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recipe僕らの新しいローカリズム

家族との暮らしを、ちゃんと楽しむために

2025.05.12
家族との暮らしを、ちゃんと楽しむために

僕らの新しいローカリズム|北海道 美瑛・東川

小麦、じゃがいも、とうもろこしなどの畑がパッチワークを織りなす丘の町・美瑛(びえい)。
そのお隣で、大雪山連峰に育まれた清冽な地下水が生活水、という水の町・東川。壮大な山岳、森林、河川に恵まれた両者は、古くから写真カルチャーが息づく土地柄でもある。旭川空港から、美瑛は車で15分、東川は10分。じつは大都市からのアクセス抜群なこの地では今、新しい人々がさまざまな食文化を持ち込み、それぞれの世界観を創っている。

写真/伊藤徹也 文/井川直子

 

  • 自然のなかでの暮らし
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CHAPTER 20『SSAW BIEI』

朝、空気を吸うと緑の匂いがする

料理家・たかはしよしこさんのインスタグラムには、健やかで、色とりどりな美瑛の暮らしが映し出されている。
真っ白な雪とクリスタルな樹氷、新緑の白樺回廊でのピクニック、森の中の音楽会。分かち合える隣人がいて、家族がいる。
大人たちはリラックスした表情を浮かべ、小さな女の子は果てしない一本道を駆けてゆく。
よしこさんが、グラフィックデザイナーであり写真家の夫・ 前田景さん と娘の季乃ちゃんと一家で移住したのは2020年のこと。美瑛には、景さんの祖父である写真家・故前田真三さんが1987年に創設した『 拓真館(たくしんかん) 』があった。

まるで大地が呼吸しているかのように波打つ美瑛の丘は、斜面ごとに違う色で彩られたパッチワーク。それらはじゃがいも、小麦、アスパラガス、とうもろこしといった、作物の葉や花や実の色だ。
地元にとってはまったく現実的な、農作地帯の風景である。しかしそれが類まれなる美しさを持つことを、真三さんは写真を通して世に伝えた。
『拓真館』は、彼が拠点としたギャラリーである。美瑛町の人々とともに、廃校になった小学校の体育館を改装し、グラウンドには2500本の白樺を植樹。成長したその森は今、「白樺回廊」と呼ばれている。
美瑛の文化遺産ともいうべき『拓真館』。孫の景さんには、この場所を引き継ぎたいという願いがあり、よしこさんには移住への憧れがあった。
「素敵なお店や人がいっぱいの東京も大好き。でも、自分の時間や家族との暮らしも、ちゃんと楽しみたいなと」

3人で始めた、自然のなかでの暮らし。春は山菜、秋はきのこを採りに、山や公園へいそいそと出かける。レストランの仕事を終えて、夕暮れには家族みんなでテーブルを囲む。
食べ終わってお風呂やなんだとしているうちに眠くなり、早く布団へ入ったら当然、朝は早起きだ。
「目が覚めて外の空気を吸うと、緑の匂いがするんですよ」
見上げれば、町のどこにいても2000メートル級の十勝岳、美瑛岳を擁する連峰がいつでもそこに在る。
森に川、植物や動物の生態系を育てる山は、気持ちのいい空気や水を人里に送り込み、人もまた育んでくれるのだ。


ラーラさんのトマトが要の「初恋ナポリタン」

  • SSAW BIEI
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  • 初恋ナポリタン
  • 初恋ナポリタン
  • 丘スープ
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  • 景色

移住翌年の2021年8月、白樺回廊にカフェレストラン『 SSAW BIEI 』をオープン。
看板メニューの「丘スープ」は、2つの食材を2種類のポタージュスープに仕立て、皿の中で合わせる手法で四季の丘を描いている。
晩秋の取材時は、かぼちゃのスープとビーツのスープだった。どちらも旬の野菜だが、それだけでなく、かぼちゃはラベンダー風味のミルクでエレガントに、ビーツにはりんごを加えてほんのり甘酸っぱく。
こんなところが、よしこさんの魔法なのだ。素材はさまざまな味を持っているけれど、内気な味や隠れた魅力も、彼女のひと匙でチャーミングに生かされる。

もう一つ、これを目当てに訪れる率1位のメニューが、「初恋ナポリタン」。料理監修を務めた、Netflixオリジナルドラマ『First Love 初恋』に登場するナポリタンが、リアルに食べられるのである。
「監督からは、(一般的なナポリタンより)もっと太麺に!もっと赤く!とリクエストがありました。でも単にケチャップの量を増やして濃くすると、おいしくないんですね。役者さんも食べるので、私は作るなら“おいしい”を目指したくて」
ケチャップは一から作り、同じく自家製のトマトソースとブレンドすることで、甘味と酸味の心地よい味わいに着地。パスタの太さは、マカロニのように空洞のあるブカティーニで解決した。
見た目は昭和のナポリタンながら食べ疲れず、ブカティーニのふかふかっとした食感が思いがけなく、優しさを増していく。

使われる素材は、SSAWオールスターズともいうべき生産者たちの産物だ。
「このケチャップは、美瑛町の内藤ラーラさんが作るトマトだからこそできた味」
完熟まで待ってから収穫したトマトを、鍋の中で半量以下になるまでゆっくりと煮詰めて、煮詰めて、やっと完成する。
ソーセージは隣町の上富良野『 けむり屋 』による、保存料や着色料、増量剤等を一切加えない「ポークソーセージ」。北海道産の新鮮な豚肉、塩、スパイスのみ。エゾヤマザクラのチップでスモークした、穏やかな香りである。
すりおろすチーズは、『 チーズ工房タカラ 』のハードタイプ「タカラのタカラ」。
美瑛からは車で4時間ほど離れた、羊蹄山の麓にある喜茂別町(きもべつちょう)のチーズ工房。職人の斉藤愛三(なるみつ)さん自ら通年放牧によってのびのびと牛を育て、チーズを作っている。
「日本でいちばん好きなチーズです」
「タカラのタカラ」は取材の直後、本当に『Japan Cheese Awards 2024』で「日本でいちばん」のグランプリを獲得した。


個性がキビキビした人たち

そして「初恋ナポリタン」のにんにくは、美瑛の『 あらいふぁーむ 』から。
農薬や化学肥料を使わず、最低限の有機肥料(ぼかし)だけで育てられる野菜や果物は、このメニューに限らず、『SSAW BIEI』の料理に欠かせない存在である。
よしこさんとともに訪ねると、園主の新井聡さんが変わった野菜を手に現れた。覗き込めば、小さくて黄色くて、緑色の縞が入ったナスだった。
「金黄色ナスっていうんですよ。で、こっちがたまごナス」
もう片方の手には、ヘタさえなければ卵と見間違えそうにそっくりなナス。黄色い方は歯ごたえがあり、白い方は加熱すると果肉がとろりとするそうだ。

農園の主軸は、にんにく、菊芋、ビーツ、フルーツほおずきなど機能性野菜とも呼ばれる作物だが、一方で新井さんは「ほとんど趣味」と言いながら、これらの変わった野菜を好んで育てる。
彼もまた、東京からの移住組だ。
印刷会社に勤めながら有機農業を学ぶ自然塾に参加し、ついには退職。美瑛の『百姓や』で3年修業後、2017年から美瑛で独立した。
「3年ではまだまだ足りません。でも、きっと10年学んでも足りないくらい奥が深いので、だったら自分でやりながら学んでいこうと」
得た畑はもともと田んぼで、水はけが悪く雨が降れば泥になるし、雨が少ないとひび割れる難しい地質。そのうえ前の持ち主が農薬や化学肥料を使っており、土が痩せていた。
まずは健康な土に戻すことから始めた新井さんは、自家製の有機肥料で栄養を与えつつ、土に合わせて育てる作物も替えていく。挑戦と実験を繰り返し、ようやく今は畑に微生物が戻り、生態系も形成されている。

よしこさんいわく、北海道に移住する人は個性がキビキビしている。
「多くが、独立して何かをしよう、という人たちだからかな?広い土地だから自分で生きていかなきゃいけないし、そこがおもしろさにつながっているような気がします」
たしかに、中国山岳地帯の「武夷岩茶(ぶいがんちゃ)」をおいしく淹れる土地を求めた 茶藝師 、フランスで有機農業と伝統的な精油づくりを学んだ 蒸留家 もこの土地に集結している。森で豚を放牧させるアイデアマンの 養豚家 、イタリアのマンマみたいなパスタを作る 写真家 もやってきた。
たしかにみんな個性が「キビキビ」だ。
けれど、彼らを巻き込みながら次々と楽しいことを企てるよしこさんこそ、美瑛をおもしろくしている張本人かもしれない。

  • あらいふぁーむ
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SSAW BIEI
SSAW BIEI

「エジプト塩」シリーズでも知られる料理家、 たかはしよしこ さんによる、カウンター8席のレストラン。

季節のランチコース(完全予約制)¥6000円〜
※6月から9月まで店外テーブル席あり。日曜日のみ予約不用のカフェ営業。
※東京・西小山で『 エジプト塩食堂 』も営業中。

北海道上川郡美瑛町字拓進
TEL|080-4076-4413
営業時間|10時〜17時

定休日|水、木、金。不定休あり。

SSAW BIEI Instagram のカレンダーで営業日ご確認の上、ご来店ください。

NEXT CHAPTER

「僕らの新しいローカリズム」北海道の東川・美瑛編は全6回。
最終回は、北海道の真ん中、美しい景色で知られる富良野・美瑛の一部をなす上富良野(かみふらの)。この地は、道内で唯一ホップが商用栽培されており、ブルワリーをかまえる『忽布古丹(ホップコタン)醸造』を訪ねます。

次回は、2025年6月11日 ストロベリームーン 毎月、満月の日に新たな記事を更新

CHAPTER 21  comming soon『忽布古丹醸造』

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