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recipe僕らの新しいローカリズム

自由が尊重される豚

2024.06.22
あかり農場

僕らの新しいローカリズム

地方が動き始めている。
都市では「食材」や「原材料」と呼ばれるものが
田畑で実り、山に生え、風土の中で生きている場所は、
食べものづくりの人々にとって、刺激に満ちた“現場”なのだ。
ローカルという現場に立つ彼らは今、都市ともゆるくつながりながら
暮らしを映す食や酒、共感で結ばれたコミュニティを生んでいる。
日本各地に広がる、そんなコミュニティとつくり手の物語を、
地域×人×食をキーワードに毎月お届けします。

写真/伊藤徹也 文/井川直子

 

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CHAPTER 09 
『あかり農場』

土とともに生きる動物

「あと2、3日で産まれるんですよ」
『あかり農場』農場主の山田憲一さんの指さす方を見たら、お腹をパンパンに張らせた豚が、小屋の涼しそうな日陰でまどろんでいた。
豚は一度の出産で12〜15頭も産むという。いかにも重たそうで、そりゃあゴロンと昼寝したくもなるだろう、と思う。

小屋の外では産まれたばかりの仔豚たちが戯れ、彼らよりすこしお兄さんお姉さん豚は、笑っちゃうほど泥んこになって遊んでいる。
「豚は泥遊びが大好きですけど、そうすることで体を冷やして体温調節をしたり、寄生虫を自分で取ったりする。大事な営みでもあります」

憲一さんいわく、豚は土を食べたり、土の中で寝たり、土とともに生きる動物。土を掘る習性は、彼らの本能だ。
その尊厳を奪わぬように、屋根つきの小屋でも床は土。土にもみ殻を混ぜ込んでいるせいなのか、餌が良いのか、不思議なほど臭いがしない。

囲われた柵の中でなく、豚が好きなように外と中を行ったり来たりできるこの住処は、“豚舎”よりも“小屋”と呼ぶほうがふさわしいように思う。
彼らは、開かれた野原に飛び出しては小山から駆け下りるゲームを繰り返し、秋になるとくるみやドングリ、栗の木から落ちた実をカリカリしている。
人間と同じように、自由が尊重されている。


豚が喜んで食べるほうがきっといい

2010年から始まった『 あかり農場 』は、七飯町軍川にある小さな養豚場。
上軍川の『 山田農場 チーズ工房 』から車で7分ほど走っただけなのに、ミルクロード沿いにある農場周辺は、山の上の風景とはまるで違う。ゆったりとした田畑の合間に、丘がポコポコと現れる人里だ。

神奈川出身の憲一さんと、大阪出身の聡美さん夫妻もまた『 共働学舎 新得農場 』の出身である。ここで食べた豚肉に心を揺さぶられ、憲一さんは養豚業へ進むことにした。

七飯町へ移動してきたのは、果実や米など、豚の餌になる農産物が豊富だったからだ。
ここでは、配合飼料を使わない。「原料の多くが海外産の餌ならば輸入の豚でいい」と語る彼の根っこにあるのは、食のつくり手としての探究心だ。

「豚が生きる土地と、同じ土で育った作物を食べさせる。そうして生まれる味とはどんなものだろう?」

『あかり農場』の豚のごはんは、地元農家から分けてもらうくず米や大豆、小麦、ジャガイモやカボチャといった野菜がベース。そこに『 農楽蔵 』のワインの搾りかす、『 大沼ビール 』『 はこだてビール 』のビールかす、国産大豆で作る『 勝田豆腐店 』のおから、地域のパン屋数軒からのパンくずも参加する。

「今ここにある生産物」だから季節によって餌の内容は変わり、豚の食べっぷりを観察してはレシピを変更することもある。
「ジャガイモは生のままより、煮たほうが驚くほどがっつくので、それから毎朝煮るようになりました」
豚が喜んで食べるほうがきっといい、と直感しているからだ。


おいしいってなんだろう?

たしかなものは、一般論やセオリーよりも、自分自身が感じたこと。
そう考える彼は、銘柄豚ではなく、デュロック、ランドレース、バークシャーといったさまざまな品種を試しながら、自身で交配させている。
「どの銘柄だからおいしい、というわけではなく、豚の味は餌と環境によるところが大きいと思うんです」

一般に、配合飼料で意図的に成長を促した豚は、半年の肥育期間で出荷される。
一方で四季の地元食材を食べる『あかり農場』の豚は、1年ほどかけてゆっくりと育つ。養豚農家は数千、数万頭の大規模経営が多い中、彼らは自分たちの手に負える60〜70頭に絞っている。

1頭1頭、生きものの最初から最後まで、命につき合う仕事。
屠殺のみと畜場だが、週に1頭、枝肉から自分たちで部位ごとにさばき、余すところなく売り切っている。

最終的に、目指している味はありますか?と訊ねると、憲一さんは「ありません」と答えた。
そうだった。この土地で、この餌で、この環境で育てた豚が生む味を、彼自身が知りたいのだ。

おいしくしようという作為もない。むしろ、常に心に留めているのはこの言葉である。
「おいしいってなんだろう?」
その味が「餌と環境が出した結果」であるならば、それをどう感じるかは、結果を受け取る料理人や、料理を口にした食べ手に委ねられている。


心に響くような、沁みるような味

ならば、料理人に訊いてみようと思う。
函館のレストラン『 コルツ 』の佐藤雄也シェフは、『あかり農場』のスタート時からともに歩んできた。
「パンチのあるお肉と違って、あかりさんの豚は優しい味。心に響くような、沁みるような味です。ジビーフとも通じる、ピュアな感じ。脂も融点が低くてすうっと溶ける、というか、残る脂じゃない」

いかにこの「ピュア」を曇らせず食べ手に届けるか。
佐藤さんは、肉の水分を抜いて味を凝縮させるとか、塩や香草に浸けて味を加えたりといった手を施さない。彼に言わせれば「必要がない」。
代わりに、オーブンで下焼きした肉をホイルに包んで土鍋へ入れ、温めるように2時間以上休ませるという、寄り添うような仕事をするのである。
まるで、豚の命につき合った憲一さんから、その後の命を引き継ぐかのように。

結果、現れた豚ロースは緻密な肉質が際立ち、潤いを湛えたしなやかな食感。噛むと、出汁のような旨味に驚いてしまう。脂さえも清々しい、軍川の木々の緑を思い出すような味わいだ。

「つけ合わせもシンプルに。マスタードさえいりません。ブロバーダだけでいい」
ブロバーダとは、イタリア・フリウリ地方の漬物で、蕪を、ワインの搾りかすといっしょに塩漬けしたもの。『コルツ』ではその年により函館在来種の亀田赤かぶや大野紅かぶ、ルタバガ(西洋蕪の一種だがアブラナ属の根菜)などと、『農楽蔵』『 DUE PUNTI Vineyards(ドゥエ・プンティ・ヴィンヤーズ) 』の搾りかすを使う。
そう言えば、『あかり農場』の豚は、『農楽蔵』の搾りかすを食べて育っている。

人間の食べものも巡っている

『あかり農場』の豚は地域の作物を食べて育ち、その糞は堆肥となって、再び野菜畑や田んぼに還っていく。
天日で発酵、熟成させる堆肥は健やかな土壌を育み、植物が育ち、また豚の餌となる、という循環。

函館の循環は、こうした生産システムだけでなく、人間の営みにもあった。たとえば『あかり農場』の豚肉と、『農楽蔵』のワインとを交換すること。
「あの人が喜ぶかな?って持って行くと、お返しがくるような、ゆるいやりとりです」
そんなふうに、肉、パン、チーズ、ワイン、野菜……。通貨という価値が存在せずとも「やりとり」が成り立つのは、彼らみんなが、お互いのものづくりに敬意を持っているからだ。

労働の「やりとり」ならば、収穫後のトウモロコシに残った茎を刈る代わりに、豚の餌用に刈った茎や葉をもらって帰ったり。
憲一さんは森林の間伐も毎年のように手伝い、伐採した木は薪ストーブに使っているし、たった一人で建設中の新しい家にも活用される。
「廃材や半端な木材だけで造るので、いろんな木が混ざっているんですけど」
いやいや、写真で見たそれは、建築や音楽やワインを好む彼のセンスに溢れた素敵な家だった。

自分の好きなこと、自分に必要なもの、そしてそれらの分量がわかっているのだろうか。
食卓には聡美さんが育てた野菜や、敷地内を歩き回る鶏の卵。家族が食べるものを家族でまかないながらも、家族だけで完結するわけじゃない生き方を一家は選ぶ。
何年経っても自然の美しさに息を呑み、休みの日には通じ合う友人とのおしゃべりに耽る。彼らの養豚業は、そんな愛すべき暮らしの中にある。

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おおば製パン
あかり農場
地域の素材から作る餌を食べさせ、フリーストールで育てる小さな養豚農場。解体も自ら手がけ、函館市内外の飲食店、地元の家庭などへ配送している。
購入は、函館『 chacun ses goûts(シャカン セ グー) 』で可能。

NEXT CHAPTER

次回からは、新たなローカルがはじまります。

『岡山・蒜山(ひるぜん)』

岡山と鳥取の県境にある真庭市蒜山は、山麓に広がる高原地帯。
蒜山高原ではジャージー牛が放牧され、そのミルクでイタリアのチーズが作られる。
津黒高原には、かつて中和村と呼ばれた地域がある。人口600人弱。
観光地でもないこの里山に、しかし近年ではものづくりの移住者が相次いでいる。
農家、豆腐職人、鰻職人、料理家、醸造家、陶芸家、金工作家。
地元の人が「何もない」というこの土地が、彼らを惹きつける理由はなんだろう?

7月21日ー 毎月、満月の日に新たな記事を更新
CHAPTER 10 『蒜山 鰻専門店 翏』 comming soon

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