サイトヘッダー

recipe僕らの新しいローカリズム

風土と人を載せたテーブル

2024.01.26
風土と人を載せたテーブル

僕らの新しいローカリズム

地方が動き始めている。
都市では「食材」や「原材料」と呼ばれるものが
田畑で実り、山に生え、風土の中で生きている場所は、
食べものづくりの人々にとって、刺激に満ちた“現場”なのだ。
ローカルという現場に立つ彼らは今、都市ともゆるくつながりながら
暮らしを映す食や酒、共感で結ばれたコミュニティを生んでいる。
新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合う
この地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。

写真/伊藤徹也 文/井川直子

 

  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ

CHAPTER 04『コルツ』前編

つくり手との関わりから生まれる料理

私たちが函館へ向かうべき理由、それはレストラン『 コルツ 』にある。
料理だけでなくワインからチーズまで、ヨーロッパの食卓に載る素材がほぼ道南圏内でまかなえるという、類稀なる土地。その豊かさが『コルツ』のテーブルには集結している。

といってもそれらは集められたものでなく、料理人と、同じ視座を持つつくり手たちがお互いを引き寄せ合った結果だ。
緑の香りが弾けるハーブ、緻密な舌触りの山羊のチーズ、旨味に透明感さえ覚える豚肉、すうっとやわらかく染み込む白ワイン。
つくる人々の志や人柄までをも載せたテーブルは、私たちに函館の風土と人を想像させてくれる。

今、ローカル・ガストロノミーが脚光を浴びているが、オーナーシェフの佐藤雄也さんは、20年前の2003年に『コルツ』を立ち上げた。
函館で、料理を作って、生活をする。
東京やイタリアへ行ってもその気持ちが揺るがなかったのは、シンプルに、函館が大好きだからだ。
都市であり、車で小1時間も走れば大自然が広がる街。若き佐藤さんは散歩するみたいに海へと潜り、山を登って植物を覚え、川では釣りを、冬は犬ぞりで遊んだ。

料理人となってからは、地元で長く続ける大先輩の生産者や、よその土地から函館へやってきた同世代の生産者とも交流を重ねてゆく。
山の斜面で山羊を放牧する『 山田農場 チーズ工房 』、北斗市で自然な造りのワインを醸す『 農楽蔵 』、無農薬・有機栽培の野菜と米をつくる『清和の丘農園』、自家飼料とフリーストールで豚を育てる『 あかり農場 』。

魚介のことなら、個性派セレクトの独立系『 ヤマタカ高野鮮魚店 』、南茅部の魚介に強い『 坂井鮮魚店 』。昭和9年から続く『 中島廉売 』、地元の市民に料理人、観光客も一緒に賑わう『 はこだて自由市場 』の鮮魚店。

彼らはときに先生で、家族で、同志だ。
敬意でつながり、顔を見て、些細な会話を重ね、困った時には手を貸し合って。
『コルツ』の皿は、「つくり手との関わりから生まれる料理」である。


自然と人間の関係性が狂わない距離感

つくり手との絆が深まるにつれ、佐藤さんの理想とするレストラン像にも変化が起こる。
ずっと思い描いていたのは、自然豊かな場所で、自ら畑を耕しながら料理を作ること。
「でも、野菜にもワインにも人生を懸けてるプロがすぐ隣にいるんだから、任せた方がいいんじゃないか」

そしてもう一つ。
「自然の中にレストランを建てて人が増え、お店が増えると、結局自然が街になっていくのでは?」

彼はいつも、人間より自然の側からものごとを見る人だ。
たとえばかつては狩猟免許を取得し、撃ったジビエで料理を作った。だがそれが話題になると、ジビエ目当てのお客が増え、予約の時点でジビエを希望する。
「予約のために獲るのは違う気がする」
悩んで、免許を手放してしまった。

ジビエを扱わないわけではなく、山の摂理で獲れたものはいただく、というスタンスに切り替えたのだ。
狼が減って熊や鹿が増え、生態系のバランスが崩れたり、害獣駆除(佐藤さんに言わせれば、害獣とは人間都合の見方だけれど)のために獲られた野禽ならば料理に生かす。
迷い、悩みながら、彼が探しているのは「自然と人間の関係性が狂わない距離感」である。

もちろん天然の素材は素晴らしいけれど、人間はときに、限りあることを忘れて貪(むさぼ)り取ってしまう。無自覚に環境破壊、気候変動にも加担している。
どうしようもないこともあるけれど、せめて奪い過ぎないように。

人間は、自然の中で生かされている。
誰にどうしろと言うのではなく、料理人として、佐藤さんは自身の肝に銘じているのだ。
「土地は僕らのものでなく、先祖から預かり、これからの人から借りているもの。自分たちの子どもよりもっともっと先の人のために守っていくものだから」


新店舗は、元裁縫女学校

あらためて、今この函館で、自分のお店はどう在るべきか?
考え続けていたある日、『コルツ』マネージャーであり妻の今野尚子さんの言葉が、すとんと腑に落ちた。
「“森を街に”より、“街を森に”のほうがシェフには向いてるんじゃない?」

2023年7月、こうして函館市内の宝来町へ移転したのである。
戦前の昭和13年(1938年)に建てられた、元・裁縫女学校の木造建築。
「小さくても土のある場所で探して。築85年なので、いろいろ傷んでいたり不便な建物ではあるんですけど、でもいちばんしっくりきたんです」

葉を茂らせる大きな楓(かえで)の木が迎える入り口、白壁の校舎。広い三和土(たたき)の玄関へ入ると、和洋折衷の空間が広がっている。
ゆったりとした板の間のフロアには薪ストーブが置かれ、学校の広い台所はレストランの厨房となって窓から木漏れ日が差し込む。

その昔、女子たちが正座して和裁を習ったであろう姿が思い浮かぶような2階の広間は改装中だが、どう再生されるのか。
反物の幅に切られた作業台の“ばんいた”も数多く残り、こちらはカウンターやワインセラーの棚に再生された。

ウェイティングルームとなった応接室の窓からは、真っ直ぐに函館山が眺められる。
「函館山は国有地(国有財産)で、自然環境を守るため植物の採取が禁止されているんです。街なかでも、そんな山を間近に眺めて生活できるのは幸せです」

佐藤さんが修業した北イタリアの山岳地帯は、1時間ごとにコロコロと天気が変わった。
函館山もそれと似て、霧がかったかと思えばスカッと晴れたり、見るたびに表情が違う。
気象の変動は、自然の呼吸だ。その営みを実感する毎日が、かつての自然児には楽しくて仕方がないらしい。


地元の、自分たちのレストラン

新しい『コルツ』は建築業者だけでなく、函館の飲食店や生産者、友人らさまざまな人たちが「手」を貸してくれて完成したレストランだ。
彼らによって校舎の階段や廊下は磨かれ、床には柿渋が、壁には漆喰が塗られ、古きディテールが蘇った。
入口の飾り戸は同級生の蔵から出てきたもの、薪ストーブの廃材は幼馴染から調達。
外柵は、ワイナリー『農楽蔵』から剪定したブドウの枝をもらい、みんなで編んだ。木の枝を使ったアイデアは、『あかり農場』の山田憲一さんが、海外の写真を探してくれたものだ。

地元の人々が、自分たちの場所のように思っているレストラン。
『コルツ』はこれで3度目の移転になるが、佐藤さんにとっても、ここが最後の場所になる。
「まだあちこち工事中で、未完成なんですけどね」
函館で20年。
佐藤さん真骨頂の舞台は、たぶんゆっくりと調っていく。

次回・後編では、『コルツ』のテーブルで繰り広げられる料理の世界。2023年夏のある日のコース、全皿をご紹介します。

  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ
  • コルツ

コルツ
Colz|コルツ

函館、東京、北イタリアで修業した佐藤雄也シェフが、2003年にオープン。2023年7月に函館市内で移転。街にありながら、土と木を感じる建物を得て、道南の自然を感じる『コルツ』の世界観が完成した。

北海道函館市宝来町34-7

TEL|0138-84-5858

営業時間|12:00-13:00L.O./18:00-20:00L.O.

定休日|日、月(変更の場合あり)

NEXT CHAPTER

新連載「僕らの新しいローカリズム」、スタートは北海道・函館編から。
石畳の坂道に洋館が建ち並ぶ港町風情と、雄大な自然が静かに溶け合うこの地に惹かれたつくり手たちを、全9回にわたってお伝えします。

次回は、2月24日
ー毎月、満月の日に新たな記事を更新
CHAPTER 05『Colz(コルツ)』後編では、
夏のコース全皿をお伝えします
comming soon

関連タグ