CHAPTER 36 『villa del nido(ヴィッラ デル ニード)』後編
土地よりも、人
でも、吉田くんなら
僕らの食材。
国見町のレストラン『villa del nido(ヴィッラ デル ニード) 』の吉田貴文シェフがそう語る時、「僕ら」とは地元のことでなく、地元の「生産者」を指している。
土地よりも、人。尊敬する人々がつくる食材だから、料理をする意味がある。
「そんな生産者は、たくさんいるわけではありません」
たとえば、コースのメインに登場する羊。
北海道でなく、この島原半島で?とシェフも驚いたほど珍しい羊、100頭あまりを一人で育てる女性がいる。
特別に取材を許可してもらい、羊小屋を訪ねた。
「人と話すより、羊たちとお喋りすることのほうが多いかも」
そう笑う彼女は、寄ってくる羊に「どしたどした?」と声をかけ、取材者から逃げる羊は「びっくりしたねえ、ごめんねー」とそっと撫でる。
逃げられるほど、広くて自由な畜舎なのだ。
標高300メートルの山にあり、冬には雪が降るほど冷涼で、暑さと湿気の苦手な羊には過ごしやすい。しかも畜舎の床には発酵したおがくずが撒かれ、まるでふかふかのベッドである。
「自分が羊ならここで寝たい?と考えたら、ふかふかに」
もともとは、動物が好きで始めた仕事。彼女は1頭1頭に注意を払い、些細な異変にもすぐ気づく。
「羊は敏感で、びっくりしたら、具合が悪くても群れに隠れて必死に逃げるんですよ。だから一見元気そうでもちゃんと見ます。気づくのが遅れれば重症になってしまうので」
人間の利益のために飼われる動物は、経済動物と呼ばれる。
わかってはいても、友だちのように、自分ごとのように、子どものように接している彼女は、そんなふうに割り切れない。
出荷の際には「まだここにおってー!」と願ってしまい、「悔いが残らないくらい管理したんだから、見送らなきゃ」と思い直す。毎回のように葛藤を繰り返しながら、やはり決まって、最後にはこう思うのだそうだ。
「でも、吉田くんなら」
成長のスピードや、わずかな餌の違いにも気づき、穏やかな歳月を肉質に感じてくれる料理人。彼の手に渡せるならば、羊は「食べものになっても幸せになれる」と信じられる。
その安心感は、生産者にとっても幸福である。
まずは鶏たちを大地におろす
黒米のクレープは、『ヴィッラ デル ニード』の看板デザートだ。
在来種の黒米による、香ばしくもっちりとした食感の生地に、ホワイトチョコレートとパッシート(干しブドウから造るデザートワイン)のプリンを挟み込んだミルクレープ。
渋皮煮の栗を冠に、シナモンとグラッパのシロップをつややかにまとった王女のような佇まい。ドレスのロングトレーンのごとく引かれているのは、『桑田自然農園 』の平飼い有精卵「元気玉子」で作るアングレーズソースである。
「卵黄が淡いレモン色をしているので、卵黄だけを使っても白いソースになります」
やさしく、澄んだ味わいのアングレーズは、この卵なくしては違ってしまうのだろう。
生産者の桑田博文さんは元公務員で、小学生ソフトボール部のコーチもしていた。
「貴文くんも別の学校でソフトボール部。球が速くて、いいピッチャーだったんですよ。あの子が、料理人になって私を訪ねてくるなんて」
じつは桑田さん、公務員時代から密かに農業への夢を持っていて、子どもの卒業を待って早期退職。50歳から自然栽培による野菜と、自然養鶏を始めた。
人通りのない山の上にDIYで建てた鶏舎は、太陽の光や風が通る構造だ。
「まずは鶏たちを大地におろす。走ったり飛んだり、好きなように生活させてやります」
しかも彼女らが食べる餌の、なんとテロワールなことか。
主食は、有明海の干拓地で作られる玄米と米ぬか、もみ殻に山の腐葉土を混ぜて発酵させる。腐葉土に棲む微生物、土着菌がよい発酵を促し、鶏の胃や腸を整えて元気にしてくれる。
これがごはんだとすれば、おかずは特産の大麦・小麦や、国内産大豆のみ扱う豆腐店から毎朝仕入れるおから。自然栽培の畑から持ってくるはね野菜。
時々もらえるおやつには、うどん専門店でだしを取った後のかつお節やいりこ、といった具合である。
桑田さんもまた、鶏をよく「見る」という。
「鶏の世界にも、いじめがあるんですね。鶏だって、仲間からつつかれたりされると苦しいでしょうから、そういう弱い鶏はいったん群れから離して面倒を見てやります。するとだんだん元気になっていくんですよ」
鶏舎の外には、みかんやデコポン、梅の木も茂っている。鶏のために、桑田さんが少しずつ植樹したのだそうだ。
「暑くなる夏は鶏舎の外に出て、木陰で涼しく遊べるといいだろうなと思ってね」
不意に、あのやさしくて澄んだアングレーズの味を思い出した。
種を採って育てることは、あたりまえじゃない
『ヴィッラ デル ニード』のテーブルに通されると、上質な白いクロスの上にオブジェが飾られていた。と思いきや、時を終えた植物の姿だった。
『竹田かたつむり農園 』竹田竜太さんが手がける、黒田五寸人参の花。
1本の花軸から、繊細な柄が線香花火のように散って広がり、先端に小花を咲かせる。枯れてなお美しい自然の造形は、吉田さんの表明でもある気がした。
チームとなって種採り野菜の世界を表現していく、という決意。
「竹田さんの畑に野菜がない時期でも、じゃあほかの生産者で、とは思いません。だから野菜を干したり漬けたり発酵させたりして、年間を通して使えるようにしています」
ちょうど黒田五寸人参が盛りの2月。それは雲仙こぶ高菜やコウカイの身と、トロフィエ(ねじり形の手打ちショートパスタ)のバターソースになっていた。人参の力強い土の香り、こぶ高菜のとろみと甘み、コウカイの旨味。
時々感じる燻した香りと歯ごたえは、「種」だ。
「日本人は古来、種も食べていたと竹田さんから教わって」
在来大根の種をローストしたパウダーと、粒の麹漬け。かじると、大根のほろ苦い味わいもちゃんとする。
竹田さんは、固定種(在来種)の種採り野菜を、農薬や化学肥料を使わずに育てている。固定種とは、育てた野菜から理想的なものを選んで種を採り、長い歳月をかけて性質を固定化してきたものだ。
「種を採って育てる」なんて、あたりまえと思うだろうか?
否。現状、種は「毎回買う」ほうがあたりまえだ。
日本市場の9割以上が、F1種と呼ばれる種からつくられている。
形が揃い、育てやすく、一定の収穫が見込める。そんな“いいとこどり”の性質は、多くが雄性不稔(雄しべに花粉ができない)による優性遺伝のメカニズムを利用しているため、同じ性質が次に継がれることはない。
対して固定種は、代々ゆっくりと強くなり、気候風土に馴染んでいく野菜である。
畑が、あまりにも美しくて
竹田さんが種採り農業へ向かったのは、同じ雲仙市の農家・岩崎政利さんがきっかけだ。一部でなく、ほぼすべての野菜を自家採種していることに驚いて、講演を聴きに出向き、勉強会にも参加。
「何より衝撃だったのは、岩崎さんの畑があまりにも美しくて」
その美しさとは、なんだろう?
「(F1種を使う)一般的な農家は、一つの畑に同じ作物を植えます。同じ成長スピードで育て、一度に収穫し、大量に売るのが効率的だから。でも岩崎さんは少しずつ、さまざまな野菜を植えていた。人参、蕪、大根などがそれぞれの色や形で、畑で混ざり合っている美しさです」
植物は、土の中で根っこを介し、助け合っているといわれる。
別の性質を持つものが互いに補い合い、ともに生き延びようとする植物の本能。多種多様な畑は、その生命力を証明していた。
竹田さんは2016年に新規就農。現在は年間60種類ほどの野菜や米を育て、9割が自家採種である。
この10年で痛感したのは、経営の難しさだ。一般的な農業と比べて「手間は倍、収量は半分」。すると野菜の価格を上げざるを得ない。
だが、固定種や種採りの価値をわかって、割高な野菜を買う人がどれだけいるだろう?そもそも農業地帯の地元では、野菜は買うものでなく、親戚やご近所からもらうものなのだ。
関心を寄せてくれるのは、ほとんどが島原半島外の飲食店や施設である。野菜を送るにしても、梱包資材や人手など、別の経費と労力が当然かかる。
「意義だけでは、続けられません。かつて勉強会で一緒だった仲間も、4人のうち2人は種採りを辞めてしまった。それほど経済的には厳しい農業です」
千年先のために、今、種を採る
でも、だからこそ竹田さんは「何がなんでも種採り農業で生きていく」道を模索する。体験イベント、農園ツアー、教育活動。諦めるわけにはいかない理由があるのだ。
「僕は千年先のために、今、種採りをしています」
種は、記憶する媒体だという。
遺伝情報はもちろん、育った畑の環境や気候といった記憶までも、微生物を介して種に組み込まれていることが近年明らかにされている。
ならば、と竹田さんは考える。
人の肌などに存在する常在菌もまた、種の記憶になるのではないか?
記憶=情報は多ければ多いほど、環境や人間に適応した健全な野菜になっていく。そうした野菜は、食べる人間をも健全にしてくれる。
「人の命は途絶えても、育てた種の中には人の記憶が入っていき、未来に生きる人の役に立つわけです。一万年以上前から続いてきた農業は、次世代のために“種”という命のタスキを渡し続けてきたので今があります」
そして「タスキを渡す人」になり得るのは、種採り農家だけでなく、今を生きるすべての人たちだ。竹田さんはそう考えて、小学生もその親たちも、海外からの研修生も、あらゆる人を畑に招き、種採り体験をしてもらっている。
『ヴィッラ デル ニード』では「おいしさ」が、種採り野菜への入口になる。
「日本じゅうが種採りを始めれば、種苗会社から毎年買わなくても、輸入に頼らなくても、自国で野菜を生産できる未来がくるかもしれません」
いつの日か、「種を採って育てる野菜」がスタンダードになるように。竹田さんと吉田シェフは、未来への種を蒔いているのだ。