CHAPTER 35 『villa del nido(ヴィッラ デル ニード)』前編
眠れるポテンシャルを、呼び覚ます
瓦屋根とビニールハウスの町で
島原半島の「国見町」をご存知だろうか。
胃袋の形をした島原半島のてっぺん辺りで、サッカーの強い高校がある……くらいの前知識だったこの町を目指したのは、レストラン『villa del nido(ヴィッラ デル ニード) 』があるからだ。
島原港から有明の海に沿って北上する島原鉄道の、多比良(たいら)駅から歩いて15分。
通称「しまてつ」は、海風を切って走る単線のディーゼル車。通学の高校生や病院に通うおばあさんらを乗せた黄色い一両編成は、おもちゃのような可愛気ながら地元の生活を支える足である。
2026年2月。訪れた国見は、不思議な立ち位置の町だった。
半島イーストサイドの島原と、ウエストサイドの雲仙を結ぶ中間点。海でいえば、有明海からさらに奥の諫早湾へつながる途上にある。
歴史では、島原藩が制する半島にありながら、佐賀・鍋島藩の飛び地(領地)として武家文化が築かれた。
強烈な一個性というよりも、異なる性質が少しずつ混じり合いグラデーションを描く、間(あわい)の地だ。
「大根、じゃがいも、イチゴの栽培が盛んで、この敷地も昔は祖父母のイチゴ畑でした。大自然ではなく、人の暮らしがある場所です」
国見生まれのオーナーシェフ、吉田貴文さんによると農業地帯であるという。
どうりで瓦屋根の農家と畑、ビニールハウスが延々と続く。一体、この立地でレストランを営もう、という発想はどこからきたのだろう?
『ヴィッラ デル ニード』は、極めて謙虚な存在感だ。
コンテナのように削ぎ落とされたブルーグレイの建物は、ビニールハウスのミニマルさとどこかつながる。近隣の農家と同じように、庭には植栽。ただし植えられている植物が松やツツジでなく、ハーブや果樹という違いだけである。
「風景」として同調しながらも美意識を感じさせ、それはレストランの中へ入るといっそう研ぎ澄まされるのだ。
ふわりと漂う黒文字の香り、ストーブの上で湯気を揺らす銅の薬缶、窓枠に切り取られた樹木の緑。
床以外、壁も天井も無垢の木だ。木材となっても生き続ける大樹の生気を吸い込んで、意識せずとも、ゲストの呼吸はゆっくりと深くなる。
自然とつながって生きている
吉田さんは23歳で飲食を志した時からイタリア料理を選び、北イタリア・ピエモンテ州でも1年間研修している。
レストランを開くなら都会で。
あたりまえのようにそう想定し、福岡・博多で物件を探していた、その独立準備中のことだった。
臨時で働いた糸島のカフェは、オーナーもスタッフも全員サーファー。彼らは海の恵みを享受するだけでなく、海のために環境保全活動もしていたのだ。
自然とつながって生きている、と感じた。
「街の店で働いていた時、いつの間にか“売上のために仕事をしている”感覚になっていました。でも糸島の彼らは、お金にならない活動でもめっちゃ楽しそうにしている。ああイタリアもそうだったな、と思い出したんです。自然との距離感や、自分たちの地元や文化、家族を大切にする考え方。現地であんなに感動したじゃないかと」
だから、故郷で。両親も親戚も友だちも近所に住んでいるこの国見町で、2015年6月に開業した。
イタリアを知る料理人の多くがそうであるように、吉田さんもイタリアに敬意を持っているからこそ、当初は「現地の郷土料理を忠実に」と考えていた。
だがいざ地元に戻ってみれば、食材があまりに輝いていたのだ。
農薬や化学肥料を使わず、固定種・在来種の種採り農業を実践する『竹田かたつむり農園 』の竹田竜太さん。ひとりでサフォーク種の羊を育てる女性。自家飼料と平飼いによる鶏卵生産者。素潜り、手銛(てもり)による伝統漁法を継ぐ漁師。
島原半島の、自然と人間が育む産物がある。
「そこを飛び越えて、輸入食材を使う意味があるのだろうか?」
誰かの郷土料理でなく、僕らの食材から生まれる郷土の味を。
吉田さんにとって料理の軸が変わったのは必然の理で、結果的に、それこそがイタリア的な在り方だと気がついた。
食材の「伸びしろ」を伸ばす仕事
吉田さんの料理は、“おいしい食材をそのまま”ではない。
「僕はむしろ、食材の伸びしろを伸ばすところに料理人の役割があると思っています」
たとえば竹田さんが大事にしている在来種の一つ、雲仙こぶ高菜は、アクもクセもない穏やかな青菜。一般には甘みのある茎とこぶの部分、葉が好まれるが、吉田さんにとっては花や種のほうが「伸びしろ」だ。
春にトウ立ちした花芽はぴりっとした味わい。種は酢漬けにしておけば、プチプチとした食感がさまざまな料理のアクセントになる。
この日の前菜ではそれらが、ねっとりと甘い有明の白海老をより際立たせていた。
有明海で捕れる巻き貝の一種、コウカイ(テングニシ)は、鮑のようにきびきびとした身の歯ごたえが格別。だが捨てられる部分の、硬い貝蓋だっていいだしが取れるのだ。
その証明が、コウカイのスープになった。
塩味は貝の塩分だけ。国見の生姜と唐津のサフランが南蛮的な香りを添え、体をほんのりと温めてくれる。
慣習的に食されない部分、まだ誰も気づいていないおいしさ。「伸びしろ」とは食材の眠れるポテンシャルであり、料理人とは、それらを発見すると無条件に胸が高鳴ってしまう人々のことかもしれない。
そうして厨房には、自家製調味料がどんどん増えていった。
じゃがいもやビーツなどを、塩と米麹で発酵させた味噌。
収穫後、畑に残った未熟な苺はピクルスに。
水茄子や平家きゅうりは塩水に漬けて乳酸発酵。
「羊の醤油」と呼んでいるのは、赤身肉を塩と米麹で発酵させ、一度火入れしてから熟成させたエキスである。
「瓶の中でも熟成が進むので、作りたては旨味控えめの塩分強め。寝かせれば寝かせるほど旨味が出てきて、まろやかになります」
尊敬する生産者の食材を、余すところなく生かし切りたい。
同じ理由で、鶏卵生産者からは廃鶏(卵を産む役目を終えた親鶏)も引き受け、こちらは「味噌」と呼ぶペーストにしていた。
「(廃鶏の肉は)すごく硬いけど、旨味は強いんです。だったら蒸した肉を発酵させて、鶏味噌のようにすれば活かせるかなと」
ウコンとパクチーの「根」や、もち麦を収穫した後の「藁」といった「じゃないほう」の部分は、コンブチャに。
「コンブチャは、スコビー菌(酢酸と酵母による種)が糖分を食べて発酵し、酸味が出ます。だから発酵が若いうちは甘酸っぱくて、だんだん酢に近づいていく」
そんなふうに、乳酸発酵や麹漬け、天日干しにパウダー……。
どの食材をどう生かし、どんな料理に、いつのタイミングで使うか。「伸びしろ」を伸ばすほど、料理の可能性も限りなく広がっていく。
食べものになってからも幸せになれる
この日、羊の醤油は、まるで溶岩のように有機的な一品に使われていた。
乾燥させたトマトを羊の醤油で戻し、有明海の車海老と海苔、発酵レモン、フェンネルの種。それらを口に含むと、車海老の旨味と食感が、あろうことかトマトと同化する。へー!とびっくりしている隙に、さわやかな酸味が抜け、海苔の香ばしさが追いかけてくるのだ。
メニュー名は「調和」。一見バラバラな個性に寄り添い、ひとつにまとめているのは紛れもなく、羊の醤油である。
かつお節ならぬ「羊節」は、在来種の赤紫大根、キジハタ、2年物の自家製からすみと重ねて美しいミルフィーユに隠れていた。ソースはウコンとパクチーの根のコンブチャ、葱のオイル。
赤紫大根の苦みとみずみずしさ、キジハタのねっちりとした旨味に、羊がしっかりと香ってくる。冷たい料理だが、なぜか体がぽかぽかしてくるのだった。
一方、堂々たるメインは10カ月のラム、背肉のローストだ。
部位、厚み、火入れもすべてが計算されたラム肉は、しっとりとしたやわらかさに、さくっとした小気味良さが混じって楽しい。
脂身には、塩漬けしたアオサノリを羊のだし汁で炊いたペーストをちょんとつけてみる。すると肉料理なのに、羊の脂が潮の旨味と重なっていくのである。
ピュアな味わいに、羊の幸福を思った。
前日、羊の生産者を訪れていたのだ。大切に育てられている様子を見て、私は思わず呟いた。
「食べものになる動物ですが、それまでの時間は幸せに過ごしているのですね」
すると、こんな言葉が返ってきたのだ。
「この子たちが吉田さんのところへ行くと、食べものになってからも幸せになれます」
吉田さんは帰郷してから、生産者たちに教わることのほうが多いと言う。
けれど彼らのほうもまた、「信頼して食材を託せる料理人」という新たな希望を得たのかもしれない。
次回は彼ら、『ヴィッラ デル ニード』をともにつくる生産者たちの物語をお伝えしよう。