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recipe僕らの新しいローカリズム

融和の料理

2026.04.02
融和の料理

僕らの新しいローカリズム|岐阜 郡上

森林大国・岐阜県のなかでも、土地の9割が深い森に覆われた郡上市。
長良川をはじめとした3つの河川では
鮎が泳ぎ、鳥は休み、釣り人や遊ぶ子どもが清流を分け合う。
山の谷間に生まれた城下町では
身分など関係なくともに踊る「郡上おどり」が400年以上続き、
仲間で助け合う「頼母子(たのもし)」の風習は、飲み会となって今も現役。
やさしい土地では、誰もがやさしくつながっている。

文/井川直子    写真/伊藤徹也

 

CHAPTER 30『RAVI(ラビ)』

  • RAVI(ラビ)
  • RAVI(ラビ)
  • RAVI(ラビ)

みな一つになって踊ろう

2025年7月。夜の営業前にレストラン 『RAVI(ラビ)』 へ取材申し込みの電話をすると、オーナーシェフの山下一宇(かずいえ)さんの背後から賑やかな声が聞こえてきた。
これから30夜以上にわたり、郡上八幡で繰り広げられる「郡上おどり」の打ち合わせをしていたらしい。江戸時代から400年以上続く、盆踊りの祭りだ。
「お盆の間は身分や地域の隔たりなく、みな一つになって踊ろう」
郡上藩主の融和政策によって、士農工商なんのその、と誰もが踊った。令和の今は地元の人もよその人も関係なしに、飛び入り歓迎、フェードアウトもご自由に。
なんと平らかなスピリットだろう。

取材に訪れたのは10月だったから、小路で揺れる提灯に祭りの面影が残るのみ。その代わり城下町には、のんびりとした日常が戻っていた。
町家造りの木造家屋が立ち並ぶ郡上八幡は、交流のあった京の言葉も入り混じる、まさに奥美濃の小京都。
そして水の町でもある。
長良川ほか、山から流れくる3つの河川が合流する場所。古くから水路が整備されていたほか、山の水や湧き水を引き込んだ「水舟」が各所にあり、飲み水や食材の洗い場として機能した。


風通しのいい城下町

河川の一つ、小駄良川(こだらがわ)は毎年6月に入ると蛍が現れ、夏は子どもたちが川遊びをするやさしい川である。
『RAVI』は2020年11月、その川沿いにオープンした。
大きな屋根が、裏手にそびえる山の稜線と輪唱するようにシンクロする平屋の建物は、地元で約20年間愛された喫茶店を引き継ぎ改装。上質な食の空間ながら、石と木の自然素材や、左官など職人の手仕事が温かい。

ゆったりとしたフロアにはカウンターキッチン。料理する山下さんの繊細な手元も、おおらかな表情も丸見えである。
「僕からどの席も見られる設計なので、お客さんからも全部見られちゃう。でも焼鳥屋の職人だって見られながら作るでしょ?」
2026年版『ゴ・エ・ミヨ』で3年連続2トック獲得のレストランながら、山下さんはあくまでも「気軽」を目指す。
半年前から予約しなければならない店よりも、地元の人が「ちょっといいもの食べに行く?」くらいの存在でありたいのだ。
「郡上八幡は観光地ですけど、賑わうのは昼間くらいで、夜は静かなもんですよ」
それも悪くない、といった口調で彼は言う。
名古屋からさらに鉄道で2時間半、車で1時間半という距離がフィルターになっているのだが、おかげでオーバーツーリズムには悩まされない。
観光客と地元の人がほどよく入り混じる郡上八幡は、なんだか風通しがいい。

  • 郡上八幡
  • 郡上八幡
  • 郡上八幡

一人ひとりの顔を見て、その人に向けて作りたい

山下さんは、生まれも育ちも郡上八幡である。
多くの若者がそうであるように、十代は「故郷なんて何もない」と海外に憧れ、オーストラリアへ留学。東京や愛知の星つきレストランで、フランス料理の研鑽を積んだ。
「でも都会ではお客さんの数が多過ぎて、忙し過ぎて、誰のために作っているのかわからなくなってしまったんです。僕は一人ひとりの顔を見て、その人に向けて作る、ということをしたい。お客さんだけでなく生産者の顔も見ながらやっていきたい」

愛知県名古屋市で働いていた頃、郡上に 『アルケミエ 辰巳蒸留所』 がオープンしたと伝え聞いた。
「新しく何かを始めよう、という波を感じました」
移住、Uターン、世代交代が起こりつつある、故郷が変わる。
「何かが始まる」ではなく「始めよう」。
ローカルの人々はいつも能動態で語る。それは「これからもっとおもしろい土地になる。自分たちがする」という意志を持つ、当事者だからだ。
「実際に戻ってみると、郡上は何もないどころか、海以外はなんでもありました。海はなくても、僕らには川がある」
かつての自分のように、自分たちの宝を宝と知らない人たちへ、それを料理で伝えようと思った。

アルケミエ 辰巳蒸留所のジン

捕獲した以上、おいしく食べさせる

「地元では案外、鹿肉を食べないんですよね。知り合いの猟師からもらってもおいしくないと言って。たしかに昔は、狩猟で許可されているのはオスでした(現在はメスも可)。オスは解禁の秋冬には痩せ細っているし、猟師の処理が悪ければ臭く硬い肉になる。それを家庭で食べていたら苦手になるかも」

『RAVI』では狩猟期間外でも、駆除目的で捕獲されたジビエが手に入る。
たいていは鹿肉だ。
山の生態系が崩れ、鹿が増え過ぎている。天敵がいない現状では人間がバランスを整えていく必要がある、という意味での駆除である。
捕獲した以上、無駄にしたくない。
だが「おいしさ」が目的の猟ではないから、この時季の何歳のメスオス、などと料理人が指定はできない。
そこを、狩猟者の的確な処理と料理人の腕で、おいしく食べさせるのである。
「都市部のレストランだと北海道から届く蝦夷鹿が多いですけど、うちは地元の本州鹿。棲息する地域や時季によっても違いますが、郡上の鹿はピュアな味わいです」

取材時は狩猟期間外の10月上旬、『RAVI』にやってきた鹿は1歳のオスだった。夏の間に脂を蓄えてきたオスが、発情期を迎えて痩せ始めていく時季である。
山下さんはまだふくよかさが残る鹿の内モモと外モモに塩をして、ごぼうの葉に包んでから、やわらかく火を入れた。途中、炭火にさっとくぐらせ、微かな香りもまとわせている。
肉汁を湛え、ビロードのようにしっとりとした内モモ肉。歯ごたえが楽しい外モモ肉。いずれにしても、鮮やかな酸味に驚く赤身肉であった。

  • 捕獲した以上、おいしく食べさせる
  • 捕獲した以上、おいしく食べさせる

食材に導かれた料理

ごぼうの葉と、つけ合わせたヤングコーンは 『S³(エスキューブオリジン)』 の嶋田幸洋さんが、農薬も肥料も使わずに育てたものだ。
「彼の野菜は、めっちゃ綺麗。ニンニクでさえやさしい香りなので、正直ペペロンチーノには向きませんが(笑)。でも、たまり醤油に漬けただけでぶくぶく泡立って発酵し始めるほど生命力が強い」

ごぼうにも驚いた。独特の土の香りがしないのだ。
その代わり、切った途端にじゅわっと水分があふれ出し、その水滴が甘い。
これに山下さんが組み合わせたのは、ナマズであった。
例年なら臭みのない郡上のナマズだが、2025年は雨不足の影響で、身に土っぽい匂いを感じる。
そこで、ナマズのローストとごぼうのソース。
先のニンニク醤油を塗りつつ焼いたナマズからは土の香り、水だけで炊いたごぼうのソースからはだしの甘味と旨味を感じる。畑と川のキャラクターがひっくり返ったような、それでいてぐるっと回って着地している、不思議な倒錯感である。

「僕はフランス料理の技術を学びましたけど、今作っているのは“食材に導かれた料理”です」
付け加えるなら、インド帰りの人や韓国にルーツを持つ人など、ここ郡上での新たな出会いに導かれた料理でもある。

「スナック」と題された3品のアミューズは、パニプリ、カナッペ、チュイル。パニプリはインドの屋台フードだ。
本来は揚げたボール形の生地に、豆や芋の酸っぱ辛いスープを入れたもの。それを郡上伝統の味噌煮とパルミジャーノ・レッジャーノに置き換え、発酵による酸味を味わわせる。
カナッペには近所の熟れた柿と天然くるみ、チュイルには1年漬けたきゅうりをトッピング。どちらも生地には、山下さんも栽培に参加している小麦の粉が使われている。

  • 食材に導かれた料理
  • 食材に導かれた料理
  • 食材に導かれた料理
  • 食材に導かれた料理

恩恵を交換したり、支え合ったり

塩漬けのきゅうりは、採れ過ぎて卸し先がないと困っていた生産者のために買い取ったものだった。
天日塩を揉み込んでしばらく置くと、きゅうりから水分が出て塩水漬けの状態になる。これを洗ってから天日に干せば、酸味と旨味が凝縮され、料理のアクセントにちょうどいい。
「干したきゅうりの表面には結晶化した塩分が現れるので、この塩も料理に使います。野菜にろ過された塩は、海塩とは違うまろやかさがある。青っぽい風味もあっておもしろいですよ」

現場の問題を解決すべく、うんうん唸りながら工夫を重ねたその先に、思わぬ拓かれる道。
というか、クリエイティビティとはたいてい、制約から生まれるものだ。

生ハムにできるほど立派ではない鹿の後ろ脚を、塩漬け後に干した、鰹節ならぬ「鹿節」。料理に使えない鹿肉の筋や硬い部分を内臓と漬け込んだ、魚醤ならぬ「肉醤(にくびしお)」。
郡上では、生産者と料理人とがワンチーム。
つくる・買うだけではない、恩恵を交換したり、支え合ったりする関係性がある。『RAVI』で味わえるのは、そんな融和の土地柄だからできる、いわば融和の料理だろうか。

ところで郡上には、「頼母子(たのもし)」と呼ばれる慣習が根づいている。
そもそもは地域や職場単位で話し合ったり、困っている仲間がいたら助け合ったりする互助会的な集会。現代では「仲間」の部分が楽しく継承されて、ともに食べたり飲んだりすることに意義がある。
子どもの学校、同窓生のグループ、趣味のサークル。一人でいくつも掛け持ちするのはあたりまえ、義務じゃないのにみんな熱心。
ということで、『RAVI』にも地元民限定「頼母子コース」がちゃんとある。

  • 恩恵を交換したり、支え合ったり
  • 塩漬けのきゅうり
  • 恩恵を交換したり、支え合ったり
RAVI(ラビ)

ARTISAN INFO

RAVI(ラビ)
山下シェフは1987年生まれ。辻調理師専門学校卒業後、オーストラリアで2年間、レストランや農園で研修。帰国後、東京・学芸大学の一つ星 『ボンシュマン』 、愛知・名古屋の一つ星 『グランターブル・ドゥ・キタムラ』 でそれぞれ約5年修業。レストラン『RAVI』を妻の佳菜子さん、母の日奈子さんと営む。昼夜ともコースのみ。ランチ14300円〜、ディナーは7700円〜。予約は電話のほか、 TableCheck一休レストラン でも受付。
岐阜県郡上市八幡町中坪3−4−1
TEL|0575‐65‐5558
営業時間|ランチ11:30〜(1組限定、個室あり。完全予約制)、ディナー18:00〜(予約優先)
定休日|水曜、木曜ランチ

NEXT CHAPTER

自然栽培農家の『S³(エスキューブ)』と、地みそをつくる『畑中商店』。 彼らと『RAVI』の山下シェフは、郡上の発酵文化を発信するF.T.F(farm to fermentation、畑から発酵へ)の仲間です。次回は、厳しい風土に鍛錬された、土と菌と発酵についての物語。
次回の公開は、2026年5月2日フラワームーン。毎月、満月の日に新たな記事を更新します。

CHAPTER 31  comming soon『S³(エスキューブ)』『畑中商店』

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