想いをつなげる
2020.11.20
松浦弥太郎×高橋みどり
「じっくり『おいしい』について話す会」で、話していたこと。
東京・代官山 蔦屋書店 -後編
『DEAN & DELUCA MAGAZINE』創刊を記念したトークイベントを2019年12月11日に開催。 本誌編集長の松浦弥太郎氏とフードスタイリストの高橋みどりさんをお招きして、メディアコンセプトである「おいしい料理とは生きる知恵である」を紐解きながら「おいしい」ってなんだろうをじっくりお話する会のイベントレポートです。 今回は後編、どうぞゆっくりお読みください。 (>>前編はこちら)
フードスタイリストとしてのお仕事だけでなく、あまたの自著を上梓する高橋みどりさん。同じくとてつもない数の著書を持つ『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の編集長である松浦弥太郎さんは、高橋さんの本に書かれている言葉が「すごく好きで、たくさん学ばせてもらっている」と打ち明けます。
そして、とくに気に入っているというある一冊を取り上げ、印象に残ったフレーズを紹介しつつ、それぞれの持論をたのしくリズミカルに、かつ深く、念入りに語り合います。
客席に目を移せば、何度も頷きながら、時には律儀にメモをとりながら、注意深く聞くお客さまの姿が。会場には「この金言たちを心に縫いつけ、逃してはなるまい」という一体感が生まれていました。。
「きちんと」は個性
- 松浦
- みどりさんはいろんな本を出されているのですが、
とくに僕は、これがすごく好きで。
『沢村貞子の献立日記』。
これは全部、みどりさんが編集されているの?
- 高橋
- 編集者は井出亮介さん。
私は沢村さんへの思いを書いてぶつけて
編集していただいたの。
料理写真は沢村さんと一緒に
食卓のお膳をつくるような気持ちで撮影しました。
すごく思い出深い仕事です。
- 松浦
- とても謙虚に書かれていて、
なんていうか「私が書いた!」ってふうになってなくて(笑)。
でも、すごくみどりさんらしいなって。
これを見ていたら、
「おいしいって、こういうことなんだな」という話が
たくさん書かれている。
もしお持ちでない方がいたら、ぜひ買っていただきたい。
僕なんか言葉ばかり丁寧とか言っていますが・・・。
- 高橋
- 言葉だけなんですか?(笑)
- 松浦
- (笑)。
僕は「きちんと」っていうのは個性で、
人それぞれでいいと思ってるんです。
「私の『きちんと』は、こういうことなんだ」があれば。
沢村貞子さんにとっての「きちんと」は、
献立を大事にして、記録をしていくこと。
料理をしっかりつくって食べるというのが「きちんと」になる。
それが「おいしい」にも、つながっている気がしているんです。
自分の中の、ほっとするもの
- 松浦
- あと、本で書かれている
「ほっとするもの」という言葉が、すごく好きで。
- 高橋
- ほっとするって、外で食べるごはんとは違って、
やはり家で食べるごはんに使う言葉ですよね。
「あぁ、これほっとするな」っていう味ってある。
- 松浦
- すごく地味なお惣菜とか。
決して華やかなものではないんだけども、
誰もが必ずいくつかありますよね。
僕にとってのほっとする一品は、炒り豆腐。
- 高橋
- 炒り豆腐って甘辛く味付けするの?
卵も入れる?
- 松浦
- 卵も入れます。
- 高橋
- あっ、けっこう味近い。
私は「アブ玉!」って頭に浮かんだ。
油揚げを半分に切って開いて、そこに卵を落として、
楊枝できゅっとして火を入れるから、固まるんですよ。
それがうちの母親が、献立に困ったときに出てくる。
父はそれをおいしそうに酒のあてにしていたし、
次の日お弁当箱を開けたら入っていたり(笑)。
なんだかそれがたまに懐かしくなって、食べたくなる。
- 松浦
- そういうものを、大切にしたいなって思いますよね。
今はほんとに、おいしいものだらけでしょ。
自分の暮らしをうれしくはしてくれるんですけど。
とはいえ、生活から生まれてくるようなおいしいがあると、
自分に立ち返らされる。
- 高橋
- 私は「どんなうつわを自分が持っていたらいいのか」
ということもよく聞かれるんですけど、
自分の好みを考えることだと思っていて。
たとえばおうちに帰ってごはんを食べる時に、
どんなものが自分にとってほっとするものなのか。
「やはり私だったら、炊きたてのごはんに海苔なんだよね」
と、ふっと浮かぶと
「海苔がおいしそうに見えるお皿をそろえておこう」となる。
「冬は土もののお椀だけど、
夏は暑苦しいから磁器にしようかな」とか。
自分にとって、
何が好きで、何がほっとするかを認識しておくことが、
すごく大切。
「今日何が食べたい?」に「何でもいいよ」って言われたら、
なんかいやじゃないですか(笑)。
何を、自分が愛していくのか
- 松浦
- ほかにも、この本にはほんといい言葉が
いっぱい書いてあって。
「私らしく生活をすること」も、そう。
「朝ごはんをつくって、洗濯をして掃除をする。
仕事をする。
夜ごはんをつくる。
のんびりする。
ゆっくり休む。
そうした基本があってこそ、仕事もできるはず。
一生活者として、ちゃんとした暮らしをしていないと、
これからはいけないんじゃないか」って。
- 高橋
- なんか私、
ずーっと同じことを言っているような気がする。
特別なことでも、なんでもないよってことなんですけど。
- 松浦
- 僕は、この『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の表紙に
「おいしいとは、生きる知恵である」
と書いたんですけど。
僕なりの解釈は、
何を自分が大切にしていくのか、愛していくのかを考える。
それが、生きる知恵だったりする。
おいしいというのは、
口の中のできごとではなくて、
もっと心の奥のほうとか、
日々の時間みたいなことであったりするんだろうなって。
- 高橋
- まさに私も、そういうふうに捉えています。
- 松浦
- そうした心遣いから、
自然と生まれるものがおいしいもの。
日々の自分の心持ちだったり、大切にしていることが、
「おいしい」というかたちに、じわっと自然に表れる。
食べると、温まる
- 高橋
- そうですね。
手前味噌ですが、
昨年の6月に
『おいしい時間』っていう本を出させていただいたんです。
そこの「おいしい」って意味は、
ただ単にテイストとしてだけじゃなくて、
拡大解釈すれば、
口からものが入ることによって、
心地いいとか、充実したとか、
そういうこと全て含めての時間。
ただお腹を満たすために食べることじゃない。
一人でも
おいしいものを食べると「幸せ」って言葉が出ちゃうし、
そこに二人いたり、4人いると、会話が生まれる。
私はそれも、すごく必要だと思う。
食べることで生まれてくることって、いっぱいあるんです。
仕事が忙しくて、
「なんだか今日はカッカカッカしちゃった」とか
「悲しいことがあった」という時でも、
とりあえず食べておいたら落ち着く。
食べると、温まる。
そんなわかりやすい図式が、私の中にあって。
だからこそ「3度の飯はちゃんと食べる」みたいな、
バカみたいなことも書いてるんです。
おいしいは、味じゃない
- 松浦
- いやいや、
ほんと僕は『暮しの手帖』の仕事をしている時、
みどりさんが書き残してくれていることで、
いっぱい自分の中で学ばせていただいた。
(本をめくって)たとえばここに書いてある
「料理の本をつくっているのも、
単に読者に料理ができるようになってほしい
と思っているわけではなくて、
料理というものを通して、
自分を見つめたり、
気持ちよく生きることについて
考えてもらいたいと思っているから」
って書いてあるんですよ。
- 高橋
- すごいオーバーに(笑)。
- 松浦
- これはすごくて。
さっき出た、
「おいしいっていうのは、味じゃない」ということを、
教えてくれているわけです。
- 高橋
- 自分自身が、
いつもいつもスペシャルなもの、
120点のものを毎日食べたいって欲求がまったくなくて。
そのときに「これ食べたい」ってものを食べられることが
「おいしい」につながる。
今日の自分の体が欲しているものが、
チョチョッとつくったお惣菜だったら、それでいいし。
母親が料理上手だったので、私は上手じゃないんですよ。
努力もしてこなかったから。
だけど舌はおしいものを感じることができる。
だからこそ
「自分にはこの本が必要だし、この料理がつくりたい」
と思うので、
料理上手じゃなくてよかったって(笑)。
たかだか料理だけれど、されど料理。
私にとっては料理をつくっていくことが、
自分が整っていくことでもあるんです。
匂ってくる、感じる雑誌<
- 高橋
- そういえば今日、弥太郎君にいただいたシリアル。
- 松浦
- グラノーラね。
最近、勉強中のグラノーラです(笑)。
- 高橋
- 昔、外国に行くと朝食に出ててきて。
「何かこれ餌みたい。
でも自分に合ってておいしいな」
と感じたことを思い出したんです。
あとアメリカ人が好きな、
上にアイシングがたっぷりのったキャロットケーキ。
こってりした感じだけど、
あれも食べると、なぜかN.Y.を思い出すんですよね。
- 松浦
- おいしいですよね。
キャロットケーキも少しニンジンが残っている。
全部細かくならなくて。
- 高橋
- そうです、そうです。
いいですよね。
これがアメリカの味。
- 松浦
- 今回、『DEAN & DELUCA MAGAZINE』を
つくらせていただくことになって、
年に2回刊行する予定なんですけども。
この雑誌で、なにひとつ新しいことを発信しようとは
思っていなくて。
何度も言いましたけど、
食べ方というのは生き方なんだなとか、
おいしいは自分なりに生きる知恵なんだなということを、
じわっと感じてもらえたり。
また読んだ後々に
「自分ならこうするな」とかを考えたり。
雑誌なのか、本なのかわからないですが、
あまりそういうことはこだわらずに
できればいいなと思っています。
- 高橋
- 先ほどいただいて、ペラペラと見ると、
何か感じる雑誌というか、匂ってくるというか。
その匂いは食べものだけじゃなくて、
そのときの幸福感みたいなこと。
手に取るような感動みたいなものが、
じんわり伝わってくる。
なのでこれが1冊、2冊と増えて、
また見返したくなるときがあるものに育っていくと
いいなって思いました。
- 松浦
- ありがとうございます。
皆さんもぜひ、よろしくお願いします。
今日は本当にありがとうございました。
- 松浦弥太郎|YATARO MATSUURA
- エッセイスト、クリエイティブディレクター。十代で渡米。アメリカ書店文化に触れ、エムアンドカンパニーブックセラーズをスタート。2003年、セレクトブック書店「COWBOOKS」を東京・中目黒にオープン。2005年から『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、その後、ウェブメディア『くらしのきほん』を立ち上げる。現在(株)おいしい健康・共同CEOに就任。『今日もていねいに』『考え方のコツ』『100の基本』ほか、著書多数。
- 高橋みどり|MIDORI TAKAHASHI
- フードスタイリスト。1957年、群馬県生まれ。2歳から東京育ち。大橋歩事務所のスタッフ、ケータリング活動を経て、1987年からフリーへ。根っからの食いしんぼうの延長線上に今の仕事がある。おもに手がけるのは、料理本のスタイリング。『うちの器』『わたしの器 あなたの器』(ともにKADOKAWA)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、『私の好きな料理の本』(新潮社)、『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)など、著書多数。