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recipe僕らの新しいローカリズム

チーズ職人のパッショーネ(情熱)

2024.09.17
チーズ職人のパッショーネ(情熱)

僕らの新しいローカリズム|岡山・蒜山

岡山と鳥取の県境にある真庭市蒜山は、山麓に広がる高原地帯。
蒜山高原ではジャージー牛が放牧され、そのミルクでイタリアのチーズが作られる。
津黒高原には、かつて中和村と呼ばれた地域がある。人口600人弱。
観光地でもないこの里山に、しかし近年ではものづくりの移住者が相次いでいる。
農家、豆腐職人、鰻職人、料理家、醸造家、陶芸家、金工作家。
地元の人が「何もない」というこの土地が、彼らを惹きつける理由はなんだろう?

写真/伊藤徹也 文/井川直子

 

  • イルリコッターロ
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CHAPTER 12 『Il Ricottaro(イルリコッターロ)』

リコッタをつくりたいから、チーズをつくる

今年(2024年)6月に開催されたアルティザンチーズアワードは、日本で初めて、チーズの専門家のみが国際基準によって日本のチーズを評価するコンクール。この大会で、岡山・蒜山のチーズ工房『 Il Ricottaro(イルリコッターロ) 』の「リコッタフレスカ」が銀賞を獲得した。フレッシュなリコッタとしては、最高位だ。
チーズ職人・竹内雄一郎さんの、控えめに喜ぶ顔が目に浮かんだ。

高原の森の中、ぽつんと佇む工房を訪ねたのは、コンクール直前の5月のことだ。
「僕はリコッタをつくりたいから、チーズをつくるんです」
おもしろいことをいう人だなぁと思った。
なぜならリコッタとは、主役のチーズをつくる際に出るホエー(乳清)をricotta(再加熱)してつくられる副産物。いわば“おまけ”のほうを、彼は主役に据えているのだから。
でも、そういえば工房の名はIl Rcottaro=リコッタをつくる人、だ。
「修業したシチリアでは、地元のおばあさんが毎朝ボウルを持って工房へ買いに来ていました。お豆腐みたいですよね。できたてのリコッタはふわふわして、ミルクの自然な甘みと香りが身体にしみ渡ります」
熟成の工程を経ないリコッタは、たしかにお豆腐と似ているかもしれない。やさしい食べ心地も、日常としての存在も、白いルックスも。そして、デリケートで日持ちのしないところも。
遠い海外からの輸入では味わえない領域が、このフレッシュなチーズにはあるのだ。

『Il Ricottaro』のリコッタは、温めたホエーに、ジャージー牛のミルクと海塩のみを加え、凝固剤は使わない。細やかな温度管理と撹拌を繰り返すことで、自らの乳酸菌によって発酵させる。
カード(凝乳)と呼ばれるこの半固体が“ふるふる”になったところを見極めて、竹内さんはひとすくいずつ汲み上げ、小さなザルに揚げていく。自重によって自然に水分を抜いたら、完成だ。
商品はこのザルごとカップに入っているから、自宅で好みの固さに水を抜くこともできる。
工房で、熱々のリコッタをひと口食べさせてもらった。まさに寄せ豆腐の儚いやわらかさで、濃厚なコクと甘いミルクの香りは上等なホットミルクのようだ。


この素朴なおいしさはどうして生まれた?

「いつか、つくりたてをお客さんに体感している場を、また設けたいと思うんですけれども」
2011年10月に『Il Ricottaro』を構えてから、一時は約20頭の羊と山羊の放牧、チーズづくり、カフェにアグリツーリズモ(農家民泊)まで営んでいた。
修業したイタリアでの在り方を、日本でも実現したかったのだ。
しかし夫婦でまかなうには負担が大きすぎて、チーズ製作以外をいったん休止。「今は職人としての知識と技術を磨く時期」と腹をくくったのだった。

食の向こう側にあるもの―歴史や民俗、郷土性―を見ようとする彼は、そもそも自然や地球環境を学ぶために、故郷の徳島から北海道の大学へ進学した人だった。
北海道は、酪農とチーズで地域を興す日本の最先端でもある。フレッシュチーズ好きも手伝って、竹内さんは大学在学中から『 チーズ工房 白糠酪恵舎(しらぬからくけいしゃ) 』で働き、卒業後もそのまま就職。
ここでイタリア出身のマンマが作ってくれた「カンノーロ」というシチリア郷土菓子は、揚げた筒形の生地にリコッタが詰められていた。
「素朴なんだけど、それがおいしい。この味わいはどうして生まれたのだろう?」
リコッタの向こう側に、何があるのか。
ヨーロッパで提唱されているパーマカルチャー(永続的な農業と、それによって生まれる文化)も気になって、イタリアに飛んだ。

トスカーナ、ローマ、カラブリア、シチリアへ。とりわけリコッタの本場シチリアでは、羊の世話をしながら同じ建物に寝て、朝起きたら乳搾り、採れた乳でチーズをつくること3カ月。そこでは、酪農家はチーズ職人でもあり、人間は動物とともに生活していた。
「チーズづくりは紀元前に始まり、必要だから続いてきたんです。動物の乳はチーズになり、復活祭では肉を食べ、胃からはチーズを固めるレンネット(凝乳酵素)を採る。自然と一体になった暮らしの中から生まれたもの」
朝食には、薪火で焼いたパンにまだ温かいリコッタをのせ、自家製のオリーブオイルをたらりと垂らす。その質素な日常の、なんという豊かさ。
「昔ながらの道具と伝統的な製法でつくる彼らのチーズは、めちゃめちゃ手間がかかる。でも“これが俺のパッショーネ(情熱)だ!”と誇りを持っているんです。生きるうえでの、本質的な歓びがあるように思えました」


濃厚なミルク、ジャージー牛のメッカ

羊と山羊は手放したが、蒜山は、濃厚でなめらかなミルクを出してくれるジャージー牛のメッカである(飼育頭数日本一)。さらに幸いなことに『Il Ricottaro』近くにある『百合原牧場』では、ヨーロッパのような夏の放牧も行っていた。新規就農の牧場主夫妻は、1983年生まれの竹内さんとも同世代だ。
「ちょうど明日から夏の放牧が始まりますよ」
そう聞いて見に行くと、栗毛の牛たちが、大きなお乳を揺らしながら草原に向かって大行列を組んでいる風景に出合った。青い空、広い牧草地で、これから彼女たちはひと夏のバカンスを過ごす。
「放牧では生の青草を食べるので、カロテンによってミルクが黄色っぽくなるんですよ。冬は濃厚ですが、夏はすっきりとした味わいで、香りも心地よくなります」

おいしいリコッタをつくるには、何よりまず、おいしいチーズをつくることだ。
『Il Ricottaro』では、先のアルティザンチーズアワードで、モッツァレラも銅賞を受賞している。
モッツァレラは、湯を加えながら練るという、特殊な技法でつくられるフレッシュチーズ。ミルクを温めながら発酵させる、その鍋に熱湯を投入。固まってきた熱々のカードを、練り、引っ張り、畳み込み、を繰り返すことで独特の繊維感が生まれる。
「どのタイミングで何をするか。温度、水分量、撹拌、伸ばし加減……。少しの違いで結果が大きく変わるので、常に悩みながら」

竹内さんのモッツァレラは、しっとりとうるおいながら、むぎゅっとしたしなやかな弾力。クリーミーだけじゃない、酸味、甘味、コクといった味や香りも次々と現れる。
それは、彼がミルクを発酵させる際に、市販の乳酸菌でなく、自家培養種を使っているからだ。ホエーとミルクでつくる種は、乳酸菌や酵母など性質の異なる菌を含み、より複雑で奥行きのある味わいが生まれるという。
「酵母とか菌とか、目には見えないヤツらがすごくたくさんいて、味をつくってくれている。この中に宇宙があるんだな、と思うとわくわくします」
地元の酒蔵『 御前酒 辻本店 』のそやし水(水に米を加え発酵させたもの)の乳酸菌を使ったトミーノは、しっかりとした酸味とコクが日本酒によく合った。次は『 蒜山醸造所 つちとみず 』のクラフトビールのためのチーズもつくりたいし……。やりたいことは広がってしまうけれど、一歩一歩、と自分に言い聞かせる竹内さんの製造計画表には、お子さんの遠足やキャンプの予定が一緒に書き込まれていた。


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Il Ricottaro(イルリコッターロ)
Il Ricottaro(イルリコッターロ)
チーズはほかに、トミーノ(イタリアの白カビタイプ)、プロヴォレッタ(小さなひょうたん型フレッシュ)、ピーノ(松の板の上で1年熟成)など。季節商品もあり。少量生産のため、主に オンライン で販売。
DEAN & DELUCA  六本木、品川、岡山でも不定期にてお取り扱いしております。詳しくは店舗まで

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「僕らの新しいローカリズム」岡山・蒜山編は、全6回でお届けいたします。
次回は、10月17日ー 毎月、満月の日に新たな記事を更新
岡山・蒜山で「食べたいものをつくる」をテーマに活動する自然栽培の米農家。『 蒜山耕藝 』を訪ねます。
CHAPTER 13 coming soon

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