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people想いをつなげる

カンパニズモがもたらすもの『aida 小林寛司シェフ』

2022.05.27

気候風土が育んだ、その季節に体が欲する旬の食材を食べる。食材にも、人間の体にも無理をしない、昔からの食生活です。ごく普通のことのようですが、どの季節、どこにいても、様々な食材や世界各地の料理を食べられるようになった今。改めて大切にしたいことともいえます。

このような本来の姿を大切に、料理と食べる時間や空間を提供しているシェフとの出会いがありました。和歌山県岩出にあるレストラン「villa aida(ヴィラ アイーダ)」の小林寛司さんです。

ヴィラ アイーダは、自家菜園の採れたて野菜や果物と地場の食材を使い、イタリア料理にルーツをもつ「ここでしか食べられない料理」を提供しています。四季折々の恵みから、素材の味わいを丁寧に引き出した独創的な一皿を求め、はるばる足を運ぶ人が絶えません。その料理は、どのように生まれているのでしょう。小林さんに、お話を伺いました。

INTERVIEW

オーナーシェフの小林寛司さん

現在、ヴィラ アイーダのある町が地元の小林さん。実家は兼業農家で、家族が食べるお米と野菜はつくっていたことから、幼い頃から田んぼや畑が身近でした。

 「一年を通してお米や野菜の成長を見て育ち、その日に収穫したものが食卓にのぼるのが日常でした。旬のものはもちろん、間引き菜のように、自分たちで育てているからこそ採れるものもありましたよ」

調理学校卒業後、大阪のイタリアンへ入店。21歳で渡伊し、4年間で8つのお店で経験を積みます。ここで、今も大切にしている『Campanismo(カンパニズモ)」と出会ったそうです。カンパニズモとは、教会の鐘の音が聞こえる範囲で採れたものを食べる文化で、イタリアの郷土愛ともいえます。

「イタリア人はよく『Nostrano(ノストラーノ)』という言葉を使うのですが、これは『自分たちの』という意味。みんな、土地にとても愛着があります。実際、僕がいたどのお店のシェフも、自分たちの地元の食材が一番だと思っていました。

たとえば、ある修行先ではアングレーズソースに、バニラではなくレモンの葉を使っていました。日本で教わったレシピには必ずバニラが入っていたので、とても驚いたのを覚えています。理由を聞くと『ここでバニラは採れないから』と。もちろん、バニラは買えばあります。でもあえて使わないのは『この地にはない高価なものを、わざわざ入れる必要はない』。食べてみると、とても爽やかで、気候や食材にマッチしている。感動しましたね」

地元にある食材で工夫するのは、現在の小林さんの基本です。この言葉の本質に気がついたのは、和歌山でお店を営む中での経験でした。

「帰国後すぐに地元でお店を開いて、高級な輸入食材も使い、いわゆるイタリア料理を提供していました。最初は珍しさも手伝って食べに来てもらえたけれど、便利な都会と同じものを出しているだけでは客足が遠のいて、しまいには仕入れも難しくなって。ある日の休憩中、お店の前に広がる稲刈り後の田んぼが、ふと目に入ったんです。そこにフェンネルの種を撒いてみたら、ちょっとできて。じゃあ他の種も撒いてみよう。採れたものは料理に使おう、と繰り返していくうちに、目の前の出来事とイタリアで学んだことがつながっていきました」

小林さんがイタリアで修行したお店は、いずれも車で1時間ほどかけて、わざわざ訪れるようなところばかり。ヴィラ アイーダを構える地元も、大阪市内から車で30分ほどかかります。何が違ったかといえば、イタリアでは、そこでしか食べられないもの、味わいがあると、人々がわざわざ食べに来ていたのです。

お店の隣にある畑で収穫した、今日の料理に使う食材

また和歌山は、イタリアのある地中海地方のように、一年を通して温暖な気候です。野菜もお米も魚介も採れ、四季折々の果物もあり、さらにオリーブも育つ。奇しくも、イタリアで出会ったカンパニズモが実践できる土地でした。

「今、ヴィラ アイーダで使う食材は、塩・パンの小麦粉・オリーブオイル以外は、地元のものです。採れたての旬を、丁寧に料理して、心地よい空間で大切な人たちと囲む。昔からごく普通にあった食生活をガストロノミーに昇華させる。それがヴィラ アイーダの目指す姿であり、本来のおいしさ、豊かな人生だと思っています」

いつも畑が与えてくれる



今では、年間300種もの野菜や果物、ハーブを、マダムの有巳さんと共にお店の目の前にある畑で育てています。地元にいる日は、暑い日も、寒い日も畑へ。そこで実感した「おいしい」の本質が、一皿に現れています。

 「畑仕事をする中で、暑い時期はトマトやキュウリのようなみずみずしいものが食べたい。寒い日は根菜のような滋味深いものが食べたいと、自然と思うようになりました。すると、目の前の畑では、僕ら人間の体がその時々に欲するものが育っていて。そういう旬のものは体内にすんなり入るし、食がすすむんですね。ああ、自然と人間の体は一致しているのだと気付きました」

小林さんの料理を口にした人の多くが「体と心のバランスが整う」と言うそうです。それはきっと、小林さん自身が自然のリズムに寄り添っているからなのかもしれません。今日は暑いなと感じながら出た畑には、そのときの体を癒してくれる作物が育っている。心身の感覚を大切に、「おいしい」と感じる採れたての食材が、もっとも輝くように調理する。小林さんの「唯一無二」と評される料理は、本質を表した味わいともいえるのでしょう。

ヴィラ アイーダでは、花も料理になり得る

そしてもう一つ、小林さんにとって大事なのは「目の前に現物がある」こと。畑をやっているからこそ、色・味・形・香りを実感し、新たな発想が生まれると続けます。

 「今(4月某日、取材時)はちょうど、豆の季節。畑には、エンドウや空豆が実ってきているんですが、その横でハーブの新芽も出てきていて。畑作業中に風が吹くと、豆の香りとハーブの香りが入り混じるんですね。ふと『あ、これを皿に載せたらいいかなあ』と思いつく。フェンネルの花が咲いている時期なら『この花と、この野菜は合う』とか。冬場、畑を歩いていて、右にニンジン、左に大根があったら『これとこれ、皿の上で絶対に合うよね』とか。畑からアイデアをもらう瞬間が、どの季節にもあります」

畑で採れたものと地場の食材から着想する料理

また、幼少期に食べた間引き菜のように。農家から仕入れるだけでは手に入らない、成長過程や育ち過ぎたもの、普通は使わないと捨てられてしまうような部分も、全て使えるのも畑から始まっているから。

「小さいものには小さいなりの、大きいものには大きいなりのおいしさがあります。それを知っているのも、使えるのも、つくり手の特権。畑作業中に味見したり、持ち帰って試作したりを、日々繰り返しています。

たとえば、フェンネルは葉っぱをイメージする人が多いと思いますが、僕は根っこでしょう! と思っていて。使う量を調整すれば、ほどよい苦味でおいしいですよ。空豆も、市場に流通しているものは、僕には粉っぽくて香りが強い。だから、もっと若くて、みずみずしいときに使います。あとは、芽の出た春のジャガイモも使ったり。ヨーロッパでは『ヴィンテージポテト』と呼ばれて親しまれているのですが、加熱するとねっとりとして甘くておいしいんです」

サスティナブルであること

国内外問わず足を運び、各地の農家や漁師、料理人などとも交流している小林さん。これからも、それぞれの気候風土が育むおいしさを守るために。また、自分自身がオンリーワンの料理を生み出し続けるためにも「料理は、サスティナブルが大事」とも考えています。

「特に地方のお店や料理人は、カンパニズモを大切にすることがサスティナブルにつながるのではないでしょうか。食材のあるところへ食べに来ていただくことで、より新鮮で、そこでしか採れないものが揃うから、お客さまは他にはない料理と出会えますし、食材にも、食材を扱う料理人にも無理がないですよね」

「それに、サスティナブルだからこそ、自分らしい料理が生まれます。ヴィラ アイーダでは、いっぱいある野菜の端っこを干してパウダーをつくるのですが、これが世界で他にない調味料になってくれるんです。一時期に大量に採れた野菜や果物は、干したり、オイルや塩漬け、ピクルスにすれば、一般的には野菜がないといわれる時期に活躍してくれる。白菜の菜花やニンジンの花、大根のサヤ、フェンネルの根っこなどを使うのもそう。サスティナブルが料理の邪魔をするのではなく、想像力を膨らませる手立てになる」

食材は、自分たちで探すだけでなく、つくり手から持ち込まれたり送ってきてくれることもあるそう

畑と共にあるヴィラ アイーダは、一年中、食材の宝庫です。とはいえ、全て自分たちでまかなうかといえば、そうではありません。志を同じくする地域の生産者の食材を使い、知ってもらう。それも、地方にあるレストランの役目だと考えているからです。

「以前、全て自家製にして自分たちだけで循環するようにしようと試みたのですが、それでは社会とのつながりが少なくなり、かえってよくないと感じました。サスティナブルな取り組みをしている地元の生産者を支えるのも、料理人としてサスティナブルな姿だと思います」


さらなる可能性に向けて。ゆくゆくは、ヴィラ アイーダの中心にある大テーブルを、お客さまや生産者、料理人が共に囲む場所にしたいそうです。

「ヨーロッパでは当たり前にある、隣のテーブルに座った、見ず知らずの人たちが気軽に会話を交わすような場所にしていけたらと思っています。そして、そこで出会った人同士が、つながっていけたら。

そのためにも僕は、ヴィラ アイーダを拠点に旅をして、旅先の地場食材を使って料理をしたい。そして、新しい経験や発見、出会いを和歌山に持ち帰って、またゲストを迎え、世界中の地域や人をつなげるコミュニティのようなテーブルを提供していきたいと思っています」

今や多くの人々を惹きつけてやまない存在だからこそ。そして自らを「努力型」と表し、かつて自分がもがいた経験を今の糧にしているからこそ。地元で切磋琢磨する生産者や料理人の未来を引っ張っていきたい。小林さんは、一人の料理人だから発信できるメッセージを、料理や取り組みを通して伝えています。

小林寛司|KANJI KOBAYASHI

小林寛司|KANJI KOBAYASHI
和歌山県出身。兼業農家の長男として、田畑を手伝い、畦道を駆け回って遊ぶ幼少期を過ごす。大阪のイタリア料理店に勤務後、渡伊。1998年『aida(アイーダ)』を開業(2007年「ヴィラ アイーダ」に変更)。店の横にある畑で自ら育てた野菜やハーブを使い、ここでしか味わえない料理を届ける。農園レストランの可能性を提案しつつ、様々な土地を訪ね、人に接し、その経験を料理に反映している。
2020年7月『情熱大陸(毎日放送)』に出演。同年『第11回辻静雄食文化賞』受賞。2021年に『Top Best Vegetable Restaurants 』18位、2022年には『Asia’s Best 50 Restaurants』14位に入賞する。また、新時代の若き才能を発掘する、日本最大級の料理人コンペティション『RED U₋35』が次世代のシェフ508人に実施したアンケート「あなたが目標とする人は?」において、第2位に選出された。著書に『自然から発想する料理(柴田書店)』がある。

『aida(アイーダ)』の味わいをご自宅で

MOVIE|小林寛司シェフに教わるパスタの作り方

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