CHAPTER 37
『Locanda del Campo(ロカンダ・デル・カンポ)』
シエーナと千々石
生きる場所、死んでいく場所として
橘湾の海岸線から山へ向かっていくと、丘陵の農村風景が広がる。
やがて段々畑の中に現れたのは、大きな三角屋根の小さな一軒家。淡いベージュとレンガ色のツートンカラーには見覚えがある……ああ、シエーナの色だ。
イタリア・トスカーナ州の内陸部にある、中世の古都シエーナ。建物という建物がレンガ造りで、街じゅうが夕日のように染まっている。
リストランテ『Locanda del Campo(ロカンダ・デル・カンポ)』の宇治拓磨さん、望さん夫妻は、この美しい世界遺産の街で修業した料理人なのだった。
「日本に帰ったら、お店どこでやる?」
そう話しながら、望さんの故郷、雲仙市千々石(ちぢわ)町をグーグル・アースで見てみた。
西に弧を描く橘湾、東には、拓磨さんいわく「緑がこんもりとした」雲仙岳。第一印象からして、めっちゃええとこやん!だった。
「決め手は、実際に訪れた時。車を走らせていたら下り坂の向こうに海がぱあっと広がって、ぞわっとしたんです。料理人としてよりも、生きる場所、死んでいく場所として“ここだ”と思いました。まだ車から降りてもいなかったのに」
じゃがいも畑だった場所に『ロカンダ・デル・カンポ』が開店したのは、それから6年後の2022年3月だ。土地探しに苦しんで、コロナ禍がきて。だが決して心折れない妻の粘り勝ちか、逆転ホームランの場所である。
店の窓から望む緩やかな段々畑。遠くにはあの海が見え、夕暮れ時には、太陽が世界をシエーナ色に染めながら沈んでいく。
広い厨房は、生地打ち台やパスタマシンが標準装備のイタリア仕様。仕込みの時間、ともにシェフの夫婦はコックコートで向かい合い、火にかけたブロードの香りや野菜を刻む音に包まれながら7歳になる娘の話をしている。
「来週は学校の行事があるね」
「今日はもうお風呂入った?」
二人は今も、イタリアのリズムで暮らしている。
「豊かさ」の背景にあるもの
行ってきます、と望さんが出かけた先は父の果樹園だった。
農家ではなく、家族が食べる野菜や米、果物を育てている「自家菜園みたいなもの」と聞いていたのだが、いやいや、果樹園は広かった。
「子どもの頃は収穫した実を運ぶトロッコがあって、姉とよく遊んでいました」
山あいのひだまりに、橙、かぼす、ザボン、大小の黄色い水玉模様が輝いている。
「熟して自然に落ちたものがおいしいですよ。野生の動物もそれを知っているから、取り合いなんですけど」
望さんはサクサクと選り分け、大きくて重いザボンを軽々と掲げながら斜面を上っていった。のんびりしてはいられない。次は湧き水を汲みに行かねばならないのだ。
一方、拓磨さんの担当は魚介の仕入れである。
小浜の温泉街にある『田中鮮魚店』は、昭和55年(1980年)に創業。現在は二代目の田中点(ともる)さんと美和子さん夫妻、スタッフの永江祐喜(ゆうき)さん(写真)らで切り盛りしている。地元の飲食店や旅館などの料理人から、地元のおばあちゃんおじいちゃん、外国人観光客まで訪れる「まちの魚や」だ。
地元の小浜と半島南端の加津佐、二つの漁港で競り落とした魚が6時から届き始め、出揃うのは9時前後。拓磨さんも地元の料理人たちも、このゴールデンタイムを狙って訪れる。
「僕は瀬戸内海の魚で育ったので、魚種が違ったり、同じ魚でも大きさが違ったり、味も“知ってる味”じゃない。びっくりすることだらけです」
取材時の2月は、赤貝やミル貝をはじめ、蛤に似た本ビノスガイ、岩に寄生するミナ貝。きす、めばる、天然鯛、天然平目。マナガツオに石鯛、ヨコワ(まぐろ)まで運ばれてきた。
真蛸はうねうねと身をくゆらせているし、ヒレの黄色いシマフグはぷくっと膨れている。
私たちは簡単に「豊か」と言ってしまうけれど、田中さんによれば、近年では「磯焼け」が深刻な問題になっているそうだ。原因は、温暖化。海水の温度が高くなったことでウニが大量発生し、海藻を食べ尽くして海が砂漠化してしまうのである。
餌がないのだから魚は減る一方。増えたウニのほうも中身がスカスカで、商品にならないという。
「ただ、漁協ではウニを駆除して藻場を守る取り組みを始めていて、効果が出ているようです」
豊かさの背景には、産地の人々の努力がある。
イタリアをそのままやると、コスプレになってしまう
じつは、宇治さん夫妻にとって「魚」を扱うことは大きな決断だった。
彼らが修業したシエーナは、海から離れた丘陵にあり、肉食文化。慣習的に鮮魚を食べない土地だったからだ。
郷土料理といえば、猪のラグー、牛の胃袋とサルシッチャを煮込んだトリッパ・アッラ・セネーゼ、豆と野菜と硬くなったパンが主役のリボッリータ。そういった野山の素朴な味である。
「でも、それをそのまま千々石でやるとコスプレみたいになってしまう」
葛藤する拓磨さんに、望さんがぽつりと言った。
「千々石にはおいしい魚がいっぱいあるんやから、魚料理せんわけにはいかんよね」
思えば、長い歳月をかけてイタリアで学んだのは、料理のレシピではない。土地の食文化を大事にする、地産地消のスピリットだと気がついた。
豚のレバーペーストはシエーナ人の好物だが、夫妻はこれに、なんと生の赤山海老を合わせた。なぜ「なんと」かというと、現地では、肉と魚介の組み合わせを伝統的にタブーとしてきたからだ。
だが肉も魚介も揃う千々石では、むしろ自然なペアリングに思える。
赤山海老は、ざっこ(雑魚)海老と呼ばれる小さな海老のこと。地元では素揚げやかき揚げにするが、シェフは果樹園の橙を搾ってマリネ仕立てにするのである。
添えたのはフェンネルと、干し柿だ。ラム酒で戻した干し柿のフレーバー、ねっとりとした海老の明るい酸と甘み、軽やかなレバーペースト。山と海と農村が共存する、千々石の風景のようではないか。
農村には、人々の暮らしがある。
温暖な土地ゆえに、裏作で小麦栽培ができる。畑を荒らすアナグマは捕獲する。そしてイタリア料理店の軒先には、干し大根が吊るされている。
そんな日常が、ストゥツキーノ(突き出し)になって現れた。
裏作の小麦によるピザ生地に、小浜のチーズ工房『パインテールファーム』のフロマージュブラン、アナグマのパンチェッタ。大根はウコンと塩で漬けてから、軽く燻してある。
「そこにあるもの」で作られたピザには、北イタリアのビアンケッタ・トレヴィジャーナという庶民的なブドウ品種の白ワイン。これを選んだ望さんの、やさしい眼差しを感じた。
じれったいほど奥ゆかしい人々のような
料理における彼らの信条は、「旬の野菜と旬の魚介」。じつに明快だ。
2月が盛りの長崎長赤蕪、花芯白菜、ニシユタカ(じゃがいも)と、冷たい海で脂を蓄えた平目、という具合である。
花芯白菜は、クミンとネズの実、塩で乳酸発酵。葉で平目の身を包み、寝かせた後、さらに細切りのじゃがいもで巻き込んでカリカリに焼いた。
イタリア人お得意のインボルティーニだ。
白菜の芯の部分は八角を利かせてソースに。また平目のえんがわと卵は、酒盗のように発酵させてペーストに。
「一般に、産卵期の魚は身が痩せるといいますけど、橘湾の平目は、卵を持ちながら身つきもいい時期があるんです」
赤蕪の土っぽい香りが、平目とつながっていく不思議な感覚がした。
ごはんに焼き葱、という削ぎ落とされたフォルムからは想像できない時間と手仕事が詰まっていたのは、リゾットであった。
米を炊くためのズッパ・ディ・ペッシェ(魚介スープ)を作り、それに使う赤山海老の頭や足、殻で魚醤を作り、小長井(こながい)牡蠣でオイスターソースを作っているのだから。
千々石の隣、諫早市小長井町の牡蠣は、有明海の潮の満ち引きと豊富な栄養によって大きく育つ。甘みが強く、こっくりと濃厚な味わいの真牡蠣だ。
ところが、その生産者はどんどん減っている。料理人が活用することで減少の歯止めに貢献できないか?と考えたのが、たくさんの牡蠣を使うオイスターソースだった。
軽く湯通しして乾燥させた牡蠣を、真っ黒になるまで干す。この「干し牡蠣」と葱の青い部分を一緒に、ソース状に煮詰めていくのである。これならば、1リットルのソースを作るのに、60個ほどの牡蠣が使える。
オイスターソースも、魚醤も、イタリアのパワフルな旨味とは違う滋味深さをもたらしてくれる。それは「じれったいほど奥ゆかしく、自己主張が苦手」という千々石の気質と似ているかもしれない。
素晴らしいものはたいてい、一見なんでもない顔をしている。
そして料理人は、奥のほうに隠された原石を見つけ、引っぱり出して磨き上げることが得意な人たちだ。
産地の料理人だからできること、イタリアを知る彼らだから作れる料理。宇治さん夫妻の道のりは、まだ始まったばかりである。