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recipe僕らの新しいローカリズム

自然の力を借りて、ワインを醸す

2023.10.29

僕らの新しいローカリズム

地方が動き始めている。
都市では「食材」や「原材料」と呼ばれるものが
田畑で実り、山に生え、風土の中で生きている場所は、
食べものづくりの人々にとって、刺激に満ちた“現場”なのだ。
ローカルという現場に立つ彼らは今、都市ともゆるくつながりながら
暮らしを映す食や酒、共感で結ばれたコミュニティを生んでいる。
新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合う
この地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。

写真/伊藤徹也 文/井川直子

 

  • 農楽蔵
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CHAPTER 01 
『農楽蔵(のらくら)』

ブドウと微生物がなりたいように

函館発のワイン、『 農楽蔵(のらくら) 』をご存知だろうか?
濃密さと爽やかさをあわせ持つ白と、ピュアでやわらかな『NORA(ノラ)』シリーズ
土地の個性を味わう『ノラポン』、すいすい吸い込んでしまう楽ちんな地元限定ワイン『葡萄戦隊のまさーる』。
飲む人をくすっとさせるネーミング、心をほどくのびやかな味わいは、ブドウと微生物が「なりたいように」醸された結果だ。

夫の佐々木賢さんが栽培、妻の佳津子さんが醸造を担当するワイナリー。
二人がワイン造りを学んだフランス・ブルゴーニュのように「しっかり熟しつつ、酸が利いているシャルドネが育つ場所」を8年も探し歩き、函館市のお隣、北斗市文月という小高い山の地区に南向きの畑を見つけた。

2011年からブドウ栽培、2012年には函館市内にワイナリーを構え、醸造を開始。
造りたいのは、「畑の生態系を守りながらブドウを育て、自然界に生きる野生酵母の力を借りて醸す」ワインである。

ところが、当時はまだ、ナチュラルワインという言葉も一般的ではない時代。
賢さんが以前働いていた山梨には同じ志を持つ仲間がいたけれど、ここ函館では“異端”になった。
「造りたいワインが、造ろうとしている土地で 理解されないというのは、やっぱりきついです」


プロダクトは違っても、わかってくれる

ただ、別の業種には「わかってくれる」人がいたのである。

山田農場チーズ工房 』の山田圭介さんは、以前からそのチーズを買いに行き、移住の相談をしていた人だ。函館近郊の大沼地区で山羊や羊を放牧し、その健やかな乳でチーズをつくる彼とは「ものづくり」の目線が同じ。それは移住を決める、決定的な心強さとなった。

山田さんのチーズを扱うレストラン『 コルツ 』では、オーナーシェフの佐藤雄也さんが、ごくあたりまえに自然な造りのワインを差し出す。函館育ちで、土地に敬意を込めて料理する彼もまた、「人間が自然に介入しすぎない」という農楽蔵のスタンスにも “僕も同じ”と共感してくれた。

「わかってくれる人がいれば、孤軍奮闘ではなくなります」

さらには『コルツ』とつながる生産者たち。『清和の丘農園』は、無農薬・無化学肥料でハーブや野菜を育て、養豚の『 あかり農場 』は、地域の食材を豚のごはんにし、どろんこ遊びも自由にさせながら育てている。

プロダクトは違っても、根っこのところで信頼できる。函館を中心とする道南エリアの生産者たちは、一人ひとりが独りで立ちながら協力し、尊敬し合う関係性を築いていた。


文月から始まる、ゆるやかなパーマカルチャー

『農楽蔵』のワインには、契約農家のブドウで造るラインと、自分たちが育てたブドウのラインがある。
自家畑では化学的な農薬や肥料、除草剤を使わないため、ブドウの木の下にはクローバーの白い花や雑草が生い茂り、ふかふかだ。
この雑草は少し離れた森へと連なり、森に棲む鳥や動物が畑にもやってくる。キジは害虫を食べ、キツネはネズミ退治やブドウ好きのウサギを追い払ってくれる、働き者の“味方”だ。

多様な生物の生態系が存在する健やかな畑は、春夏秋冬で生き物が入れ替わり、長い歳月のなかではゆっくりと大きく変わる。
たとえば雑草だって、今はマメ科のクローバーが全盛期でも、ゆくゆくは土地に適ったイネ科の草が優勢になるだろう。
土地の摂理、自然界の流れ。
『農楽蔵』が考える「人間の仕事」は、それらをできる限り邪魔しないことである。

この文月で、2023年、農楽蔵は長年の理想を叶え始めている。
パーマカルチャー。永続的な農業と、それによって生まれる文化のこと。野菜や果樹といった植物、動物、人間が暮らす家などを備え、無理なく続く農を営む在り方である。

本来は自給自足といった個の単位で循環するスタイルだが、夫妻は「点」でなく、小さな「輪」の中で循環してゆく、ゆるやかなパーマカルチャーを目指していく。

まずは同年10月、函館市内からワイナリーを移転、新築。同時に自分たちの住居も建て、移り住む。
新たに増やした農地では、ブドウ栽培のほか羊も飼う予定だ。羊たちは雑草を食べ、畑の土を踏んだり起こしたりする“スタッフ”になり、彼らの糞は畑の肥料になる。

羊たちは隣接する農園、『 ヒュッゲファーム 』も自由に散歩することになるだろう。
お隣の農機具や人手が足りないとなれば、「こっちで今足りてるから使ってよ」と言える。
それは「“連帯”という圧の強さではなく、 “融通し合う”」軽やかさを持ったつながり。
個人より大きくて、村よりも小さい、歩けるほどの距離感で循環する小さな輪である。


20年来の親友、ソムリエの大越基裕さん

この『ヒュッゲファーム』を立ち上げ、パーマカルチャーに参画しているのが、ソムリエの『大越基裕(おおこしもとひろ)』さん。
銀座『レカン』のシェフソムリエを務め、独立後はレストランの経営やプロデュース、ワインテイスターなど多岐にわたって活躍する彼は、賢さんとブルゴーニュの醸造学校で出会った、20年来の親友である。

賢さんがつくり手、大越さんがソムリエとして一人前になったら、いつかワイナリーの隣にオーベルジュを。
まだ何者でもない時代に交わした約束が、2023年の今、叶おうとしている。

『農楽蔵』の新ワイナリーに隣接して、大越さんがオーベルジュを建設中なのだ。
どちらの建物も建築家の中村好文氏が手掛け、文月のランドマークになるに違いない。

『ヒュッゲファーム』では2023年現在、地元の飲食店を中心に、一部自身のレストランで使用するハーブや野菜を無農薬、無化学肥料で育てている。畑の担当は橋本学さんだが、大越さんやレストランのスタッフも折に触れて参加。まだ試験段階ながらブドウもリースリングとソーヴィニヨン・グリの2品種を350本植えており、うまく実れば農楽蔵で委託醸造する予定だ。

「ここ北斗市は、日本におけるワインの代表産地になる可能性があります。
フランスで学んだように、自分もブドウ栽培から携わりたい」

オーベルジュが完成する頃には、大越さん自身も文月に居を構え、基盤の半分を移すという。
パーマカルチャーは、彼にとってもずっと抱え続けた夢だった。

大越さんのように、文月周辺には新しい生産者が増えている。

ブドウや野菜、これからは音楽や工芸といった芸術分野の人が加わることもあるだろう。
音楽家が、自分の楽器を製作するために林業を始める、とか。
十分にあり得ることだ。すでに料理人が畑を耕し、チーズ職人は山羊を育てるところから始める時代なのだから。
個性とりどりの小さな輪がいくつもできるなら、地元は多様化し、強くなれる。
健全な畑のように、永続性を持って。

  • 農楽蔵
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  • 農楽蔵
  • 農楽蔵

農楽蔵
農楽蔵
100%北海道産のブドウを、野生酵母発酵、亜硫酸無添加、無ろ過で醸す。ワイナリーは2023年10月より北斗市文月へ移転。一般見学、直売はしていないので、ワインの購入は取扱酒販店にてどうぞ。

ヒュッゲファーム
ヒュッゲファーム
ワインを軸に多彩な活動を続ける大越基裕さんが、2020年4月、北杜市文月に立ち上げた農園。2023年10月現在、野菜やハーブ、ワイン用ブドウを無農薬、無化学肥料で栽培。農楽蔵とともに、文月のパーマカルチャー実現を目指す。
 

NEXT CHAPTER

新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合うこの地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。

次回は、11月27日
ー毎月、満月の日に新たな記事を更新
CHAPTER 02 『cafe water』 comming soon

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