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seasonal旬をたのしむ

甘い口溶けの長い長いヒストリー

2022.02.01
甘い口溶けの長い長いヒストリー

様々な素材やスイーツと交わり、私たちをたのしませてくれるチョコレート。バレンタインデーが近づくと、ますます種類豊富になり、大切なギフトやご褒美の一粒を選ぶにも心が躍ります。しかし、今日のような味わいが生まれるまでには、長い長い歴史がありました。

聖なる食べものカカオ

チョコレートの原材料であるカカオは、フルーツの一種。写真協力=Farm of Africa
チョコレートの原材料であるカカオは、
フルーツの一種。写真協力=Farm of Africa

そもそも、チョコレートの主原料であるカカオが発見されたのは、紀元前といわれています。最初に利用したのは、古代メキシコで最古の文明を築いたオルメカ族。彼らは「神さまの食べ物」と呼び、カカオは大変高価なものだったそうです。

カカオと最初に触れたヨーロッパ人は、イタリアの探検家であるクリストファー・コロンブスです。1502年、新世界への航海中に初めて口にし、あまりの苦さに「スパイスが効き過ぎている」と感じたのだとか。

この数年後、スペインのコンキスタドール※のエルナン・コルテスが、この液体とつくり方を本国に持ち帰りました。スペイン人は、そこへ砂糖や様々な材料を加えてホットドリンクにし、「チョコレート」と名付けます。

そして1615年、スペインのアンヌ王女がフランス王のルイ13世と結婚した時に、チョコレートはフランスへ渡ります。その後、ヨーロッパ各国の上流社会へと広まり、産業革命のはじめまでは主に富裕層がたのしむものでした。

飲むたのしみ、食べるたのしみへ

cacao by Farm of Africa

実は、スペインにカカオが伝わってから約300年間、チョコレートに渋みや苦味は付きものでした。そこで、オランダ人のヴアン・ホーテンは、飲みやすくする方法を考案。1828年、カカオに含まれているココアバターを搾り取り、ココアパウダーを発明します。これにより、チョコレートの欠点は解決。飲むチョコレートの「ココア」として、一般市民にも広く親しまれるようになります。

食べるチョコレートの原形ができたのは、1847年です。イギリス人のジョセフ・フライは、カカオ豆をすり潰して砂糖を加えたものにココアバターを加え、今のチョコレートのようなものを生み出しました。

しかし、まだ苦味が強い。そこでチョコレートにミルクを加えてまろやかにしたのが、スイス人のダニエル・ピーターです。1876年に誕生した甘いミルクチョコレートは、人々を魅了。さらに、スイス人のロドフル・リンツが1879年に発見したコンチング※というプロセスにより、砕けやすく砂のようだったものが、よい口溶けになりました。

各国のつくり手が試行錯誤した結果、甘いよろこびとして、チョコレートは世界中に広まったのです。ちなみに日本へ伝わったのは、18世紀末ごろなのだそう。また、国内で初めて販売されたのは1877年と、日本では比較的に歴史のあたらしい食べ物です。

※コンキスタドール(Conquistador)
スペイン語で「征服者」を意味。とくに15世紀から17世紀にかけての、スペインのアメリカ大陸征服者・侵略者を指す。エルナン・コルテスは、メキシコ高原にあったアステカ帝国を征服した。
※コンチング
「コンチェ」という攪拌機(かくはんき)を使い、チョコレートをさらに滑らかにする作業。豆から粉砕し、粘土状なったカカオ豆を、さらに強い力で長時間練り上げ、粘土状にする工程。強い力で長く練ることで、もともとカカオに含まれているココアバターが均一になり、摩擦熱によって水分や酸味が放出され、より滑らかでチョコレートらしい風味に仕上がる。

スペインに伝わる“本”のバレンタインデー

今や日本でチョコレートといえば、2月14日のバレンタインデーを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし世界を見渡すと、違った形でバレンタインデーをたのしむ国もあります。その一つがスペインです。

スペインでは、日本ほど盛大にバレンタインデーをしない代わりに、4月23日の「サン・ジョルディの日」に、女性から大切な男性へ本を贈ります。男性からのお返しは赤いバラ。なぜ本なのか、なぜバラなのか、理由ははっきりしていないそうですが、なんともロマンチックですね。

ちなみに「サン・ジョルディ」は、カタルーニャ州の聖人です。竜にさらわれた王女を救い出すため、勇敢に剣で竜を退治したところ、竜の血が地面に流れてそこに美しい赤いバラが咲いたという伝説が残っています。

いろいろな愛の表現があるバレンタインデー。今年は、どなたに、どのようなギフトを贈るか。とっておきのチョコレートを囓りながら、思案するのはいかがですか。


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