想いをつなげる
世界中の食するよろこびを、お客さまに直接お届けする店舗。つくり手からセレクトした食材が並ぶ“マーケット”に、バリスタが一杯ずつ淹れるドリンクや相性のいいフードをご提供する“カフェ”。DEAN & DELUCA(ディーン アンド デルーカ)は、店舗のある地域に寄り添い、地元に根付くことを大切に、個性豊かな店舗づくりをしています。
その要素の一つが、カフェを彩るアートです。2016年より始まった『ART CANVAS PROJECT(アート・キャンバス・プロジェクト)』の一環で、気鋭、著名問わず、共感するアーティストの作品を設置しています。
2021年7月には、同年9月10日で1周年の カフェ コレットマーレみなとみらい に、染色家・柚木沙弥郎さんの切り絵が掲げられました。今回は、このプロジェクトに込めたウェルカム代表・横川正紀の想いと、柚木沙弥郎さんの言葉をお届けします。
INTERVIEW - ウェルカム代表・横川正紀
店舗に生まれるキャンバス
「『アート・キャンバス・プロジェクト』について構想し始めたのは、10年ほど前です。カフェには、壁面などに、マーケットにはない余白が生まれます。ここを無理に商品で埋め尽くすのではなく、食を通じて社会につながる表現ができないか。表現の場としてアーティストに提供できないかと、メンバーと話していました」
- コレットマーレ横浜に掲げられた柚木さんのアート
「2020年9月にオープンした カフェ コレットマーレみなとみらい は、天井が高く、桜木町駅からのドアを開けた正面に、まるでキャンバスのような大きな余白があります。そこで、ここにしかない特別な作品を設置しようと、動き始めたんです。残念ながらオープンには間に合いませんでしたが、せっかくのキャンバス。自分たちが心から共感できる方との出会いを待ちました」
カフェという空間にやさしく寄り添うアート
- コーヒーとキャロットケーキをたのしむ柚木さん。自然の味わいを生かしたスイーツなどがお好みだそう。
「今回の話が立ち上がった当初から『柚木沙弥郎さんのような方に』という話はありました。
なぜなら、アートを飾るといってもそのものが主張しすぎず、あくまでカフェとして居心地のいい空間に寄り添ってくれる。空気を、ふっと上げてくれるようなものがいい。それは、有機的で、自然の美しさをやさしく表現した、かつ普遍な作品。僕たちが、日頃から食で感じている大切な物事を表現しているようなアーティストをイメージしていたのです。
考えれば考えるほど、ならばご本人にお願いしたい思いが強くなり、無理を承知でお願いしてみました。DEAN & DELUCAチームには、つくり手と真っ直ぐ向き合うマインドが根付いているのですが『アート・キャンバス・プロジェクト』もそうで。結果的にご快諾いただき、2021年の年明けからスタートして、半年という短期間ですばらしい作品を仕上げていただきました」
食そのものの美しさに立ち返って
「実は、当初お願いしたイメージと完成したアートは、全く異なるんです。そもそも、柚木さんのミニマルな表現が僕たちの店舗に合うと、当初はシンプルでモダンな作風をリクエストをしていました。ところが、1回目に上がってきたものが、墨や絵具で描かれた色が混ざるようなアートで……」
- 柚木さんにお渡ししたDEAN & DELUCAのカタログ。食のもつ力を素直に表現することを大切にしている。
「そこで、担当者がカタログをお渡しして、私たちは食そのものの美しさを大切にしているんですと、お伝えしました。そうしたら『なるほどね』と、表情が変わられたんです。
さらに、パリの個展での写真を出してくださり『この時も、食べ物の色が飛び込んできて感動した』というお話に。私たちが大切にしていることと、柚木さんが表現されていることに共通点を見出してくださって『君たちは絵具じゃないんだね』とおっしゃった。振り返ると、今回のターニングポイントだったと思います」
- 店舗に並ぶ、食材やカトラリーなど、一つひとつに目を輝かせていたそう。
「その後、六本木のマーケットを訪れてくださり、僕たちがN.Y.や世界の市場で感じて伝え続けてきたことを掴まれたのでしょう。店舗を巡る中で、食が持つ力を素直によろこび、表現してくださった。その結果が、カラフルな切り絵のアートです。リクエストを遥かに超える、原点に立ち返らされるような作品。初めて見た時は、ただただ感動しました」
VOICE - 染色家・柚木沙弥郎氏
ものの美しさには人の“手”がある
柚木さんは “今”を大切に、およそ70年にもわたり、多くのアートを生み出し続けています。『アート・キャンバス・プロジェクト』での作品も、まさにDEAN & DELUCAの“今”を捉えるもの。
「僕は、98歳だけれど“今”を大切に生きている。だから、新たなアートをたくさんつくりたいんだ。DEAN & DELUCAの方が、この話を持ってきてくれた時に、“今”を表現できる可能性を感じたからやりたいと思ったんだ」
スタッフが、最初に仕上げてくださった作品へリクエストを依頼した際についても、こんなふうに振り返ってくださいました。
「あの後、君たちと別れてから、どうしようかと考えて。このアイデアを思いついて、すごくワクワクしたんだ」
それは、色紙を使う、切り絵というスタイルでした。染色作家である柚木さんは、これまで染色や肉筆で大きな作品を制作したことはあるものの、切り絵で大きな壁面アートをつくるのは初めて。決め手は、DEAN & DELUCAがずっと大切にしている、アーティザン(つくり手)の存在だったそうです。
「君たちは、手でつくっているものを大事にしているだろう。ものの美しさには、結局、人の手がある。君たちが『手だ』って言ったから、僕も手でつくりたくなったんだよ」
育てる、料理する、提供する……。食に欠かせない“手”という存在。そのキーワードが、柚木さんの表現の扉を開きました。今回の切り絵は、インスピレーションの赴くまま。下書きはせず、色紙を切り、ものの3日で仕上げたそうです。
- 掲げられたアートを見上げる柚木さん。店舗の切り絵は、実際のものより拡大されている。
プロジェクトスタートから、半年。来る日も来る日もDEAN & DELUCAに思いを巡らせていたという柚木さん。カフェに、自身のアートが掲げられた様子を見たその表情は、笑顔に溢れていました。
「桜木町にあるお店に、お客さまは、こっち(駅側のドア)から入るでしょう。そうしたら目の前に僕の絵が、ちょうど見える。とってもいいですね」
- 横川と柚木さん。「お客さまには、ここのカフェはほかのDEAN & DELUCAとちょっと違う、と感じていただけたら(横川)」
アーティザンを始めとする“手”や、食材、うつわなど、食を取り巻く美しさ。そんな“原点”がモチーフとなった、色とりどりの作品。眺めていると、原点を忘れずに信じる大切さと、その一方で、過去に縛られず、新たな“今”を捉え続ける柚木さんの力強さを感じます。
「思うように未来は変えられないけれど、未来をつくるには、今までのやり方を変えてみる。そんな課題は素敵ですね。お気に召していただいたなら、うれしいです。また、たのしいことをやりたいですね」
経験にとらわれず、その時その時で、求められる表現をすくいとっていく。そして、見る者に、感動や新たな価値観を与えていく。そんな柚木さんのアートと共に、どうぞお好きな一杯やフードをおたのしみください。
- 柚木沙弥郎|SAMIRO YUNOKI
- 染色家。1922年、東京都田端生まれ。東京大学に在学中、学徒動員により勉学を中断。復員後に勤務した大原美術館で柳宗悦の民藝の思想と芹沢銈介の型染カレンダーに感銘を受け、染色の道へ。1950年、国画会奨励賞を受賞。以後70年にわたり、型染めによる染布、染絵など多くの作品を制作する。作家と並行して女子美術大学で教鞭を執り、1987~1991年には学長を務める。1986年、初の絵本『魔法のことば』が<子どもの宇宙>国際図書賞を受賞。1990年代以降、イラストレーション、版画、ガラス絵、板絵、人形や立体オブジェにも取り組み、創作の幅を広げている。 2014年に仏国立ギメ東洋美術館、2018年には日本民藝館にて回顧展を開催。自然や日常をテーマにした作品は、世代を問わず人気が高く、現在も個展に向けた創作活動を続ける。
柚木沙弥郎さんのアートに出会う
ここだけの描き下ろしの2つのアートをご紹介
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- DEAN & DELUCA カフェ
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4メートルを超える気持ちの良い空間がひろがる桜木町駅前のカフェ。
オープン当時、その奥には真っ白な壁がありとても殺風景でした。
人々がくつろぐ空間に彩りを加えるように、柚木さんへアートをお願い
してできあがったのが、切り絵の色鮮やかな一枚。ぜひ、ご覧ください。
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- DEAN & DELUCA MAGZINE ISSUE04
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年2回発行の自社出版メディア マガジン4号目の表紙を飾るのが柚木さんのアート。
テーマである「しあわせのオムレツのあなたへ」からイメージして切り絵で創作してくださいました。オムレツだけに、真ん中がぷっくりふくらんでいるのが紙なのでお見せできませんが、このために何個ものオムレツを実際につくられたとか。記事の中には、柚木さんのインタビューが掲載されております。