想いをつなげる
古くから、日本で日々の食事に使われてきた「出汁」。昆布、鰹節、いりこ、干し椎茸などの乾物を、素材に合わせて、水につけたり加熱したり。素材のよさをサッと引き出して、料理に深みや旨みを加えます。
世界にも、野菜や肉、魚介類などを煮込んで料理のベースに使う、いわゆる「出汁」はあります。ただ、日本の出汁は唯一無二のおいしさとして、世界からも認められる食文化なのだとか。
なぜ日本の出汁は、オンリーワンなのでしょう。そして、このおいしさを未来につないでいくために、大切なこととは。100年以上続く大阪の昆布屋『こんぶ土居』4代目として奮闘する、土居純一さんにお話を伺いました。
INTERVIEW
『こんぶ土居』4代目・土居純一さん
1903年、大阪に創業した『こんぶ土居』。料理に使う昆布をはじめ、旨みを濃縮した無添加の「十倍出し」や、お子さんにも食べやすいふりかけなど、時代に合わせた加工品も製造しています。
その4代目である純一さんは、昆布のプロフェッショナルとして、素材の目利きや商品開発のみならず、産地へ赴き生産者の後継育成につながる取り組みを行なったり、出汁について学べるミュージアムをつくったり、出汁がらでたのしむレシピを紹介するなど、幅広く活動されています。
- 昆布のすんだ出汁が愛される大阪で、長年続く老舗の4代目である土居純一さん
「僕の根底にあるのは、昆布屋として大阪伝統の昆布文化を守り育て、真のよい商品をお届けすることです。そもそも乾物で、もっといえば昆布で出汁をとる食文化は、世界を見渡しても日本にしかないんですよ」
なぜ昆布出汁が日本にしかないかといえば、おいしい昆布が日本近海でしか採れないからだといいます。
- 採れたての昆布。肉厚で、艶々と輝く
「日本の昆布と植物分類学上は同じ海藻類は、世界の寒流域に多く分布しています。ただ、それらは日本の昆布に敵いません。
日本で見かけるものといえば、真昆布、羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布など、北海道産だと思います。日本国内でも、さらにいえば北海道内でも、出汁としておいしい昆布は限られるんです。今のように庶民が日々の食事でたのしむ前は、献上品だった歴史もある。つまり、それだけ貴重なものということで。
最近では、昆布はもちろん、日本の海藻文化が世界でも評価されていて、海外の料理人も自国で同じようなものはないかと探しているそうです。ただ、残念ながら日本の海藻類に匹敵するようなものが見当たらない。
日本人にとって、昆布は“あたり前”かもしれませんが、改めてその価値を知って、大切にしていただけたらなと思います」
- 乾燥させると、昆布の旨み成分が白い粉として現れる
顆粒だしやだしパック、旨みを増す化学調味料の開発。さらに、食文化や生活習慣も多様化する中で、昔は“あたり前”だった、昆布やかつお節、にぼしなど、伝統的な自然の素材から出汁をとる機会が減っています。唯一無二の日本の出汁が、残念ながら廃れてきているという現実に、純一さんは危機感を募らせます。
「出汁をとる人が減ると、昆布漁師など、一次産業を担う生産者の跡継ぎも現れなくなってしまう。『こんぶ土居』は、4代続く昆布屋として、日本人に“あたり前”の日々の食事を守りたいだけなんですよ」
本物を知り、たのしむ
- 『土居家のレシピと昆布の話』(ぴあ)より。『こんぶ土居』の商品成分表は、パッと見てわかる素材だけ、どれくらい使われているか細かく記載されている
『こんぶ土居』の製造現場には、食品添加物はもちろん、化学調味料や酵母エキスなどのうまみ調味料も一切存在しません。また、原材料は全て国産。さらに、原材料の原材料である、たとえば醤油なら大豆や小麦も、安心できる国産にこだわります。
なぜなら、本物のおいしさを知ることで、出汁を使う人が増えてほしいから。
「昆布屋として、昆布の出汁を大切に、昆布の価値を多くの人に知ってもらいたい。だから、その障害になるものを使うのは違うと考えています。
化学調味料やうまみ調味料、輸入品を否定しているわけではありません。ただ、品質がよいからそれらを使うのはわかりますが、安価だからと多用されると、日本の一次産業は疲弊してしまいます。
僕たちは、一次産業を担う漁師さんなどの生産者から消費者まで、日本の食に関わる全ての人たちがよい関係で繋がってほしい。そうすることで、昆布のおいしさがこれからも続くはずです」
漁場へも頻繁に足を運ぶ純一さん。近年、天然真昆布はほとんど採れなくなっているそうです。
「昭和40年代まで、昆布養殖は存在せず、天然ものしかありませんでした。それが自然環境の悪化が一因となり、今や天然ものがほぼ採れません。
昆布だけではなく、他の海藻類も天然ものが減ってきているんです。これは単に、おいしいものが減っているという問題だけではありません。
昆布などの海藻類は、海の中で大きな役割を果たしています。魚の産卵の場であったり、小魚が外敵から身を守る隠れ家のような役割だったり。あとは、海中の二酸化炭素も吸収しています。つまり、昆布などの海藻類が天然もので採れなくなると、海の環境が変わって、いつか魚も採れなくなるかもしれない」
- 世界からも認められる昆布
また、養殖にしても、じっくり育てる2年養殖ではなく、1年養殖がほとんど。そのほうが自然環境による被害も少なく、確実に出荷できるからなのだとか。
「だからどうしても、おいしいものは減っています。その中でも僕たちは、長年の経験からおいしいものを見極めて、ちゃんと加工することで旨みを引き出していく。
おいしくする工夫は昆布屋が担えますが、漁師さんの後継者がものすごく少なくなっているのも、僕の目の前に横たわっている大きなハードルです。定年はないので80を超えて現役の方もいますが、若手で新たに漁師さんになる人が少ない。子どもたちに漁師さんの仕事や昆布のおいしさを伝えていくのも、未来をつくる一歩だと考えて、微力ながらやり続けています」
- 純一さんに教わった出汁のとり方は「乾物を水に一晩浸すだけ」
「昆布屋として」。そう何度も口にする純一さんの取り組みや発信は、昆布屋の領域を大きく飛び越えつつあります。ただ、その根底にあるのは、脈々と受け継がれる日本の「おいしい」を、これからも“あたり前”にたのしんでもらいたいという想い。
「出汁のとり方はいろいろな方法が紹介されていますが、簡単なやり方で十分。お好きな乾物を、一晩水につけるだけです。
昆布出汁でいえば、10cm四方ぐらいのものを、1Lのお水に浸しておくだけ。昆布出汁には、料理の土台を支える旨みと香りがあります。出汁をとる際に、華やかな風味が加わる鰹節を入れたり、豊かな旨みのいりこを組み合わせたり、お好みでたのしんでみてください。
なかには『“出汁がら”が出るのがもったいない』という方もいますが、出汁がらは自分で出汁をとるからこそ生まれる副産物。乾物一つから、おいしい出汁がとれて、さらにもう一品つくれる食材が出来ると考えたら、うれしいじゃないですか」
- 土居さんの著書『捨てないレシピ』(ぴあ)では、濡れたままと干した状態と2通りで出汁がらレシピを紹介している。乾燥させてからオーブンでカリッと焼き、ごま油とごまをまぶしたチップスは絶品!
純一さんのお話から見えた、昆布、そして日本の出汁文化の今とこれから。まずは、一人ひとりが本物を知り、「おいしい」とたのしむことが、明るい道を照らしていくのではないでしょうか。
昆布をもっと知ろう ー産地ごとの特徴
一般的に使われる昆布の中でも、よく見かける3種それぞれの特徴を、純一さんに教わりました。料理で使う際のヒントにしてみてください。
左:利尻昆布
「上品な、クセのない出汁をとりたければ利尻昆布を使いましょう。ただ、旨味成分の含有量がほかと比べて少ないので、薄く、淡く、物足りなくなりがち。鰹節やいりこと合わせ出汁にするとよいかもしれません」
右:羅臼昆布
「古い時代から、真昆布と双璧の高級昆布です。味が強く、どっしり濃厚。強い旨みでいえば、昆布の中ではナンバーワンです。ただ、出汁が濁りがちなので、上品さでいえば真昆布に軍配が上がります」
中:真昆布
「旨味が非常に濃く、雑味のない上品な味わいです。かつての献上品でも、真昆布が使われてきたほど、おいしく価値のあるものでした。
- こんぶ土居|KONBU DOI
- 創業以来100余年。昆布ひと筋、大阪の昆布専門店。伝統ある大阪の食文化を守り育て、本物を次代に伝えることを使命と考え、伝統を大切にしながら、時代に合った便利な食品づくりを続ける。
『こんぶ土居』とつくった特製おでん
大阪の出汁専門店『こんぶ土居』の出汁で究極のおでんをつくりたいと、オリジナルレシピで仕上げました。温めるだけで、味がしっかりしみた本格的な「おでん」が出来あがります。
- DEAN & DELUCA 厳選素材の出汁を使ったこだわりおでん ¥2,700税込
- 7種の具材は、定番に加え、信頼をおくつくり手から選定。練りものは、昔ながらの製法を大切にする五島列島の『浜口水産』から。食感も豊かな「ひじき天」と、香りもよい「生姜天」を入れました。銀杏入りの「がんも」と、キメが細かく大豆の旨みが活きた「三角揚げ」は、大阪の手づくり豆腐専門店『河内庵』の自慢の味です。そこに、誰もがなじみ深い「卵」「大根」「牛筋」を加えました。
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