかと同じことで。
忙しい時とか、気が抜けちゃう時とか、
いい加減な時なんかもしょっちゅうあるけど、
でもやはり食べ方は生き方なんだから、大切にする。
それは、本当に大事な気がします。(後編につづく)

- 松浦弥太郎|YATARO MATSUURA
- エッセイスト、クリエイティブディレクター。十代で渡米。アメリカ書店文化に触れ、エムアンドカンパニーブックセラーズをスタート。2003年、セレクトブック書店「COWBOOKS」を東京・中目黒にオープン。2005年から『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、その後、ウェブメディア『くらしのきほん』を立ち上げる。現在(株)おいしい健康・共同CEOに就任。『今日もていねいに』『考え方のコツ』『100の基本』ほか、著書多数。

- 高橋みどり|MIDORI TAKAHASHI
- フードスタイリスト。1957年、群馬県生まれ。2歳から東京育ち。大橋歩事務所のスタッフ、ケータリング活動を経て、1987年からフリーへ。根っからの食いしんぼうの延長線上に今の仕事がある。おもに手がけるのは、料理本のスタイリング。『うちの器』『わたしの器 あなたの器』(ともにKADOKAWA)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、『私の好きな料理の本』(新潮社)、『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)など、著書多数。