僕らの新しいローカリズム

僕らの新しいローカリズム|岐阜 郡上
森林大国・岐阜県のなかでも、土地の9割が深い森に覆われた郡上市。
長良川をはじめとした3つの河川では
鮎が泳ぎ、鳥は休み、釣り人や遊ぶ子どもが清流を分け合う。
山の谷間に生まれた城下町では
身分など関係なくともに踊る「郡上おどり」が400年以上続き、
仲間で助け合う「頼母子(たのもし)」の風習は、飲み会となって今も現役。
やさしい土地では、誰もがやさしくつながっている。
文/井川直子 写真/伊藤徹也
CHAPTER 31『S³/畑中商店』
黒糖のような土
『レストラン RAVI』
の壁に掛かる、1枚の写真に目が留まった。
節ばった無骨な農夫の手が、いかにもふっかりとした漆黒の土の上に置かれている。まるで子どもを寝かしつけるように、やさしく手を当てているのだ。
「土を撫でているんです。彼は畑の土を全部、こうして何時間もかけて撫でていく」
シェフの山下一宇(かずいえ)さんが教えてくれた。
彼、とは郡上市の六ノ里で自然栽培を行う嶋田幸洋さんだ。
『S³(エスキューブオリジン)』
という屋号を掲げ、農薬や肥料を使わずに野菜を育てている。
あの土臭さがなく、だしのような味わいを持つ不思議なごぼう
(CHAPTER 30)
は、この土から生まれたのだった。
翌日、シェフに嶋田さんの畑を案内していただいた。
「土が土じゃないみたいですね」
ファインダーを覗くカメラマンの声が驚いていた。
たしかに土は、砕いた黒糖みたいに素朴でエアリー。嶋田さんが、その黒糖を手でさくっとすくい上げると、私もうっかり「おいしそう」と呟いてしまう。
「団粒(だんりゅう)といって、土の一粒一粒の中にいっぱい穴が開いてるんです。そこに生きた微生物がいろいろ棲んでいる」
地質でいえば、火山灰由来の黒ボク土。空気を含み、水はけがよく、保水性もある優秀な土で、世界では全陸地の1パーセント未満の希少性。だが火山の国・日本では、じつに畑作地の47パーセントがこの恵まれた土壌だ。
嶋田さんの畑は、菌を含む豊富な微生物によってさらに団粒化が進み、彼いわく「エネルギー」が強い。
その自信には、科学的な裏づけがある。
土壌分析(SOFIX農業推進機構)にかけると、畑の土1グラムに微生物が12億個も確認された。平均は6.9億個、農薬使用の土では2億個以下というからすさまじい数だ。
それら微生物が働くことで、土中の窒素やリン酸、カリウムも増えることになる。
ナウシカの森みたいな畑がいい
では「土を撫でる」ことには、どんな意味があるのだろう?
嶋田さんは「そこは科学的には語れないんやけど」と前置きして、こう教えてくれた。
「人の常在菌が影響する気がするんですよね。(同じ畑の同じ土でも)植える人によって野菜の味が違うとか、実際にあるんです」
彼の畑において、人間が手を施すところは「種を蒔く」と「草を刈る」。肥料も水も与えないから、土に「頼むよ」と願いながら土を撫でる。祈りにも似た儀式である。
「草を刈る」をもう少し詳しく言うと、嶋田さんは雑草をすべて刈り取るわけじゃない。
ほどよくバランスで、刈った草は土の保温や微生物の棲み家となるよう畑の土にかぶせておく。一方で草を刈らずに残すのは、光合成によって根から糖分を出し、それを餌に微生物が活発に働いてくれるから。
植物には、自分たちが生きやすい土を、自分たち自身でつくっていく力がある。雑草も作物も微生物も、土の中では助け合って共生しているのだ。
「『風の谷のナウシカ』に出てくる腐海(ふかい)の森みたいなイメージ。菌だらけの森だけど、それが大地を浄化して土の中はすっごい綺麗な世界という、そういう畑がいい」
「種を蒔く」のほうは、適期の見極めが重要だ。適期が少しズレただけで、うまく成長できなかったり虫に食われたりと収穫に影響してしまう。
「気温や地温をデータ化してある程度予測はできるけど、最後は感覚です」
気候変動の激しい昨今、実感ではここ4年ほどで、適期はよりピンポイントになっているそうだ。
わかりやすい味じゃない
嶋田さんの畑は、最初から肥沃だったわけじゃない。
耕作放棄地を借りて農業を始めたのが2019年。水はけが悪く、ぬかるんでいて、地力(ちりょく)を失っている土だった。
当初は有機栽培のとある手法を採用していたものの、自分の野菜が「全部同じ味」であることに違和感を覚えた。みんな味が濃い。でも、それのどこが引っかかるのだろう?
「押しの強い味に、僕の舌が疲れてしまったんです。それで農法を一から考え直した。自然栽培では野菜がごく繊細な味になる分、わかりやすい味じゃない。けど、わかってくれる料理人がここにいるから」
山下シェフが、「またなんかやってる」と言いながらも嶋田さんの試行錯誤歩みにつきあう理由は「毎回想像を絶してくる野菜の味」に尽きる。
この日も、畑で手渡された水菜が野生のルッコラのような辛味を含んでいた。本来は鍋の具材などにして加熱して食べる、古い在来種だ。
すると葉をかじったシェフが「漬け物にしたら絶対うまい!」とギアを上げた。
フランス料理出身のシェフが漬け物?
じつは郡上には、日本でも珍しい発酵文化が育まれていた。『RAVI』では漬け物やみそといった発酵食品、保存食を料理に生かしている。
「山間地で冬も厳しいので、タフな菌でなければあっという間にカビちゃうし、たぶん生き残れない。その環境で継承されてきた発酵文化が、日本でも独特なものらしいんですよね」
山下シェフが「らしい」と言ったのは、彼らに自覚がなかったからだ。
地元ではあたりまえの発酵食品が「じつはすごいこと」と教えてくれたのは、発酵文化研究者の小倉ヒラクさんや、東アジアの発酵文化を研究する発酵職人の金建三(キム ケンゾウ)さんである。
彼ら発酵のスペシャリストたちが郡上に魅了され、今も足繁く通っている。そのきっかけをつくったのは
『畑中商店』
がつくる地みそだった。
なんで大陸の味が郡上にあるの?
『畑中商店』は大正12年に創業した、そもそもは麹屋である。
古くから郡上に伝わる地みそや地たまり(醤油)も手がけ、現在三代目の畑中雅喜さんと美里さん夫妻が代々の製法を受け継いでいる。
「2020年に小倉さんがうちへ来て、みその味見をされるや “なんで大陸の味が郡上にあるの?”って驚かれたんです」
その時、美里さんが紹介したのは「みそ麹」と呼ばれるものだった。
日本のみそは、蒸した大豆に種麹と塩を混ぜ、丸めた団子を桶に詰めて発酵させる手法が一般的。だが郡上では、大豆のほかに大麦も使うのだ。
大豆は蒸すのでなく、ゆでる(煮る)。大麦は焙煎したものを粉砕して粉状の「香煎(こうせん)」にする。
この2つに種麹を混ぜたものをひのき製の麹蓋(箱)に入れ、タフな蔵つき酵母が宿る麹室で世話をしながら「みそ麹」をつくるのだ。温めながら、4日間という日数も長めである。
ここまでもいろいろ違うが、最も特異なのは「みそ麹に塩と水を加えたものを、全量発酵させること」。中国では見られる製法だが、それがなぜ郡上に根づいたのか。中国の僧侶が布教のために辿ったルートとも推測できるが、真相は謎だそうだ。
今、そこにある野菜で作る「みそ煮」
地みそは固体から液体に近づいたような、とろっとしたテクスチャー。これを小鍋仕立てにした「みそ煮」は、郡上に伝わる家庭料理である。
畑中家の台所で、夫妻と山下シェフがみそ煮を作ってくれた
「本来はお客さんに出すようなご馳走じゃないんですよ。私らの、日々の糧(かて)だから、どちらかというと恥ずかしい料理」
庭や畑の野菜を切って、水で溶いた地みそと一緒に小鍋でぐつぐつ煮る、それだけ。その時季にある野菜を使うから、おのずと季節の味になる。
野菜はだいたい1種類で、この日は茄子だった。香ばしくてコク深いみそを茄子がたっぷりと吸い、茄子自身の甘味とみその酸味が後を引く。ごはんにのせたらもう、みんなのおかわりが止まらない。
みそが煮詰まってくると、美里さんはなんと、食卓にある湯呑みの番茶をじゃっと注いだ。
「そのくらい適当でいい料理なんよ」
でもなぜだろう、だしでもないのに、番茶を注ぐ度に味がどんどんまろやかに変化していくのだ。
雅喜さんが「昔は白いごはんじゃなく、麦飯やったなあ」と言い、麦のぷにゅぷにゅした食感にみそが絡んだら、それもおいしそう!と想像した。
あの子のがんばり次第やな
しかし今、地元ではみそ煮を作らない家庭が増えているという。
「こんな黒っぽい食べものより、子どもはウィンナーやハンバーグの方が喜ぶからって言って、親は知ってても食べさせんわけよ」
そこで『畑中商店』ではワークショップや小学校の課外授業などを通して、みそ煮を伝える活動をしている。
みそ煮を食べた6年生のひとりが、こう言ったそうだ。
「12年間生きてきて、これを知らなんだがすごく悔しい」
ウインナー好きなはずの子どもたちが3杯も4杯もおかわりして、いつもは食の細い子でさえ残さず平らげたという。
みそ職人の畑中さん、野菜農家の嶋田さん、料理人の山下さん、そして発酵のスペシャリストである金さんがタッグを組んで、2024年から掲げているのが「F.T.F(farm to fermentation)」。畑から発酵へ。
現在は発酵にまつわるイベントが中心だが、いつか嶋田さんの大豆と大麦で、地みそや地たまりを造るのが畑中さんの目標だ。
「嶋田くんの葱を食べた時、私らが子どもの頃に食べたような懐かしい味がしたんです。こういう葱やったんよ!これなんよ!って叫んだくらい。それで作ったみそ煮も昔の味がした」
美里さんの記憶によると、この地域では昔、山で刈った草を田畑に敷いて作物を育てていた。草と共生する考え方は、嶋田さんの畑と同じだ。
「そういう畑で育った野菜はね、味が濃ゆくないんですよ」
なるほど、と腑に落ちている私の横で、畑中夫妻と山下シェフは「嶋田さんにがんばってもらわんと」「あの子のがんばり次第やな」と家族のように笑っていた。

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ARTISAN INFO
- S³(エスキューブオリジン)
- 嶋田幸洋さんは、愛知県から家族三世代で六ノ里へ移住。山の木を育てる山師(やまし)や猟師の仕事をしながら農業を学んだ。現在は農薬や肥料を使わない自然栽培を実践し、農の教室も開催している。冬季は、畑のさつまいもによる炭焼き芋の移動販売が地元で大人気。S³とは、Seeds/Soil/Soulの意。
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次回からは、長崎県・島原半島編が始まります。半島のEASTからWESTへ、めくるめくガストロノミーと山や海、そして畑の「種」を巡るロングジャーニーは全8回。島原の里浜ガストロノミー『pesceco(ペシコ)』からスタートです。
次回の公開は、2026年5月31日ブルームーン。毎月、満月の日に新たな記事を更新します。
CHAPTER 32 comming soon 島原半島EAST『pesceco(ペシコ)』



















