想いをつなげる

四季折々の気候風土とつくり手が育む、さまざまな食材。その中でも「肉」という食材には、生産者、シャルキュティエ、熟成士、料理屋など、多彩な目利きがいます。また「肉」とひと口にいっても、扱う種類やおいしさの極め方はそれぞれ。
個性豊かな彼らに共通するのは、日々の食卓を彩る “とっておき” の食材を、信念をもち追及しているということ。そして、肉に並々ならぬ愛情をもち、お客様にしあわせな時間も一緒に届けているということです。
バイヤーが各地へ赴く中で培ってきた、数々の出会い。今回は、地域の食文化を大切に。誰もに愛されるやさしい味わいを届ける滋賀のつくり手をご紹介します。
Interview
一湖房 野中治伸さん
- 『一湖房』の味を今に受け継ぐ野中治伸さん
江戸時代に生まれた織物「浜ちりめん」の産地、滋賀県長浜市。琵琶湖の湖北にあり、夏場は鮎、冬場は合鴨のおいしい地域としても知られます。
「鮎と合鴨、一見関係がないように思われるかもしれませんが、長浜ではこの2つはセットです。古くから、川魚屋さんには鴨肉も並ぶんですよ。
琵琶湖には昔から合鴨がたくさんいて、漁師さんが鮎をとるために網をかけると、合鴨も一緒にかかりました。今では琵琶湖にいる合鴨は禁猟ですが、昔はこうして獲れた鴨肉が川魚屋さんに並んでいたんです」
長浜の歴史から話してくださったのは、野中治伸さん。地域で古くから親しまれる食文化を大切に、厳選素材で丁寧に味わいを引き出す『一湖房』の3代目です。
野中さんたちが目指すのは、 “どなた様にも愛される味づくり” 。添加物は使わずに、醤油、砂糖、みりんなど、どの家庭にもある自然調味料で料理します。その味わいは、「一言で表すなら、やさしい味。僕には幼稚園と小学生の子どもがいるのですが、自分の子どもにも安心して食べさせられかを、つねに考えながらつくっています」。
- ルーツにあるやさしい味わいの鮎の佃煮
そんなやさしい味のはじまりは、料理上手だった野中さんの祖母が手がけた煮物です。
かつてこの地で呉服屋を営んでいた先代が、京都の得意先へ手土産にしていたのが祖母の炊く鮎の佃煮でした。やがて「分けてほしい」という声が届くまでになり、商品化へ。今も、当時の味付けを守っているそうです。
「煮豆、お揚げさんを炊いたやつなど、祖母はとくに炊き物が上手でしたね。鮎の佃煮はもちろん、『一湖房』の和惣菜のベースにあるのは、祖母のつくっていた家庭的な味です」
鮎の佃煮と並び『一湖房』で評判の味といえば、「合鴨ロース煮」や「合鴨鍋」などの鴨料理です。これらは、どのようにして生まれたのでしょうか。
「鮎の旬は初夏です。それを過ぎると大きく育ちすぎて、味が落ちてしまう。だから『一湖房』でお出ししている鮎は、小ぶりで最もおいしい時期に琵琶湖で獲ったものだけ。今では旬以外の時期は冷凍しておいたものを使いますが、少しずつ鮎の佃煮を知っていただけるようになった頃は、冬場の目玉がありませんでした。
そこで何か新しい商品をつくりたいと、2代目が選んだのが合鴨です。長浜の合鴨料理の名店で基本的な扱い方などを教わって、7年かけて試作・開発をして、『合鴨ロース煮』は出来ました」
- バランスのよい味わいの「京鴨」を使う
『一湖房』で使っている合鴨は、京都と岡山で大切に育てられている「京鴨」。飼育環境や味わいのよさなどバランスのよさから選んだ品種で、じっくりかけて育てると味がのり、脂がしっとりとした肉質になるのだとか。
「『合鴨ロース煮』では56日間、『合鴨鍋』のように精肉でおたのしみいただくものは75日間育ててもらいます。通常の56日間でも十分おいしいのですが、この3週間がポイント。赤身の旨みがぐっと変わり、脂はさらにしっとりと甘みも増して、質のいい肉になってゆくんです。」
また、育てる時期は春と秋の年2回にもこだわっているそうです。
「夏場はどうしても暑さで合鴨たちの食欲が落ちて、脂がのるはずの皮が痩せてしまいます。春と秋は気候もよく、バランスのいいお肉になるので、この時期に飼育されたものだけを使います」
- 長浜にある『一湖房』の店舗
ハレの日のごちそうも、贈りものも、家庭の食卓にのぼる素朴なおいしさも。お子さんからお年寄りまで、 “どなた様にも愛される味わい” を届け続ける『一湖房』。それらは、味がよいことはもちろん、囲んだときに笑顔がほころぶ心豊かなおいしさ。
いつの時代も長く愛される「変わらぬおいしさ」というのは、まさに『一湖房』のためにある言葉なのかもしれません。