想いをつなげる
各地のつくり手との出会いを大切に。その土地ならではのストーリーとともに、選りすぐりのおいしさをお届けする。そして、こうした出会いからオリジナル商品もつくることで、さらなる食するよろこびをお伝えするーー。DEAN & DELUCAが日本に上陸して20年、一つひとつ、歩んできました。
その中で今回、チョコレート商品のおいしさのさらなるグレードアップを求めて、ハウスチョコレートをつくりました。これは、コーヒーやワインに“ハウスブレンド”や“ハウスワイン”といった、お店やブランドそれぞれの“定番”があるように。DEAN & DELUCAのドリンクやスイーツ、ベーカリーなどのためにブレンドされた、世界に一つの味わいです。
手がけてくださったのは、鎌倉に拠点をもつ『MAISON CACAO(メゾンカカオ)』です。一大生産地であるコロンビアに自社管理農園をもち、さまざまな食材とチョコレートとの出会いを紡ぐブレンダーである彼らは、どのようにカカオやチョコレートと向き合っているのでしょうか。
『メゾンカカオ』のこと、そして今回つくったハウスチョコレートに込めた想いやこだわりを、カカオディレクターである石原紳伍さんに伺いました。
INTERVIEW
MAISON CACAO 石原紳伍さん
- 石原紳伍さんは、産地へ足を運び、生産者と実際に会うこと、現地を見ることをとても大切にしています。
「幼少期のウィスキーボンボンを間違えて口にした記憶や、とにかく甘いお菓子というイメージが強く、実はチョコレートが苦手でした」という石原さん。印象が一変したのは、世界各地を巡る途中に訪れたコロンビアでの光景と、生のカカオのフルーティーな味わいでした。
「カカオに出会ったのは、10年ちょっと前です。30時間ぐらいかけてコロンビアにたどり着いた翌朝、人々がチョコレートドリンクを飲む様子が目に飛び込んできました。アンデス山脈から溶け出した養分たっぷりの水が源流にあるコロンビアは、カカオの有数な生産地。毎朝チョコレートドリンクを飲む風習があるそうです。しかも、採れたカカオのほとんどを国内で消費しています。
生産者と生活者が、チョコレートドリンクでつながっている。この豊かな生活文化を日本でも広げられないだろうかと感じたのが『メゾンカカオ』の出発点です」(以下「」内、全て石原紳伍さん)
- 収穫仕立ての、完熟した生のカカオ。
現地で初めて食べた生のカカオは、まるでマンゴスチンやライチのような味だったそうです。「とてもおいしかった」と、石原さんは記憶をたぐります。同時に「カカオは果物だということを日本で知っている人はどれぐらいいるのだろう? と思った」とも。
「熟したカカオを収穫し、発酵させ、砂糖やミルクを加えてチョコレートに加工するのですが、当時鮮度にこだわったチョコレートが日本にはあまりないと感じていました。
というのも、日本に入ってくるカカオは、現地で発酵させて真空パックしたものを船便で運ぶか、もしくは現地でクーベルチュールというチョコレートやチョコレート菓子の原材料まで加工したもの。そのどちらかが多かったし、今もそれがほとんどです。だから、どうしても鮮度が落ちてしまう。おいしさには鮮度は大切です。そのためにも自分たちで全て見守ろうと、現地に農園をもつところから始めました」
カカオが増えると、緑も増える、平和が広がる
現地にカカオ農園が増えることは、地球環境にもポジティブだと石原さんはいいます。
「コロンビアのある『カカオベルト』と呼ばれるカカオがよく育つ地域は、生物の生態系が豊かな土地なんだそうです。なぜならアンデス山脈から注ぐ水に養分が豊富で、土壌がすばらしく、虫が多いんですね。そして、その虫を食べる鳥も多いというふうに、食物連鎖が循環しているからなんです。
コロンビアは、食物連鎖の頂点にいる鳥の品種が世界で1番多いんですよ。だから、緑化という意味でも、カカオ農園を現地のパートナーと広げていく意味は大きいと考えています」
- 石原さんが現地のパートナーとつくった学校。先日は「日本の柔道を知りたい」というリクエストがあり、実際に体験教室を開催したそう。
また石原さんは、「カカオは平和を担う」とも考えています。というのも、カカオがよく育つ土地ではコカインの原料となるコカの木もよく育つため、コロンビアは全世界の約9割を生産しているそうです。
最初に訪れた農園では、コカを育てる厳しい環境下に子どもたちがおかれ、ひどい様子だったと振り返ります。
「学習する機会もない子どもたちは荒んでいました。このままではいけないと、現地のパートナーとともに青空学校をつくったんです。最初は30人の生徒からはじまり、今では700人ぐらいまで増え、「農科学者になりたい」とか「アーティストになりたい」とかっていう前向きな夢をもつ子どもたちも増えました」
コロンビアのカカオにこだわる理由
全世界のカカオの基準を決める『国際ココア機関(ICCO)』によると、カカオの主な産地は西アフリカ、東南アジア、そしてコロンビアのある中南米。赤道の南北緯度20度以内、年間平均気温27℃以上の、しかも年間を通じてその上下する範囲がごく狭い、高温・多湿な地方で栽培される熱帯植物です。
その味わいは、産地、木の種類、栽培する土地の土壌・気候などによって異なります。現在、栽培カカオの品種は100種類以上ありますが、源流としてあるのは大きく3種。
クリオロ種・・・病害虫に弱く、栽培がとても難しい。一方で、品質がよく独特の香りで「フレーバービーンズ」として珍重される。
フォラステロ種・・・成長が早く、病害虫に強く、栽培が容易なため世界的に生産量がある。全世界のカカオのうち、9割近くがこの品種。東南アジア、西アフリカなどで栽培。
トリニタニオ種・・・クリオロ種とフォラステロ種を掛け合わせたハイブリッド種。栽培が容易で良質。
石原さんの農園がある中南米では、この「トリニタリオ種」が多く育てられています。
「カカオは、1粒の、指先ほどの小さな花がラグビーボールほどに育つまでに水が100ℓ必要とされています。だからこそ、水がとても大事だと僕は考えていて。コロンビアのカカオがなぜおいしいのかといえば、やはりアンデス山脈からの水にあるはず。あれだけの養分を持っている水でつくったカカオは別格ですよね」
- 農園で働く人たち、学校をともにつくる人たち、みんなが「家族」。
また、コロンビアへ降り立った翌朝に見た、人々がホットチョコレートをたのしむ光景が忘れられないように。現地のカカオから広がる文化、そして人々の温かさもコロンビアのカカオにこだわる大きな理由の一つなのだといいます。
「僕たちは現地に農園を持っているけれど、“雇用を産む”とは思っていなくて。生産者さんたちは、大事なパートナー……いや、家族そのものですね。だってコロンビアをもう一度訪れたときに、会うのが2回目の僕を『君は家族だ』と言ってくれたんですよ。
だから『MAISON』=『家』という言葉をブランド名に掲げました。働く生産者の方々も、お客さまも含めて、みんなでブランドを育てていきたいと考えています」
日本でチョコレートの文化性を高めたい
- カカオの一大産地であるコロンビアに自社管理農園を持つ生チョコレート専門ブランド『メゾンカカオ』として
「想いをともにする人たちと一緒に取り組むことが大事」。
古くから、日本人は和菓子とお茶を日常的にたのしみ、おいしい和菓子やお茶が育まれてきました。それと同じく、海外ではチョコレートとワインとお花を買って帰るといった姿が生活に根付き、その中でおいしいチョコレートやワインが生まれてきたと石原さん。
「日本のものづくりは素晴らしいということに、日本人である僕たちがもっと誇りをもつことが大切だと思っています。たとえば、スコッチ・ウイスキーから生まれたジャパニーズ・ウイスキーは、海外で高く評価されていますよね。日本のチョコレートは欧米とはまた違う形で、高いクオリティーを目指せると思うんです。
だから、スピリットがあって、ものづくりや生産者さんを大切にしながら、お客さまに信念をもって向き合われているブランドの方々とハウスチョコレートをつくりたいと考えました。コーヒーやワインと同じように、チョコレートにもそれぞれの“定番”があることで、みんなで日本のチョコレートの価値や文化性をつくっていけたらって」
香りから生まれるおいしさの記憶を目指して
- チョコレートの開発は、さまざまな人が関わります。それぞれの意見も聞きながら、香り、味わいを組み立ててゆきます。
この想いのもと、石原さんは、以前から共感をおぼえていたDEAN & DELUCAに「香りを大事にしたハウスチョコレートをつくりませんか?」と声をかけました。
「なぜ香りかといえば、『おいしい』には記憶も大切だと考えています。お客さまがDEAN & DELUCAのハウスブレンドを飲んで『あ、この味わいはDEAN & DELUCAだな』と感じるとき、ひき立ての豆の香りや鼻腔に抜ける香りも大きな役割を担っていると思うんです。
DEAN & DELUCAでは、コーヒーやワインなど、香りを大切にした食材をたくさん扱っていらっしゃいます。そのルーツにあるストーリーも含め、私が製品に感じていること、ブランドへ抱くイメージなどが結びつき、ご一緒できたらと。そしてうれしいことに賛同いただき、香りのイメージをヒアリングして、クーベルチュールの開発に向かっていったんです」
- DEAN & DELUCAのハウスチョコレートは、華やかな香りと、余韻はありながらも軽やか。
さまざまな食材との組み合わせから、新たなおいしさが生まれる味わいに仕あがっています。
開発のキーとなったのは「酸のキレのよさ」、「余韻の長さ」、そして「フローラルでフルーティーな香り」。
「そもそもフローラルとフルーティーという2つの香りを同時に感じるのは、かなり難しいんです。だからといって、諦めるわけにはいきません。今回は、特徴の異なる2種のカカオをブレンドして、DEAN & DELUCAの求めるハウスチョコレートを目指しました。
まず、カカオ特有の酸が入りすぎると香りの邪魔になる。酸をどう抑えるかが、一つのポイントでした。また、香りが続かないとフローラルな香りを感じられないので、余韻をいかに長くするか。そのためにも、カカオをどういう配合にするかはかなりこだわりましたね」
- 自社農園で採れたカカオを使い、DEAN & DELUCAのバイヤーとともに相談しながら開発を進めました。
ブレンドしたのは、フローラルな香りの『サンタンデール』と、フルーティーな香りのもう1品種。『サンタンデール』はアンデス山脈の水の影響を受け、透き通った酸と、爽やかで軽やかな味わいが特徴です。もう1品種は、カリブ海の海側の雨が多い地域で育ったもので、深みやコクがあります。
「フローラルな香りの『サンタンデール』は少量で力強い香りが出せるので、フルーティーさを出すほうが難しかったですね。いろいろ試す中で、もう1品種は相性もよかったので、配分を深めて試行錯誤してゆきました」
そして仕あがったのは、温度で香りと味わいが開き、変化してゆく味わい。
「赤ワインが抜栓したてと時間がたってからだと、温度変化などで香りや酸味が変わるように、このハウスチョコレートも最初はフルーティーな香りがぱっと広がります。そして、フローラルな香りが鼻から抜けてゆく。香りの移ろいをおたのしみいただけるはずです」
ハウスチョコレートは、ドリンクやケーキ、ベーカリーなどに加えて使用します。「でも、そのまま食べてほしいくらい十分おいしいですよ」と石原さんは自負。一方で、さまざまなものに同じ香りを出したいからこその難しさがあった、とも。
「はじめから『とくにドリンクで使いたい』と伺っていたのですが、これがいちばん難しかったですね。香りは水溶性で、水分に加えると薄くなってゆきます。だからドリンクで、ケーキやベーカリーなどと同じ香りの印象を残すのは難しいのです。でも、ドリンクでもきちんと香りの余韻が残るようブレンドしたので、幅広い用途で使いやすいハウスチョコレートになったと思っています。
お客さまには、やはりまずは香りをたのしんでいただきたいですね。そして、その香りから、DEAN & DELUCAがこれまで築かれてきた、さまざまなこだわりを感じていただければ嬉しいですし、お客さまそれぞれのたのしみが一層広がればと願っています」
ハウスチョコレートは、2024年1月から順次登場します。こだわりの香りとともに、どうぞおたのしみください。
【参考文献】
国際チョコレート・ココア協会
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石原紳伍|SHINGO ISHIHARA
- 『メゾンカカオ』創業者、カカオディレクター。コロンビアで出会ったカカオのある豊かな日常に触発され、文化都市鎌倉に本店を開いたことに始まる。日本らしい感性とクリエイティビティでこれまでにないおいしさをつくること。そして、ただおいしいだけでなく、人々の人生を豊かに彩るようなチョコレート文化を日本にも根付かせること。それを実現するために、コロンビアでのカカオ栽培から発酵、焙煎に至る全ての工程に携わり、生産者とお客さまが繋がるものづくりを志向しながら、上質なチョコレートづくりをおこなう。現在ではサイエンス、アート、クラフトに遊び心をかけ合わせ、想像を超える驚きと感動を創造する『メゾンカカオ』。カカオの無限の可能性を追求する『チョコレートバンク』。そして、和と洋の融合で日本の美を表現する『カカオハナレ』という3ブランドを展開し、カカオやチョコレートの魅力を探求。また、持続可能な社会と未来の豊かさの実現のために、カカオ農業や学校の設立を通し、コロンビアの教育活動にも注力している。