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recipe僕らの新しいローカリズム

六ノ⾥のためにできることすべて

2026.03.03
六ノ⾥のためにできることすべて

僕らの新しいローカリズム|岐阜 郡上

森林大国・岐阜県のなかでも、土地の9割が深い森に覆われた郡上市。
長良川をはじめとした3つの河川では
鮎が泳ぎ、鳥は休み、釣り人や遊ぶ子どもが清流を分け合う。
山の谷間に生まれた城下町では
身分など関係なくともに踊る「郡上おどり」が400年以上続き、
仲間で助け合う「頼母子(たのもし)」の風習は、飲み会となって今も現役。
やさしい土地では、誰もがやさしくつながっている。

文/井川直子    写真/伊藤徹也

 

CHAPTER 29『Rism(アールイズム)』

  • Rism(アールイズム)
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  • Rism(アールイズム)

⼭で獲った⿅のジン

郡上八幡 『アルケミエ 辰巳蒸留所』 のクラフトジン「WILD DEER六ノ里」の登場は、ちょっとした事件だった。
ジンだからジュニパーベリーは必須としても、主役の素材がジビエ、鹿肉なのだ。
肉、ってアリなのか……。半信半疑で口に含むと、アイラ島のウイスキーを思わせる燻香、ひんやりした森の鎮まりゆく感覚、ジャーキーに似た旨味の印象。
通称・鹿ジンは2022年から毎年冬にリリースされているが、蒸留家の辰巳祥平さんいわく「このジンは、松川さんの努力の賜物です」。

蒸留所から車で30分ほど北上した山あいの集落、六ノ里(ろくのり)で獣害対策の狩猟(または捕獲)活動をしている 松川哲也さん である。
捕獲、燻製を彼が一人で手がけるからこそ実現できる、品質と価格。80キロの肉を燻製するのに、家庭用燻製器4台を1日5時間稼働して、7日間もかかるという。
「温度と煙を均一にコントロールしたいので、つきっきりになるんです」
なるほど、限定300本も納得だ。

鹿ジンは、獲った獣をあますところなく生かす、活路の一つになる。
全国的に見れば、捕獲した獣の多くは廃棄されている、という現状があるのだ。
そのなかで松川さんが解体と精肉を依頼する 『ジビエITAYA』 では販売も行い、肩や腿といったブロック肉のほか端肉まで利用する努力をされている。
食用だけでなく、ジンの香りや風味づけにも活用できればジビエの世界はさらに広がるうえ、何より楽しい。

⼭で獲った⿅のジン

なんとかして助けたい

松川さんの経歴はユニークだ。
元プロのスノーボーダー、からの元救命救急士。六ノ里で生まれ育ったが一旦は外に出て、消防署に所属しながら災害や事故などの現場で働いていた。
「なんとかして助けたい」
その一念で命と向き合ってきた彼の、死生観が大きく変わったきっかけは2011年3月11日。緊急消防援助隊として駆けつけた、東日本大震災だった。
「助けたくても、どうしたって助けられない事例が多すぎたんですね。命には限りがあって、死んでしまう時は死んでしまう。みんな同じ。でも、だからこそ生きている間にどう過ごすか、日々をどれだけ豊かにできるか、が大事だと強く思うようになったんです」

「豊か」の中身は人それぞれだが、松川さんの場合、頭に浮かんだのは六ノ里の風景だった。
山あいの集落ながら、東西に伸びるため、日の出から日没までずっと日当たりがいい。中央には長良川の源流でもある牛道川が流れ、綺麗な水と寒暖差のある気候によって作物にも恵まれている。地域の野菜は糖度が高く、棚田で栽培される「六ノ里棚田米」は郡上市の品評会でも常に上位だ。
一方で、人口はどんどん減っている。
今度は故郷を「なんとかして助けたい」と、松川さんは家族とともにUターンしたのだった。
「僕は地域づくりをしたい。妻はカフェを持つのが夢だった。じゃあそのカフェを六ノ里につくって、この土地を知るきっかけにしてもらうのはどうだろう?と」
2014年5月、妻の孝子さんが 『kedi cafe(ケディ カフェ)』 を開店。夫妻はコーヒーとエスプレッソを独学し、バリスタ技術も身につけている。

松川さんは翌年、完全に消防署を辞め、2018年には 『六ノ里地域づくり協議会』 を発足。活動するうちに知ったのが、深刻な獣害問題である。
「人が減って耕作放棄地ができると、獣が身を隠せるので里に下りてくる。獣害が増えるとますます農業を離れる人が増える、っていう悪循環のループになるんです」
そこで狩猟(わな猟、第1種銃猟)免許を取得して対策に乗り出した。
松川さんは、自らを猟師や狩猟家ではなく「狩猟者」と名乗る。
「僕が狩猟者になったのは、地元を守るため。狩りが楽しいからじゃない」
屋号は 『Rism(アールイズム)』 、六ノ里主義。
ウェブや雑誌などで情報発信を始めると、バリスタ、協議会長、狩猟者のほか、やがて写真家やジャーナリスト、デザイナーの仕事も加わった。
松川さんの本業は何かというと、つまり「六ノ里のためにできることすべて」である。

  • なんとかして助けたい
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  • なんとかして助けたい
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⾃然界に⼊ることは、安全から遠ざかること

2025年10月上旬、獣害対策の現場に同行させてもらった。
狩猟期間外のこの時期は、くくり罠を使った猟が主体だそうだ。土や枯れ葉の下に隠された板を獣が踏むと、金属製のワイヤーが脚に巻きつく。締め過ぎず痛くはないが、決して抜けない仕掛けである。

松川さんはいつも日の出とともに山へ入り、各所に散らばる30基あまりを見回っていく。
「ここから入っていきます」
指された「ここから」が一瞬わからないくらい、当然ながら入口も道もない。木々の鬱蒼と茂る中、細い枝葉をかき分け、地すべりやぬかるみを避けながら入っていくのだ。
「わりと緩いほう」という斜面だが、ゆうに45度はありそうな気がする。
「山の尾根が見えますか?南北や東西に連なる尾根道は、獣が遠方へ移動する時に使う“獣の高速道路”です。たとえば雪が降り出すと北の獣が南へと下り、雪が解けると上っていく。ときどきインターチェンジを降りるように、里の畑へ食べに行くんですよ」

私たちがいる場所は、すでに獣の領域なのだ。
鹿や猪の足跡、スズメバチの巣、どこからか流れてくる動物の死骸の匂い。2025年の漢字は「熊」だったが、熊はプロのハンターでもやはり怖いという。
「自然界に入ることは、安全から遠ざかることです」
ぞくっとする言葉だが、しかし同時に、山の自然は癒しも与えてくれる。一歩踏み込んだ時の神々しい空気感、自然の造形美。山菜に野草、キノコなど山の恵みも四季折々にもたらされる。

  • ⾃然界に⼊ることは、安全から遠ざかること
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繊細な狩猟者が引き⾦を引く時

六ノ里で獣害対策の対象となる獣は主に鹿、猪、猿などで、9割が鹿。のはずが、この日の罠には珍しくウリボー(仔猪)がかかっていた。
罠を外そうと暴れたのだろう、体長1メートルほどの体に草が絡みつき、身動きが取れなくなっている。
止(と)め刺し(とどめのこと)の方法は二つ。
一つは、適度に重く硬い木の棒で頭を叩き気絶させた後、血抜きをする方法。
もう一つは、銃で急所を撃つ方法。
「状況にもよりますが、叩いた時に伝わる感触が苦手なので、僕は銃が多いです。それに首(耳の下)を一発だけ撃ったほうが、獣を苦しめない」
狙いを定め、パーン!と乾いた音が山の隅々にまで響く。その刹那、ウリボーは草木の中へ静かに沈んだ。

罠を外し、血抜きをして、山を下りる。
脚をひょいと持つ松川さんだが、小さいとはいえ10キロほどあるという。もしも成獣なら100キロ級。その際はロープで首を結わえ、引きずって歩くことになる。
「首から引くってことにも、最初は抵抗がありました。でも毛なみに沿わせて摩擦抵抗を減らさないと、重すぎて運べないので」

「叩く」「引きずる」に抵抗を感じる繊細な狩猟者は、引き金を引く時、何を思うのだろうか?
「何も。ただ淡々と仕事をします。日常的に命と向き合うなかで、一つひとつ、すべての命を受け止めるなんてできません」
松川さんの「仕事」とは「使命」に近い意味合いだろうか。
対峙するのは獣だが、その先に家族や地元の人々の暮らし、里の存続、山の生態系が見えている。それらを守る、仕事。

捕獲した獣はいつもなら『ジビエITAYA』へ持ち込むが、今回のウリボーは自家消費用として自ら解体した。
いかにも弾力のある艶やかな心臟が取り出されると、それは食材のハツとなる。松川さんはそれを、先ほど山で採ったキノコと合わせ、オリーブオイル煮のアヒージョにしてくれた。
手を合わせ、口に運ぶ。
ぷるっとしたハツの食感。噛むと香りが生き生きと立ち上がり、山の湿った土や樹木の皮、ふかふかの落ち葉の匂いと頭の中で重なっていく。とてもおいしかった。

  • 繊細な狩猟者が引き⾦を引く時
  • 繊細な狩猟者が引き⾦を引く時
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  • 繊細な狩猟者が引き⾦を引く時
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⼈間が⼭の⾃然と共存するために

六ノ里は、6つの里と書くが「さと」ではなく「り」と呼ばせる不思議な地名だ。
日本三大霊山の一つである白山の麓に位置し、古くから、神の山へ詣でるルートの中継地点だった。
「大きい家と書いて“たや”と読む宿場が、昔はたくさんあったと聞いています。今は人口200人くらいの里に、お寺が3つ、神社は4つもあって、人の流れは大きかったと思う」
松川さんには、子ども時代の忘れられない記憶がある。
「地域の『神楽』というお祭りでは、大人たちがお酒を飲んで、めちゃめちゃ楽しそうにしていたんですよね」

秋に五穀豊穣を願う神楽では、嘉喜(かき)踊りが奉納されてきた。
村民や神社の氏子らが笛太鼓を奏で、獅子、天狗、花笠などの踊り手が舞いながら円陣をつくる。円の中心には、梵天飾りの竹刀を背負い、胸に太鼓を掲げた「拍子打ち」と呼ばれる若者が4人、唄い手の唄に合わせいながらやはり舞い踊る。

神楽はかつて郡上各地で行われたが、集落によって形式や特徴が少しずつ違う。
六ノ里のそれは、唄自慢の祭り。男性の唄い手による突き抜けるような高音が特徴で、多くの唄名人を輩出してきた土地柄である。
しかし六ノ里の神楽は、1996年を最後に無期限休止中だ。
小さな地域の祭りは、先人たちの暮らしや心の営みを映し、後世に伝える生きた神事であり民俗芸能。自分たちの祭りを知る人が少なくなっていくなか、一刻も早く復活させたいと願っているが、どうなるか。

「子どもたちが大人になって集落の外へ出て行ったとしても、自分たちの故郷は良かったよね、と誇りに思えるようにしたい」
増え過ぎた獣による獣害が減った現在の六ノ里は、移住者が増え、空き家が出てもすぐに借り手が決まる。ファミリーのためのキャンプ場や、貸別荘もできている。
もちろん獣の命もまた命だが、人里である以上、人間が山の自然と共存し安心して暮らせる場所であることは大前提だ。
次世代へいい状態で渡すべく「なんとかして」助けたかった故郷は今、息を吹き返しつつある。

  • ⼈間が⼭の⾃然と共存するために
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Rism

ARTISAN INFO

Rism

狩猟者、ジャーナリスト(写真家、記者)、デザイナーとして活動する松川哲也さんの屋号。ほかに猪鹿庁の活動、六ノ里地域づくり協議会会長でもある。『Rism』では狩猟の同行ツアーや、 『六ノ里暮体験』 も実施。

Kedi cafe
kedi cafe

松川孝子さんによる、季節のフルーツを使ったスイーツや、もっちりとした自家製パンとコーヒー。ランチは前日までの予約制(ドリンク付き1950円)。

岐阜県郡上市白鳥町六ノ里1781-1
TEL|090-5115-6276
営業時間|11:00-16:30(L.O.)
定休日|不定休 ※ インスタグラム 参照

NEXT CHAPTER

次回は、フランス発のレストランガイド『ゴ・エ・ミヨ』で2年連続2トックを獲得している、レストラン『RAVI(ラヴィ)』が登場です。
ジビエ、魚、野菜、穀物などの生産者とつながり、郡上独特の発酵文化の啓蒙活動も行う、山下一宇(かずいえ)シェフの思想と料理とは?

次回の公開は、2026年4⽉2⽇ピンクムーン。毎⽉、満⽉の⽇に新たな記事を更新します。

CHAPTER 30  comming soon『RAVI』

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