CHAPTER 34
『BEARD(ビアード)』種採り野菜を知っていますか?
自分は何を“おいしい”と感じているのか?
雲仙市小浜町の『BEARD(ビアード)』が、2026年8月いっぱいで終了する。
「次のステップへいくための閉店です」
原川慎一郎シェフの言葉は、やり遂げたいことがある、という表明にも聞こえた。
振り返れば、東京ですでに名の知れた料理人が、この小さな海辺の温泉街にカウンター8席のレストランを開いたのは2020年のこと。
移転、そして移住の理由は、雲仙に「種採り農家」岩崎政利さんがいるからだ。代々継がれてきた固定種の野菜を育て、選抜して自ら種を採り、また次の世代を育てる生産者である。
「東京でもオーガニック野菜は使っていましたけど、岩崎さんの野菜は何かが違ったんです。おいしいのはわかる。でも何が違うのか、自分は何を“おいしい”と感じているのか?本当のところは、現地でなければわからないと思って」
“訪れる”のでなく移り住んで、同じ土に立ち、今日の天候を感じ、「おはようございます」と挨拶を交わして初めて見えることがきっとある。
とはいえ、だ。
だからといって空港からバスを乗り継いで2時間半もかかる、見知らぬ温泉街にレストランを開いてしまうなんて。
東京の人々を驚かせた決断から6年間。ではこの小浜で、原川さんが表現し、伝えてきたこととはなんだろう?
野菜の切れ端を湧き水で炊いただけ、なのに
小浜の『ビアード』を訪れたのは2026年2月だった。
海を望む2階建て長屋に、元理容室の店名が消されたままの看板。両開きの木製扉、パリのクラシックなビストロを思わせるドアハンドル、昭和デザインの壁紙、農や自然の気配。
異質な美が不思議と調和する空間は、原川さんその人に重なる。
彼はフラットなカウンターを挟んで客をもてなすのだが、亭主と客がともに一期一会を味わう在り方は、茶の湯のようでもある。
実際、コースは侘び寂びのごとき「野菜だし」から始まった。
「75歳になる岩崎さんと、23歳で種採りの農業を始めて8年目の田中遼平くん(田中農園)の野菜です。料理に使った野菜の切れ端を湧き水と一緒に火にかけ、沸いたら止める。塩もほんの少しだけ」
え、本当にそれだけ?
と口をついて出そうになったのは、ひと口含んだ液体が、想像を超えて力強かったからである。
大根や蕪が由来であろう、苦味を含んだ香りとミネラル感が複雑に溶け合い、ぐんぐん膨らんでゆく。「ほんの少し」の塩がこれらをまとめ、体が、同じ浸透圧の液体を喜んで受け入れるのだ。
原川さんは「何もしていない」と言うけれど、この、足しも引きもできない塩の塩梅は料理人の裁量。
続く白菜もまた、削ぎ落とされた風情が茶花にも見えてくる。
岩崎さんの白菜を温泉の湯でゆで、下には白い部分を葛でつないだペースト。緑の葉のピュレは、わさびを思わせる爽やかな香りがした。
小浜の温泉は塩分濃度1%弱で、料理にちょうどいい塩気。そう言って原川さんは朝一番に、目と鼻の先にある『湯宿 蒸気家』で源泉を汲み、あらゆる料理に使っている。
肉料理のような黒田五寸人参
2月は、岩崎さんの畑が一年で最も賑やかになる時季だ。
とくに根菜。大根は日本人に最も馴染み深い野菜の一つで、それぞれに故郷と家系、家風といった背景を持っている。
この日の畑からやってきたのは、雲仙赤紫大根、熊本在来の五木赤大根、鹿児島在来の横川つばめ大根。
「雲仙赤紫大根は、江戸時代に鍋島藩(佐賀)が雲仙の国見を領地とした際に持ってきた、女山三月大根が先祖です。この大根は首に近い部分だけが赤紫色ですが、岩崎さんが長年かけて種を選抜し、表面全体が赤紫色の品種に育てたんです」
原川さんは、皮の赤紫と芯の白が鮮やかな雲仙赤紫大根は輪切りに、しゃきっとした五木赤大根は細切りに、横川つばめ大根は温泉でさっとゆでて、海の旬であるカンパチの刺身を潜ませた。
メインディッシュは人参。
岩崎さんが最初に種採りをした黒田五寸人参が主役で、真鯛のソテーがつけ合わせ、という主従逆転。
「今年で45年目の収穫です。そんな人参、世界でもほかにありませんからね」
皮ごとオーブンでじっくりローストした後、煮詰めた人参の水分を表面に塗りながら軽く焼く。アロゼ(焼き汁や油脂分をかけながら焼く調理法)のような手法といい、堂々たる風格といい、まるで肉料理だ。
ナイフを入れると、手に伝わるもっちりとした肉質。同じ人参のピュレやソースを絡ませて口に運べば、人参の濃密な香りと甘味に、全員が言葉を失った。
またしても「焼いただけ」である。
「“味つけ”すると、その野菜が消えてしまいます。僕はどう料理しようとか狙おうとしないで、無になりたい。ふと何かする、くらいがいいと思っています」
雲仙での6年の歳月が、「ふと」をもたらしたのだろうか?
訊ねると、「自分の感覚が磨かれたというよりも、野菜と仲よくなると、野菜のほうが合わせてくれるんですよ」と返ってきた。
野菜は自らの意思でおいしくなる。
ただ、食べる人間のために少し手を添えるのが自分の役割。
そう考える料理人にとって、「今日のメインディッシュがおいしかった」とお客に思わせたならそれは失敗。「この黒田五寸人参、おいしいね」の声が聞こえたら、本日の目標達成である。
小浜でレストランをすることは、実演販売
「結局僕は“岩崎さんの野菜ってすごくないですか”とか、“新しい世代ががんばってるんですよ”とか、誰かに伝えることが好きなんですね。小浜でレストランをすることは、言ってみれば実演販売みたいなことかもしれません」
その原川さんが推す、「雲仙の種採り農業を継ぐ、期待の次世代」がいる。
一人は、2027年から新規就農する『一ノ日』の新居真人(なおと)さん。
まだ販売はできないが、この日は提供された野菜を使い、特別に新居さんの畑の一品を作ってくれた。
長崎のお正月に欠かせないというかつお菜は、菜種油でパリッと焼く。武州寒菜(ぶしゅうかんな)の花芽は米粉でカリカリのフリットに。温泉でさっとゆでた滝野川かぶは、水分が滴るほどジューシー。ワイルドなルッコラは、国見産のレモンと塩だけで和えた途端、荒々しい辛味が落ち着いて魅力に変わった。
そうして、料理人としての感想や意見をフィードバックする。若い生産者にとって原川さんは、心強いアドバイザーでもある。
もう一人は、自家採種の米を栽培する『皐月(さつき)』の 鈴木伶於(れお)さんだ。名水百選にも選ばれた地域で、農薬や化学肥料を使わずに米を育てる若手である。
コースの締めに、原川さんは「朝日」という品種を選び、湧き水と羽釜で炊いた。
かつて西日本を代表するも栽培が難しく、育てる人が減ってしまった米である。大きめの粒は甘味豊かでありながら、さっぱりとした後味。
炊きたてのごはんに、岩崎さんの壬生菜の浅漬け。
そしてなんと、原川さんはコート・デュ・ローヌのグルナッシュを添えたのである。ごはんに赤ワイン!
しかしなぜかどうしてか、若々しくフレッシュな酸味が、お日さまを感じるこの朝日に合ってしまう。
「ごはんに梅干し、みたいな」
私たちは思わず笑って、食材とつくり手、料理人に感謝した。
だから、次のステップへ
「種採り農家が育てる作物は、人間や動物と同じ生きものです」
種は生命。生命をつないできた固定種の野菜を食べることは、人をも生かすことであり、彼いわく「人類に必要」。
だから、まずは人々の関心を種採り農業に向けることが小浜の『ビアード』のミッションだった。
その通り多くの人が小浜に足を運んだ6年間。
一定の成果は成した一方で、新たに痛感した問題は「時間がない」という現実だ。
そもそも固定種の野菜を育てる生産者は、極端に少ない。
収量が不安定、規格外(不均一)など、商業流通には不利な野菜だからだ。今がんばっている生産者は「意義」を支えにしているが、経済的、体力的な負担は大きい。
このままで、いいわけがない。
「種採り農業が絶えないよう、一刻も早くこの状況をなんとかしたい。だから、次のステップへ」
雲仙だけでなく、日本へと視野を広げるのだ。
原川さんが各地で営む種採り農家を訪ね歩き、彼らの声を拾い上げ、世の中に伝えていくプロジェクト。料理人が動くことで、一人でも多くの食べ手が「種」の大切さに気づき、持続可能な種採り農業をみんなで考えられるように。
詳しい時期は未定ながら、『ビアード』の務めを終えた後にスタートさせる予定だ。
「有機農法による固定種の栽培や、種採り農業をしている農家さん、続けることを迷っている方がいればインスタグラムのDMからいつでも僕に連絡ください。って、書いておいてくださいね」
やはり原川さんは、料理人という活動家である。