僕らの新しいローカリズム
僕らの新しいローカリズム
地方が動き始めている。
都市では「食材」や「原材料」と呼ばれるものが
田畑で実り、山に生え、風土の中で生きている場所は、
食べものづくりの人々にとって、刺激に満ちた“現場”なのだ。
ローカルという現場に立つ彼らは今、都市ともゆるくつながりながら
暮らしを映す食や酒、共感で結ばれたコミュニティを生んでいる。
新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合う
この地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。
写真/伊藤徹也 文/井川直子
CHAPTER 02
『カフェ・ウォーター』
道南エリア、
食べものづくりの交差点
料理人という活動家
東京の人気店を飛び出し、長崎・雲仙でレストランを開店した原川慎一郎さんが、今度は北海道・函館に第二の拠点となるカフェを構えた。
都市から地方、地方と地方。
彼の目には、一体何が見えてるんだろう?
原川さんは東京時代から、常に動向が注目されてきた料理人だ。
2012年にオーナーシェフとして目黒に『
BEARD(ビアード)
』を構えながら、アメリカ・カリフォルニア州バークレーのレストラン『
Chez Panisse(シェ・パニース)
』でも研修を重ねた。
「人間にとってよい食、自然にとって持続可能な食とは何か」を軸に、食の革命を起こしたアリス・ウォータースのレストラン。彼女は「食べる」ということから、素材、産地、環境、社会、人の関わりを紐解いた。
一方東京では、まだ多くの人が「自分の食べるものが、どこで、誰に、どうつくられているか」さえも想像しない現実がある。
その危機感を放ったらかしにしない原川さんは、“料理人という活動家”になった。
2017年には『シェ・パニース』の元料理長、ジェローム・ワーグとともに東京で『
ザ・ブラインド・ドンキー
』を立ち上げ、日本各地の信頼できる食材を都市の人々に伝えた。
かと思えば2020年には東京を飛び出して、長崎・雲仙に移住。新たに『ビアード』を開店したのである。
地方が輝くことで、
日本はいいほうへと向かう
雲仙には、40年以上前から在来種の野菜を有機農法で育て、自家採取によって種を継いできた生産者、岩崎政利さんの畑があった。
まさに土地の風土そのもの。この野菜の価値を伝えるために、必要なのは、料理という表現に換えて “現場”から発信することだ。
現場であることが、何より重要だった。
「地方が輝くことで、日本全体がいいほうへ向かうと思うんです」
そのためにも、「輝く」地方はできるだけたくさんあったほうがいい。
「地方で活動する人の“点”が増えれば、オセロの角を取るように、点と点がきっかけで一気にパタパタと、日本が変わっていくかもしれません」
感性の響き合う人たちが、
函館に惹き寄せられている
函館に『
cafe water(カフェ・ウォーター)
』をつくったのは、その2年後だ。
2022年7月。
石畳の坂道、大三坂からは真っ直ぐに海が見え、夕暮れになれば漁火が灯る。
和洋折衷の館が立ち並ぶなか、ひときわ存在感を放つ大正10年築の建物。
蔵造りの厚い壁、高い天井。
『カフェ・ウォーター』は外の世界から切り離された、静けさを湛えるカフェである。
函館は、偶然が折り重なるような「縁」を感じる場所だった。
親交のある野菜やチーズの生産者が、函館を含む道南エリアになぜか多い。
街はかつて留学したカナダのケベックに似ているし、野菜はカリフォルニアのように「キラキラと」している。
そんな折り、友人の音楽家がポンと函館へ移住した。分野は違っても感性の響き合う人たちが、函館に惹き寄せられている気配がした。
「南の雲仙と北の函館に拠点が持てれば、まさにオセロの角2つが取れますよね」
カフェはコーヒー1杯を飲む気軽さで来られ、人と街に開かれている場所。
だからこそ人と人、人と土地をつなげる基地になれる。
原川さんは雲仙のレストランをベースに、ときどき函館へやってきて、期間限定のポップアップ・レストランを開催する計画。
コーヒーブレイクからワインの時間、ディナーまで変幻自在の自由度は、カフェの強みだ。
時間がゆっくりと流れる街
函館の『カフェ・ウォーター』を一人で任されているのは、かの音楽家の妻である中村由紀子さん。
あるとき函館のコンサートから帰った夫に「山の上から眺める景色がすごく綺麗だった」と聞いてから、あれよという間に移住が決まった。
彼女自身は、生まれも育ちも温暖な岡山県。「寒いのは嫌だなぁ」とこわごわ引っ越したけれど、来てみたら自分でも不思議なほど、落ち着く街だった。
「観光地ですけど、いい意味で田舎。時間のゆっくり流れる感じが自分に合っていました。あと、情報が多過ぎないところも」
岡山以外での生活もはじめてなら、飲食業もはじめて、料理もはじめて。それまでは医療事務の仕事をしていたから、お客の帰り際にはつい「お大事に」の言葉が出かかって、あわてて飲み込む。
「何もかもチャレンジ」と言う懸命な彼女は、それでもどこかゆったりとして、ボウルを置いたり皿を並べたりする仕草一つひとつが丁寧。
訪れる人がいつの間にか由紀子さんのリズムに身を任せてしまうような、不思議な安心感を与えてくれる。
手作りのランチプレートは、原川さんがレシピを作り、手ほどきをしてくれた。
「原川さんは、たとえば煮るのでも“野菜が熱そうではよくない、気持ちよさそうな火加減で”とか、独特な表現で教えてくれるんです」
そんな言葉も、道南・八雲町の『
八雲山水自然農園
』から届く野菜を手にすると、すっと腑に落ちる。
この日、身の締まった濃緑のズッキーニは、焼き目をつけたステーキに。
完熟したプチトマトは、乳鉢で潰したスパイスと合わせてサルサになった。
じゃがいもは下ゆでしたものをざっくり割って、こんがりと揚げる。
函館市のお隣、北斗市の『
nonomama(ノノママ)
』で採れるディルは、八雲のセロリと合わせてハーブサラダに。
縁とゆかりのあるつくり手たち
「カフェ・ウォーター」はさながら、函館、道南を中心とした食べものづくりの交差点だ。
おやつは2022年に東京から函館へ移住した森影里美さんによる『
もりかげ商店
』。
チーズは七飯町の『
山田農場チーズ工房
』、虻田郡の『
チーズ工房タカラ
』、サラミはせたな町の『
サッカムセタナイ
』。
プリンやマヨネーズに使われるのは、せたな町・『
モリガキ農園
』の放し飼いや自家飼料で育つ鶏の卵。
カンパーニュは同じ大三坂にある『
tombolo(トンボロ)
』の天然酵母と北海道産小麦による力強い味わいで、『
農楽蔵
』をはじめとしたナチュラルな造りのワインにとても合う。
道南に加えて、由紀子さんの故郷・岡山のコーヒー『
KUUMUUS COFFEE ROASTERS(クームース コーヒー ロースターズ)
』、広島県尾道のレモン農家『
citrusfarms (シトラスファームズ)たてみち屋
』のレモン果汁といった、縁とゆかりのあるつくり手のプロダクトも交差する。
ひと息つきに来た近所の人が、地元の野菜のおいしさに目覚めたり。観光客が、野菜やおやつの味から道南の風土を感じたり。つくり手同士が『カフェ・ウォーター』で隣合うこともあれば、そこからおもしろいうねりが生まれる場にもなる。
「連帯感」でなく「共感」でつながる
自分たちの足元には、宝がある。
そう信じる生産者や料理人は昭和の時代からいたけれど、彼らは単独の「点」として孤軍奮闘するしかなかった。
でも今は違う、と原川さんは言う。
「点が増えた今は、点と点がつながって、コミュニティをつくる時代。
とくに函館では10年ほど前から動きがありました。多くが移住組で、あまり世代差がない。
価値観をわかり合えるということも大きいと思います」
強いリーダーにみんながついていく「連帯感」ではなく、独立して歩む個々が「共感」でつながる、新しいコミュニティ。
函館が変われば、それを引き金に日本は変わる。
原川さんには今、そんな予感がしている。
NEXT CHAPTER
新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合うこの地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。
次回は、12月27日
ー毎月、満月の日に新たな記事を更新
CHAPTER 03 『もりかげ商店』 comming soon