「DEAN & DELUCA マガジン」創刊、トークイベントvo.1報告
- 前編 -

松浦弥太郎×高橋みどり
「じっくり『おいしい』について話す会」で、話していたこと。
―東京・代官山 蔦屋書店 前編―
「DEAN & DELUCA マガジン」創刊を記念したトークイベントを2019年12月11日に開催。 本誌の編集長の松浦弥太郎氏とフードスタイリストの高橋みどりさんをお招きして、メディアコンセプトである「おいしい料理とは生きる知恵である」を紐解きながら「おいしい」ってなんだろうをじっくりお話する会となりました。

『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の編集を手がける松浦弥太郎さんと、フードスタイリストの高橋みどりさん。のっけから始まったふたりの共通の話題は、30年以上も前のニューヨークでした。
当時、新しい食を発信するお店として注目を集めていたDEAN&DELUCA。お店に流れていた、スペシャルな空気感を浴びている者同士の、記憶をたぐりよせながら紡がれるいきいきとした対話に、聴いている人たちも、あたかもそこにいるような感覚を味わえました。
やがてたどり着いたのは、DEAN & DELUCAとともに、ふたりがこよなく大切にしている食への考え。そう、ひとたび耳にすれば、心に深く届いてなくならない、とある言葉でした。
DEAN & DELUCAとの、ドキドキの出会い。

- 松浦
- DEAN & DELUCAとの出会いはけっこう古くて、僕がまだ21歳くらいの頃。
ニューヨークに旅をして本屋さんに行った時、『The Cooks Marketplace New York』という本が、すごく売れていたんです。
要するにニューヨークのお店紹介の本なんですけど、パン、お惣菜、食材、料理道具などのカテゴリーに分かれていて、そこにDEAN & DELUCAが何回も出てくる。
ニューヨークの新しい食を発信している店だと、すごく注目を浴びていた。
で、行ってみたのが最初。 - 高橋
- 最初のお店は、もうちょっと小作りでしたよね。
- 松浦
- そう、ちょっとマニアックな感じで。
お店の人達が食材について、ものすごい詳しいんですよ。
いろいろと説明してくれる。
僕なんかまだすごく若かったから気後れしちゃって、英語も喋れないし、ドキドキしていました。
そうこうしているうちに、今ある場所に引っ越したんです。
ソーホーのブロードウェイ沿いのスプリングストリートっていう地下鉄の駅のすぐ角に。 - 高橋
- これがけっこう大きくて。
- 松浦
- 最初見た時に、ガーンって感じ。
- 高橋
- そう、ガーンってきましたよね。
かっこいい!みたいな。 - 松浦
- ニューヨークのあのあたりはどこもそうなんですが、とにかく天井が高くてドアが大きくて、入った途端に世界中のスパイスの匂いがフワッて。
- 高橋
- 何かもう、ドキドキワクワクしました。
アルミ容器のスパイスをお土産に。

- 松浦
- ほんとそう。
棚はメタルのエレクターシェルフで。 - 高橋
- そうだった!
- 松浦
- いかにも倉庫のように並んでいて、商品がズラッとあるんですよ。
- 高橋
- 今、よみがえってきました。
- 松浦
- でしょ。で、入ると野菜やフルーツがあって、左側にお惣菜やお肉、お魚があった。
- 高橋
- 魚が氷の上にあったんですよね。
- 松浦
- そう。とにかく何ていうんでしょう。ディスプレイが斬新で、食材が美しい。

- 高橋
- きれいですよね。
- 松浦
- で、その時に買ったのがこれ。
みなさんご存じですよね。
スパイスやチョコレートが入っているアルミの容器。 - 高橋
- これを買い漁って、友達のお土産にしたな。
とりあえずそれを買っていくとみんな喜ぶ。 - 松浦
- 後々に知ったんですけど、これは本来食材じゃなくて、イギリスの釣りの道具を入れるケースなんだそうです。
考案したのはDEAN & DELUCAのディーンさんともうひとり、アートディレクションのジャックさん。
その方が、食の世界では使わないような質感を、新しいライフスタイルのメッセージになるんじゃないか、ということで使った。
美しいロゴやデザインの理由。

- 高橋
- 私はかわいいものが苦手なタイプなんですけど、DEAN & DELUCAには切り取り方にボーイッシュなスイートさ、みたいなところがあるのが好きで。
割と男っぽいというか、職人の感じもありますよね。
働いているお兄ちゃんもカッコよかったり。
その感じがちっとも照れ臭くないような。 - 松浦
- ロゴのデザインや書体も、なんてことないシンプルなんだけど、デザイン界に影響を与えました。
- 高橋
- 固い書体なんだけど、手書きみたいな線が入っていたり。
- 松浦
- 今でも復刻されていますけど、マグカップにも手書きのものがありましたね。
- 高橋
- そうね。日本のスパイスって、プラスチックのオレンジ色のフタだったり、マヨネーズは赤いフタだったり。
ただDEAN & DELUCAの場合、シルバーのストイックな感じだけど、決して冷たくはない。
美意識をひっくり返されるようなこと。
- 松浦
- もちろん、日常使いのいいものを置いている食料品店には間違いないんだけれども、自分の美意識とでもいうか、センスがひっくり返った。こんなカッコいい世界が、こんな洗練された、清潔で素敵なお店があるんだって。
僕なんかは大したものは買わないんですけども、行くとほんとにぐるぐる30分、40分、1時間くらいいましたからね。 - 高橋
- 私は何日かニューヨークに滞在する時、お野菜とか買ってた。
今の若者も外国行ったらやるんだろうけど、生の野菜を入れた袋を多めに貰って、その袋もお土産にする(笑)。

- 松浦
- そうそう(笑)、ほんとそうです。
昔はショッピングバッグや紙袋すらお土産になった。
今では当たり前で、例えば大きな紙ナプキンなんかも日本にはなかったから、そういうものも、いちいちすべてが素敵に見えた。 - 高橋
- ニューヨークだから都会なんだけど、その中で群を抜いた都会って言うか、シャープでカッコよかった。
あの空気感、そのものが原点。
- 松浦
- それでいながら、いつもそこにちゃんと人がいる、人の気配があるんです。
- 高橋
- そう、しかも洒落た人がいて。
ほんとはニューヨークにドキドキしながら泊まっているんだけど、朝は「ちょっと慣れているのよ」って感じで普通にお店に入って、飲みものを頼んで窓越しに座ると、ドキドキがちょっと落ち着く。
あとお店のレジの女の子とか、販売の人達が「今日いいお天気だね」とか「その洋服似合うね」とか、会話をしてくる。
それがすごく楽しかったのを覚えてて。
とても朝の忙しい時間なんだけど、そこで自分を整えて「よし、仕事行くぞ」っていうような。
そこだけ豊かな空気が流れてるんです。 - 松浦
- ニューヨークはほんとに忙しい街で、みんな歩くのも速くて、ついていくのが大変なんですけど、お店の中にいる人達って、急いでないんですよ。
だからみんな、そこで知らない人同士が立ち話していたり、待ち合わせをしていたりする。
急がずにその時間を楽しんでる。
そこに僕らはもっと立ち返らないといけない。用事が済んだらすぐ帰る、では寂しい。

- 高橋
- 意味のある無駄な時間がいっぱいあった。
- 松浦
- そうそう。
若かりし頃って言っちゃうとなんですが、自分がまだいろんなことを知らなかった時に、そういう場所で幸いにもいろんな体験ができた。
それから自分が本屋をやったり、雑誌を作ったり、本を書いたり。
いろんなお仕事をさせていただく中で、自分にとって何が原点としてあるかというと、ほんとDEAN & DELUCAなんですよ。
デザインや空間作りだったり、コミュニケーションの仕方や人の在り方だったり、あのなんとも言えない豊かな空気感そのものを、自分なりに再現したいというのが、アイデアのもとになっていたりするんです。
おいしい料理って、こういうこと。
- 高橋
- 私も、食に関連してフランスもイタリアもたくさん行っているんですけれど、自分の心のなかでは、いつでもニューヨークが基本、みたいなところがあって。
別にヨーロッパが嫌いなわけではなくて、自分らしい切り取り方やシンプルさがある。
それを体現していたのが、DEAN & DELUCA。
ただ当時、お店ができた時にはニューヨークの人も驚いたと思うんです。
デザインだけでなくて、料理のための素材があって、必要なスパイスがあって、向こう側には本があったり、お皿があったりする。 - 松浦
- 当時は分からなかったんですけど、今思い返すと、きっとディーンさんなりデルーカさんがお店にいて、しっかりと自分達が伝えたいものを、自分たちの言葉で伝えていたからだと思うんです。
ただ物を売るというよりも、「おいしい料理ってこういうことなんだよ」とか「みんなこういうことを、もっとしてみたらいいんじゃない」ということを、毎日のように発信していたのが、お店全体の空気としてあった。
結局それが素敵なんだなって。
食べ方は、生き方である。

- 松浦
- 自分の好きなお店って、考えてみると「ここで働いてみたいな」って思う店。
絶対叶わないんだけど、ニューヨークのDEAN&DELUCAで働いてみたい。
ここで働けたらなんて素敵なんだろうって。
あの空間に一日中いられるし、カウンターの中に入って、自分がお客さんに接する側になれたらなと、当時すごく夢見ていました。 - 高橋
- みんな、キビキビ働いていましたよね。

- 松浦
- 働くスタッフが、それぞれの「おいしい」を持っていて、お客さんと接して、堂々とおしゃべりをする。
自分の好きなものをお勧めしたり、お客さんの質問に答えたり。 - 高橋
- 今は日本の洋服屋さんでも、リビングみたいな感じで、洋服もあれば食材もあるような店が、いっぱいあるじゃないですか。
並べ方ひとつとっても、すごく愛情がこもっているかどうかが、明らかに分かりますよね。 - 松浦
- ありますよね。

- 高橋
- やっている人の気持ちが、全体の空気に表れる。
そういった意味でDEAN & DELUCAは、ファッションでやっている店ではなかった。
とはいえ、ニューヨーカーってヨーロッパの人に比べて味蕾の数も少ないと言われていますし、食に関してもそこまで探求心がなかったようにも思う。
でもデルーカさん達が「食べることを、こんなふうにするともっと楽しくなるよ」というのを、多分実践していたからなんじゃないかな。 - 松浦
- そう。
だから食べるということは何なのかって。
もちろん僕らは食べないと生きていけないんですけど、空腹を満たすとか、栄養を摂るだけじゃなくて、食べるということは、人生を楽しむこと。
ディーンさんもデルーカさん、ジャックさんも昔からそれをずっと発信し続けているし、みんなに伝えたかった。
そのビジョンは、日本にもきっと残っているはず。 - 高橋
- そう。
結局食べることは、生きるってことなんだよねって、この年にして、より分かるようになってきた。 - 松浦
- 今でも復刻されていますけど、マグカップにも手書きのものがありましたね。
- 高橋
- 僕もそんなことを、ずっと考えてばかりいるんです。
食べ方っていうのは、その人の生き方なんですよ。
野菜を、お肉を、お菓子をどんなふうに食べるかというのは、自分はどういう生き方をするのかと同じことで。
忙しい時とか、気が抜けちゃう時とか、いい加減な時なんかもしょっちゅうあるけど、でもやはり食べ方は生き方なんだから、大切にする。
それは、本当に大事な気がします。(後編につづく)
>>後編はこちら
松浦弥太郎
YATARO MATSUURA

エッセイスト、クリエイティブディレクター。十代で渡米。アメリカ書店文化に触れ、エムアンドカンパニーブックセラーズをスタート。2003年、セレクトブック書店「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2005年から『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在(株)おいしい健康・共同CEOに就任。「今日もていねいに」「考え方のコツ」「100の基本」他、著書多数。
高橋みどり
MIDORI TAKAHASHI

フードスタイリスト。1957年群馬県生まれ、2歳から東京育ち。大橋歩事務所のスタッフ、ケータリング活動を経て、1987年からフリーのスタイリストとなる。根っからの食いしんぼうの延長線上に今の仕事がある。おもに料理本のスタイリングを手がける。著書に「うちの器」(KADOKAWA)、「伝言レシピ」(マガジンハウス)、「ヨーガンレールの社員食堂」(PHP研究所)、「私の好きな料理の本」(新潮社)、「わたしの器 あなたの器」(KADOKAWA)、「おいしい時間」(アノニマ・スタジオ)など。
松浦弥太郎×高橋みどり
じっくり『おいしい』について話す会
- 日時
- 2019年12月11日(水) 19:30 ~ 20:30
- 場所
- 代官山 T-SITE 1号館2階イベントスペース
- 参加条件
- ① 参加券のみ 1,100円 (税込)
② 雑誌+参加券 1,650円 (税込)
※ご好評につき満席となりました。ありがとうございました。(2019年11月29日)