僕らの新しいローカリズム

僕らの新しいローカリズム|北海道 美瑛・東川
小麦、じゃがいも、とうもろこしなどの畑がパッチワークを織りなす丘の町・美瑛(びえい)。
そのお隣で、大雪山連峰に育まれた清冽な地下水が生活水、という水の町・東川。壮大な山岳、森林、河川に恵まれた両者は、古くから写真カルチャーが息づく土地柄でもある。旭川空港から、美瑛は車で15分、東川は10分。じつは大都市からのアクセス抜群なこの地では今、新しい人々がさまざまな食文化を持ち込み、それぞれの世界観を創っている。
写真/伊藤徹也 文/井川直子
CHAPTER 16『Vraie(ヴレ)』
人口8600人、半数以上が移住者の東川町
北海道第二の都市・旭川、の隣にある小さな町が東川。
かつて日本各地の町村と同じく人口減少に悩んだこの町が、一風変わっていたのは、1985年に「写真の町」宣言をしたことだ。町おこしに、特産物でなくアートを掲げたのである。
フェスティバルに選手権など写真振興に本気で取り組み、結果、国内外問わず町の「外」から人が訪れた。
東川は、旭川空港から車で10分。来てみればアクセスはいいし、大雪山連峰は近いし、水もおいしい。多くの人がそれに気づいたのだ。
移住者がじわじわ増え始めたのは、1990年代半ばのこと。
一時は7000人を切っていた人口も、今や約8600人(2023年10月時点)。なんとその6割が移住者である。地元育ちにもUターン組など、一度外に出た経験を持つ人たちが増えていく。
建築、家具、デザイン、ファッション、音楽、ライフスタイル、そして食。「外」を知る彼らは、東川へ、都市的なカルチャーを持ち込んだ。
酒場で普通に町づくりの話をしている
レストラン『
Vraie(ヴレ)
』のオーナーシェフ・村上智章さんもまた、広島出身の移住組だ。
大阪や神戸のホテルでフランス料理の研鑽を積み、100席規模のメゾンで料理長を務めた。独立を機に、妻・愛さんの故郷である札幌へ移住。9年間ビストロを営んでいたものの、店は繁華街に近く、せっかく北海道へ来たのに神戸となんら変わらない。
「もっと自然を感じられる場所でお店を」
探し求めて訪れたのが東川。そこで出会ったのが、服飾雑貨と日用品のセレクトショップ『
Less Higashikawa
』店主の浜辺令さんだった。
東川に生まれた彼は、札幌やロンドンでの経験後、東川と旭川で衣食住をテーマにした3店舗を経営。一方で、全国の料理人や生産者たちともつながって、「外」と「東川」を行ったり来たりしている。
「びっくりしたのは、令くんたちが酒場で普通に、“この町をどうするよ”なんて会話をしていたこと。当時、彼らはまだ30代ですよ。都市では隣に住む人も知らないことが多いというのに、ここではみんな、飲みながら町づくりの話をしている。自分たちの町だ、という意識を持っているんですね」
自分たちの町、だけれども、外の人間もウェルカムな町。
「こちら側がシャットダウンしない限り、垣根なく接してくれる」
開かれた気質を持つ東川の「人」が、移住の決め手になった。
フランスという枠に東川を当てはめることはない
2017年2月に『ヴレ』を開店した当初、村上さんは札幌時代と変わらないビストロ料理を作っていた。
カスレにシュークルートにフォアグラのパテ。むしろ、飲食業界ではびこる「地方ではわかりやすい料理でなければ成り立たない」とする考え方への反発心から、Vraie=本物で勝負したかった。だから本場の食材で、アラカルトで、フランスそのものを追求した。
だが生産者と知り合い、イベントでやってくる「外」の料理人たちと交流するにつれ、村上さんに変化が起こる。
「地元に素晴らしい食材があるんだし、料理はもっと自由でいいんだと」
フランスという枠に東川を当てはめることはなかったのだ。それよりも、この土地でなければ生まれない料理を作りたい。
図らずもコロナ禍が、変革の背中を押した。
食材に無駄の出るアラカルトをやめて、夜はコース1本に。コースなら、流れの中で土地の四季と物語を表現することができる。
東川が誇るお米のために「土鍋炊きごはんで〆る」という思い切ったアイデアは、新しい表現に、彼がどんなに高揚していたかを物語る。
珍しい野菜の数々は、シェフへの挑戦状
村上さんが毎週通う、美瑛町の畑へ連れて行ってもらった。
店から車で20分。農薬も化学肥料も使わない農業を実践する『百姓や』の青木さんもまた、35年前に新規就農した、東京からの移住者だ。
「うちは珍しいもんばっかり作ってるよ」
料理人からの注文ありきでなく、青木さんは育てたい野菜を育てる。多くはまだ知られていない海外の野菜。シェフたちに送る20〜30種類もの野菜セットは、彼いわく「挑戦状」だ。
あなたならどう料理する?と問いかけているのである。
落葉松(からまつ)の林に囲まれた土地は、葉が油分を含むため、畑にはあまり向かないそうだ。就農当時、土もぬかるんでいた。
「我々のような外様(とざま)に回ってくるのは、地域の人間が使えなくて投げるような土地です。それはしゃぁない」
土に負担をかけず、水はけをよくし、養分を与え、健全な土壌へと再生した。青木さんの野菜は今、「外」の名だたるシェフたちから引っ張りだこだ。
けれども、「初めての野菜を育てたら、まず村上さんに味を見てもらう」。その関係性は取引相手というよりも、ともに「もっといい料理を」目指す同志に近いだろうか。
村上さんへの本日の挑戦状は、花オクラだった。可憐なレモンイエローをした食用花だが、花だけに1日でしぼんでしまう。
『ヴレ』のディナーでは、どんな皿になって現れるのだろう?
晩秋の東川と、畑を映す皿の数々
「雪虫」と呼ばれる小さな虫が現れると、そろそろ雪が降るのだという。
夕暮れに雪虫を見つけた日、『ヴレ』を訪れた。東川のメインストリートから1本裏手だが中心部に建つ、板塀の凛とした一軒家。窓から漏れるオレンジ色の灯りが、村上夫妻の温かなもてなしを伝えている。
今夜のディナーで、花オクラはフランになった。
フランとは、いわばフランス版の茶碗蒸し。鹿肉と茸の冴え冴えとした旨味が沁みるコンソメに、いかにも健康的な香りの卵は『
旭山ろくふぁーむ
』の平飼い卵。その具材に、朝採りの落葉茸(らくようきのこ)と原木なめこ、そして花オクラだ。
落葉茸は、名の通り落葉松の葉が黄葉して落ちた辺りに生える、地元では茸の絶対王者。原木なめこは天然に近いワイルドな風味だ。
ぬるりとした2つの茸に、とろみのある舌触りの花オクラを重ねた三重奏。微かな山わさびの清涼感が、後口をすっきりさせてくれる。これは青木さん、喜ぶだろうな。
ちなみに『旭山ろくふぁーむ』の録澤洋介さんは、自分の手で家を建て、山羊や鶏と共生しながら野菜も育てている。
原木でなめこや平茸、椎茸を栽培する阿部雄太さんは、じつは放牧と自家飼料による養豚『
炭豚(たんとん)ファーム
』が本業。現在、「豚がもっと走り回れる」東川の山あいに移転中で、2025年春には再開予定。
チャレンジングなつくり手たちが、また新しい東川の風景をつくろうとしている。
圧巻は、青木さんの畑を映す、その名も「畑のお皿」。
ビーツのピュレには、フランボワーズヴィネガーの酸味。焼いたかぼちゃには「シケレペ」というアイヌ伝統のスパイスが使われていた。ミカン科のキハダの実だから柑橘の香り、でもちょっと生姜にも近い気がする。
白茄子と胡麻のピュレに散らしたのは、人参の葉など端野菜のパウダーと、畑の土だ。土は高温で焼き切ってから何度も濾し、最終的にはさらさらの粉状にする。野菜たちを育む『百姓や』の畑のミネラルを、私たちは舌で感じた。
クライマックスには、猟師から届いた鹿肉の、美しいローストが登場した。
性別、年齢、体重だけでなく、捕獲日時と場所、気温、胃の内容物や、弾がどこに当たってどう抜けたか、まで細やかに伝えてくれる猟師である。今回は、東川から北上した枝幸郡中頓別町で獲ったオス、1歳。
欲しい部位だけを取り寄せる店も多いけれど、村上さんは大きな塊から解体し、骨はブイヨンに、硬い肉はミンチにしてコンソメに、など余さず利用する。
無駄にしてはいけないというよりも、きっと無駄など存在しないのだ。
それは、あたりまえのことじゃない
土地の宝に、「それはあたりまえのことじゃない」と気づくのは大体、町の「外」を知る人たちだ。
外から来た村上さんは、今、東川の中学3年生に食育の授業をしている。
1年生と2年生は、生産者たちの話を聞く。そうした地元の食材を、実際に使ったコース料理が3年生になると食べられる、というプログラム。
「東川の子は、中学校を卒業したら、多くが旭川などの高校に進学します。だから今、自分たちの住んでる町を知ってもらいたい」
水道からガブガブ飲んでいる地下水、毎日食べているお米、四季折々の野菜。それらの恵みが、決してあたりまえではないということ。
その気づきは、子どもたちが大人になった時、きっと自分の根っことして誇らしいものになるだろう。
中学生への食育授業は、村上さんの発案だった。
「こういうことができないかな?と言えば、誰かがすぐ協力してくれて、この人に言ったら話が進むよ、など教えてくれたりもするんですよ。考えたことが実現できるのは、8600人の規模だからかもしれません」
住民となってもうすぐ8年。村上さん夫妻にとって東川は、すでに「自分たちの町」になっている。

- Vraie(ヴレ)
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村上智章さん、愛さん夫妻が営む、全6席のレストラン。イベントなどでシェフが旅の期間は、愛さんによる「女将の韓定食」が開催される場合もあり。ワインはナチュラルのみ。ランチコースは6,000円、ディナーコースは12,600円(ともに2名から)。3日前までの完全予約制。予約は電話のみで受付。
北海道上川郡東川町南町1-4-11
TEL|0166-85-7530
営業時間|ランチ(水、土、日)11:30〜14:00(閉店)、ディナー17:30または18:00一斉スタート
定休日|月、火+不定休あり(Instagramまたは電話にて確認を)
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「僕らの新しいローカリズム」は、新たな地・北海道の大雪山連邦旭岳の麓にある町『東川・美瑛』。
大雪山の美味しい水で淹れる香り高い中国茶と東川のお米を同じ天然水で炊くおかゆの専門店『中国茶とおかゆ 奥泉』。
秋から冬にかわる紅葉が地上に訪れた頃、奥泉富士子さんと斎藤裕樹さん夫妻に逢いに伺いました。
次回は、2025年2月12日ー 毎月、満月の日に新たな記事を更新
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