CHAPTER 32
『pesceco(ペシコ)』前編火山と海と、慈悲深き人々と
生物の多様性を誇る有明海
長崎県島原市、午前5時。
漆黒に、競り場の灯りだけがぽっと浮かび上がる。海なんて見えないし波の音も聞こえないけれど、湿り気のある風に海の気配を感じる。
島原で鮮魚の競りが行われている卸売市場は、『入千代(いりちよ)商店』と『島原漁協』。レストラン『pesceco(ペシコ)』のオーナーシェフ、井上稔浩(たかひろ)さんは、父の弘洋(こうよう)さんと、この2カ所をはしごする。
というか、鮮魚店『お魚いのうえ』を営む父の仕入れに同行して、海と魚の百戦錬磨たちに学んでいるのだ。世界中から島原へ人を呼ぶ料理人も、彼らの前では研修生である
『入千代商店』4代目の入江武史さんを中心に、競りが始まった。
島原は「生かしもん」が多い。海から揚がった魚はいったん生け簀(す)に放たれ、ビチビチ跳ねる魚が取り引きされる。
目の前で、競り落とした仕入れ人が手鉤(テカギ)を振りおろし、ガツッと魚の急所を突いた。一瞬にして一発で、締めたのだ。
2月は魚の少ない時季だというが、それでもこの日は大きな鯛が豊漁。甲イカ(スミイカ)、平目、クツゾコ(舌平目)、まだら模様のモダマ(ドチザメ)。4月からはタイラガネ(ワタリガニの一種)、5月には真蛸が始まり夏に最盛期を迎える。
有明海は、長崎、福岡、佐賀、熊本にぐるりと囲まれた九州最大の内海である。
各地の山で蓄えられた養分が、じつに100本以上の河川から注ぎ込まれるため、魚の餌となる微生物が豊富。それが高低差6メートルもの極端な干潮と満潮、速い潮の流れによってかき回される。
結果、さまざまな環境が混在し、それぞれに合った生態系が育った。ここにしかいない種や絶滅危惧種も含め、多種多様な魚が共存する海である。
情報ならどこでも手に入るけど
『ペシコ』は、競り場から車で10分ほどの海沿いに建つ。隣には『お魚いのうえ』。井上さんは、父の魚を買う最初の顧客だ。
「何が捕れるかわかりませんから、毎朝、魚を見てから料理を考えます」
営業は12時の一斉スタート。なんと、それまでにゼロベースからメニューを組み立て、すぐ使う魚と寝かせる魚とを分けて下処理、仕込みを済ませるという。
父の神経締めによって身のしなやかなカサゴの水分を拭き取り、少し乾かしてから塩水で洗い、再び拭き取る。
一度目の拭き取りは身が水っぽくなるのを防ぐため。二度目は、磯臭さの元となる雑菌を排して魚をクリーンにするため。
井上さんは小さな出刃包丁で、迷いなく次々と魚をおろす。めちゃめちゃ速い。
「魚を触り過ぎたらいかん」。父や祖母の教えに忠実に、毎日繰り返すことで、気づけば「魚がどう扱ってほしいか」がわかるようになっていた。
誰よりも手を動かし、愚直に技術を獲得してきた人なのだろう。
井上さんには、料理の師匠がいない。島原で生まれ育ち、大阪の調理師学校を卒業後はカフェや居酒屋の厨房でアルバイトをしていた。
都会で働きながら、アジアへバックパックの旅に出るのが楽しかったのだ。
市場や屋台のストリートフード、民芸品といった民俗に触れるおもしろさ。同時に、故郷のよさに気づかせてくれたのもまた、旅だった。
「ファッションもカルチャーも最先端の都会に憧れていたけど、旅ではそういうの、だんだんいらなくなるんですよ。情報ならどこにいたって手に入りますし
これからどこで生きていこう?
考えるまでもなく、「島原の海を感じて暮らすことは、島原でしかできない」と答えは出ていた。満員電車のない生活も、家族や友人と過ごす時間の隣にいつも海があることも。自分でも意外なほど、海外のどこよりも地元が好きだった。
決して簡単じゃない土地で、続けるために必死
23歳の時に帰郷すると、井上さんは父とともに居酒屋を立ち上げた。
当初は全国から取り寄せた食材で作る、イタリアンベースの料理。やがて地元の食材を知るようになるのだが、しかし島原独特の食文化に、自分自身の技術も知識も、表現力もついていけない。技術本にも、島原の食材例など載っていない。
手がかりを求めて悶々とする頃、当時「地方イタリアン」といわれた存在を知った。
そのひとり、宮城・仙台の『アル・フィオーレ』は、オーナーシェフの目黒浩敬さんが自ら自然栽培で在来種の野菜を育て、生ハムまで作っている人(現在、『ファットリア アル・フィオーレ』として川崎町でワイナリーを開設)。
井上さんは、思い切って島原から東北まで訪ねて行った。
「その土地へわざわざ行かないと食べられない料理、そんな体験は初めてでした」
自分も人を動かすほどの料理を作りたい。変わりたい。
ここから彼はとにもかくにも試作を重ね、自分で自分を育てていくのである。
2014年10月、父から独立し、商店街の片隅に8坪のイタリア料理店『ペシコ』を開業した。
一方で、35歳以下の若手料理人によるコンペティション『RED U-35』に出場。審査の過程で、井上さんは次第に自身の深部へと潜り込んでいく。
この島原で生きていくことは決まっている。ではこの土地で、自分は何を表現したいのだろう?
「地方イタリアンの先輩たちに憧れて野菜を育てたこともあるけれど、きっとそういうことじゃない。自分たちは、自分たちの本物を見つけなければいけない」
結果はシルバーエッグ(2次審査通過)。その後も2019年、2021年にゴールドエッグ(準グランプリ)を受賞しているが、獲得したのは賞だけではない。
挑戦の5年間で、彼の料理はおびただしい変化を遂げたのだ。
「決して簡単じゃないこの土地で、続けるために必死」
そうして掴んだのが、「里浜ガストロノミー」という思想であった。
島原には火山の恵みがあり、多様性を誇る海がある。野菜を育てる生産者や魚のプロがいる。料理人の役割はそれらをつなぎ、料理、空間、世界観のすべてをもって「島原」を表現すること。
2018年8月、イタリア料理という鎖を外した『ペシコ』は、その思想を体現するために海沿いの一軒家へ移転した。
物語のある料理
2026年2月、『ペシコ』を訪れた。
有明海の穏やかな波を思わせる木製扉を抜けると、店内から額縁のように切り取られた海が見える。
1日1組、6名まで。
限られたゲストのための馳走は、瑞穂岩戸水神の水源へ、料理人が湧き水を汲みに行くことから始まっている。
席にはプレゼントカードのようなメニューが置かれ、美しい言葉が並んでいた。
浜辺の散歩/波紋のように/余韻/Fish&ham/がんば/イカ素麺/風物誌/草木蒸し/ひとつの鍋/懐味(なつみ)
その中からいくつか紹介しよう。
「浜辺の散歩」は、3品で構成されるアミューズである。
1品目から驚かされた。本当に砂浜が現れたのだ。目の前の浜辺を子どもたちと散歩して、拾った砂や貝殻を収めたケース。この上に砂色の小さなタルトがのっている。
砂、とはまったく地味だけれど、限りなく詩的だ。
タルトは「エタリとさつまいも」であった。エタリとは方言で、片口鰯のこと。これに塩をして藁をかぶせ、藁の野生酵母によって発酵させた塩辛は、島原の伝統的な保存食である。
「昔のさつまいもは細くて甘味がないので、この塩辛をのせて食べたそうです」
シェフは熊本・天草で牧草だけを食べて育つジャージー牛のバターで「塩辛バター」をつくり、さつまいもに合わせた。
「昔の人の言葉や思い出など、記録に残らないことがたぶん、その土地の記憶だと思う。名もない人たちの知恵や工夫を、料理を通して人の記憶に残せればいいですよね」
次は、熊本・天草で原田奨(すすむ)さんが捕る紫雲丹のパイ。島原で盛んな養殖昆布の甘酸っぱいピュレを忍ばせ、天草の塩を添えている。
有明海を挟んで対岸の天草は、戦国時代のキリシタン文化弾圧、江戸時代最大の百姓一揆である島原の乱といった痛みをともに分け合ってきた、島原とはきょうだいのような土地だ。
歴史は、食文化にも影響を与える。
干したイギス草(海藻)と季節の魚を炊き、寒天のように固めて日持ちさせる「いぎりす」という郷土料理は、島原の乱で人口が激減したこの地域へ四国からの移民が持ち込んだ食文化だといわれる。
この保存食を、井上さんはどこかSF的なテリーヌのサンドに仕立てた。
それが3品目。焼いたエタリ、黒田五寸人参、服部葱を使ったミニマムな円盤のテリーヌに、挟んだのはジャージー牛のカマンベルチーズペースト。長崎産サフランのエキゾティックな香りや、有明海苔の和的な風味も口の中で重なる仕掛けである。
冷蔵庫がある時代には役割を失いつつある、そんな置き忘れられたような料理を現代的に再構築すること。それは、彼の言葉で言えば「止まった時間を、もう一度進めてあげる」作業である。
山のものと海のものとが、出合うべくして出合う
「波紋のように」は、波がたゆたうようなガラスの器で現れた。
海の中へ入り込むように、昆布の泡へとスプーンを沈めていく。
すると幸貝(こうがい)という名の巻き貝がいる。エタリの魚醤と『鈴木ファーム』のオリーブオイルでマリネしたおこぜも現れた。“調味料”には紫雲丹。海の底には、酢で和えた爽やかな米(南錦)と赤玉ねぎが沈んでいる。
あわあわ、コリコリ、ぷにゅぷにゅ。あらゆる個性を認め合う有明海の味に、太陽にも似た橙の明るい酸味が差す。
圧巻のメインは、天草の漁師から届いた釣りのクエ、22キロ。
長崎白菜に包み、白菜畑の周りに生息する山笹(クマ笹より細い笹)や、柑橘「ゆうこう」の枝葉とともに「草木蒸し」にする。
長崎白菜は、地元の具雑煮(山と海の幸による具沢山の雑煮)に欠かせない伝統野菜。ゆずやかぼすに似たゆうこうは、かつては隠れキリシタンの里に自生したり、庭木として育てられていた。
クエの隣には、『草虫菜ひろせ』の廣瀬都子さんが育てた日本ほうれん草が添えてある。
「廣瀬さんの日本ほうれんそうは、今の時季、根を食べる“根菜”です」
里の寒に当たってぐっと甘味を増した根が、白身の肉のようにむっちりとした、浜のクエの上質な味わいをまた引き立てる。「里浜ガストロノミー」の真骨頂だ。
本日登場したすべての魚のアラによる、濃厚なおじやは舞台のカーテンコールのようだった。だしの旨味に、長崎産のサフラン、フェンネル、アニス、クミンの香りが重なっていく。
ああここは島原なんだ、と思う。
日本中が外国を知らない時代から、異なる文化も人も受け入れてきた土地。島原はそれゆえに過酷な歴史を辿り、また噴火の脅威とも共生してきたけれど、人々は地元を愛し続け、今もなお他者にやさしい。
なんと慈愛に満ちた場所だろう。
おじやのおかわりを卵とじにしてもらって、白糸唐辛子の麹漬けをちょんと加えると、はっとするほど爽快な辛味が突き抜けた。