想いをつなげる
四季折々の気候風土とつくり手が育む、さまざまな食材。その中でも「肉」という食材には、生産者、シャルキュティエ、熟成士、料理屋など、多彩な目利きがいます。また「肉」とひと口にいっても、扱う種類やおいしさの極め方はそれぞれ。
個性豊かな彼らに共通するのは、日々の食卓を彩る “とっておき” の食材を、信念をもち追及しているということ。そして、肉に並々ならぬ愛情をもち、お客様にしあわせな時間も一緒に届けているということです。
バイヤーが各地へ赴く中で培ってきた、数々の出会い。今回は、「おいしい肉」の未来を照らす、京都の熟成肉店をご紹介します。
Interview
京中 加藤謙一さん
- 加藤さんは、加藤家が培ったものを『京中式』として言語化し、畜産業界に関わる人たちに共有する
「何をおいしいと感じるかは、人それぞれ。そのうえで、一切れの満足感を最大化させたいと考えています」とは、京都・伏見にある熟成肉店『京中』の加藤謙一さん。
『京中』が扱うのは、純血但馬血統の牛のみ。この牛は、日本に伝わる黒毛和牛の一つで、古くから人々に寄り添ってきました。熟成させると、歯切れがよく、濃い肉の味と旨み、上品な甘み、そしてやさしい香りを宿します。「牛と農家さんがつくった味、香りを邪魔しない、肉のポテンシャルを引き出す熟成を目指しています」。
加藤さんは、父の代から続くこの熟成肉を深めたいと、アメリカの大学でミートサイエンスを学び、帰国。牛の選定から肉の熟成まで、独自の視点で極めてゆく熟成士であり、お客様の好みに合わせた肉を切り出す店主でもあります。
- 牛肉を食べる文化が根付く以前は、稲作などの農業を生業にする農家が牛を大きく育てていた
食肉の歴史にも詳しい加藤さんによると、かつて日本では、田畑を牛や馬が耕していました。山の傾斜が険しく、棚田が多い関西地方では、主に牛が使われていたそうです。
この牛を農家につないでいたのは「博労(ばくろう)」と呼ばれる人々。山間部の仔牛農家から里の稲作農家に仔牛を連れてゆき、田畑を耕して大きく育った牛をまた買いあげ、街の肉屋に売る。その仕事には、牛の目利きはもちろん、農家や肉屋の要望をくみとる力も必要。すぐれた博労は頼りにされたそうです。
『京中』のルーツには、この博労があります。加藤さんの曽祖父、祖父は、京都・滋賀・兵庫を中心に博労をしていました。その後、1981年に加藤さんの両親が京都で肉店を開いたそうです。
- 古くから日本に伝わる但馬血統の濃い牛
「『京中』は、牛と人の両方を見て、繋ぐ。この姿勢は、博労だった曽祖父の時代から変わりません」
これらを繋ぐうえで忘れてはならないのは、「あくまでも “肉” をつくるのは “牛” だということ」。 “牛” を育てるのは畜産農家。つまり “人” ですが、牛がその土地の水を飲み、季節の草やエサを食み、歩いたり眠ったりするその日々が血肉となり、土地の味わいが生まれるといいます。それはワインでいうテロワールのようなもの。
「農家さんは『よい牛をつくる』という信念をもっていらっしゃいます。ただ、農家さんの考えるよい “牛” がお客様にとってよい “牛” かは別。おいしいは “人” それぞれですから」
だからこそ、両者の間に立つ肉屋がお客様に求められている “牛 と “肉” を知り、畜産農家に伝えることも大切だと続けます。そのためにもフラットな姿勢を忘れません。
- 今では珍しくなった生体の競りで、32ヶ月目の牛を買い付ける
「農家さんとの適切な距離を保つのは、祖父の教えです。もちろん信頼をおく農家さんはたくさんいますが、『京中』が年間に扱うのは100頭ほどと限られます。この農家さんだからと、盲信的に買うのではありません」
競りでは、生きた状態と血統もチェック。農家さんの個性が出るエサ、水や空気などの飼育環境を査定します。
「まず、肉のポテンシャルを見るんです。そして、枝肉の状態でも評価して、熟成後の味と香りを推察します。そこから一頭買いして、枝肉の状態でドライエイジングしてゆきます」
熟成期間は、約8〜12週間。枝肉と呼ばれる半身の状態で、温度と湿度が管理された涼しい熟成庫に吊るします。6週半で、一度味わいをチェック。肉の熟成具合に合わせ、適切なタイミングで切り出します。
ここでいちばん大事なのは、牛を一頭買いすること。農家さんが手塩にかけて育てた但馬牛というすばらしい血統。その肉を最もよい状態に昇華し、お客様に合わせて必要な部位、必要な量を切り出して販売するには、一頭丸ごとを熟成させなければならないからです。
- お店にはショーケースはなく、対面でオーダーを受けてから切り売りしている
「『京中』には、ショーケースがありません。なぜなら、多くの方においしいお肉をたのしんでいただくということを突き詰めると、1人ひとりの好みに合わせて用意するということになる。一頭買いで、肉に合わせて熟成させ、対面で切り売りするからこそ叶うと思うんです」
お店には、個人のお客様をはじめ、飲食店やデパートなどからの注文も入ります。それぞれが、今ほしいお肉を最もおいしい状態でご提供するのも、『京中』が肉屋として守り続けることです。
「5〜6年前までは、精肉の真空や冷凍をしていませんでした。真空冷凍すると、どうしても純血但馬血統の牛の繊細な香りに影響が出てしまうからです。
ただ、コロナ禍や高齢化の影響もあり、まとめ買いされる個人のお客様が増えました。お肉のおいしい状態を、ご自身で保っていただくのはむずかしい。せっかくならおいしくおたのしみいただきたくて、2021年からは小分けの真空冷凍のパックも取り扱っています」
時代、時代、何が最適かを見つめ続ける。そして、その中で培ってきた技術や知識を、仲間に共有する。これらはすべて、より多くのお客様においしい肉を食べていただきたいから。『京中』は今日も、牛と人、そして肉を繋ぎ、京都にあかりを灯します。