細川亜衣さんのおいしい本棚

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幅:なるほど。土井さんや飯島さんの本を参考にする、とおっしゃっていましたが、ウー・ウェンさんの本も実際に食卓で使えるものですよね。

細川:ウー・ウェンさんは、完全に実用書ですね。私は中国の粉料理が大好きなんです。でもこの『ウー・ウェンの北京小麦粉料理』、登場する料理が凄すぎて、ほとんど作ってないんです(笑)。

幅:料理だけじゃなくて、膨大な写真のカットと、毎回のレシピで変わる衣装チェンジの妙みたいなところが特徴ですよね。

細川:この本の中で作り込んだのは、タンタン麺ぐらいなんですよね。

幅:僕もこのタンタン麺、作ったことがあります。汁なしだから、実はそのまま作ると結構辛いんですよね。僕はゴマっぽい方が好きなので、ちょっとアレンジして作りました。

細川:見ていると、中国の街を歩いている時に感じる「あの角を曲がるとセイロがあるんだろうな」とワクワクする気持ちが伝わってきます。それをそのままわーっと言葉で書いてしまうのではなくて、ボンッと目の前に置く。図鑑のような存在の本です。

幅:実際、日本で粉ものをこだわって作る人はなかなかいませんよね。動画ではなく本でその手間、プロセスを伝えるために、これだけ写真も多くしたんでしょうね。プロセス写真も、ここまでやれば見事です。

細川:そうなんです。プロセス写真は徹底してやらないと意味がない。

幅:一方同じ中国の料理でも、こちらの『中国まんぷくスクラップ』は屋台飯ですよね。

細川:これこそ、私が中国などアジアへ行く時に開く本です。そこの情景がそのまま本になっていて(笑)。

幅:屋台で飯を食べながら、その場で原稿を書いているんじゃないか、というぐらいのライヴ感がありますよね。

細川:意外と旅行をすると、こういう下町の人たちがいる光景ってみんな印象に残っていて、写真を撮ったりもすると思うんです。でも、それをここまでコレクションして一冊の本にすると、十分な読み応えがありますよね。

幅:手書きでわーっと書き連ねているのを見ることで、この瞬間の感動、その場で浜井さんが受けた生の衝撃を感じ取れる気がしますよね。後から調べ直して清書するのとは違って、その時の感動がそのまま込められている。

細川:売り子のおばちゃん、おじちゃんの顔が出てくるのも、すごくライヴ感に溢れていますよね。

幅:料理のページだけちゃんと4色にしているのも、うまい。こうした屋台の料理から染み出す旨味って、モノクロだったら伝わらない。

細川:私は旅に行く前に、浜井さんの本がないかなって探すんです。もしあれば、買って現地に持って行く。

幅:浜井さんの本には、「足で稼ぐ」といった心意気が詰まっていますよね。

細川:そうそう、全然洒落っ気のないところが良くて。中国の食堂や市場飯というのは、結局こういうものじゃないですか。

幅:洒落っ気のかけらもないけど、おいしくてね。

細川:そう、そこがすごく自然でいいな、と思うんです。

幅:ジョン・キョンファさんの『とっておきの韓国・朝鮮料理』も、料理だけでなくその周辺の人々の写真も盛り込まれている本ですが、こちらは実際に料理の参考にしているんですか?

細川:はい、それこそ実用で使っています。表紙がとれちゃうくらい読み込んでいるんです。私が学生の時に母が買ったものを、二人で使い倒して、結婚した時にこっそり嫁入り道具にしました。特に気に入っているのが豚カルビの焼き肉で、バーベキューには欠かせないレシピです。作ると必ずみんなから作り方を聞かれる。すっごくおいしいので、幅さんもぜひ作ってみてください。

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幅:本当ですか? あまり、家で焼き肉ってやらないんですよね。

細川:大丈夫です、この味付けで混ぜたカルビをオーブンで焼いてもすごくおいしかったので。何気ないんですけど、もみダレに黒砂糖と焼酎を使うのがポイントなんです。

幅:なるほど。おろしニンニクとしょうがも入っているところがにくいですね。

細川:そのまま作ってみたらとってもおいしかったんです。私はあまり、レシピ通りにそのまま、っていう風には作れないんです。つい何かしちゃう。

幅:それは、細川さんの本を読んで感じるところですね(笑)。

細川:この本の撮影をされている菊池和男さんって、昔私も料理の写真を撮っていただいたことがあるんです。料理写真家としてはあまり馬が合わなかったんだけど(笑)、彼のどこまでも追いかけていく貪欲さみたいなものが、この本にきちんと表れている。とにかくおいしいので、韓国料理の本ではこれを愛用しています。オシャレ感を感じさせないのも好きなポイントですね。オシャレな料理の本が苦手なんです。この本にはそうした感じがないし、日本で売っている食材でほとんどのものが作れる、というところも気に入っています。

幅:おばちゃんが居眠りしている写真も入っていたりして、面白いですよね。菊池さんって「BRUTUS」などの雑誌でもよく撮影されていて、ルポタージュ的写真をうまく撮る印象です。そうした菊池さんの写真に、平松洋子さんがギュギュッと入ってきていて、レシピの部分は非常に濃厚。入り口はやわらかいのだけれど、いざ作ろうと思って読むとしっかりとした料理本になっている。いいバランスですよね。

細川:監修のジョン・キョンファさんの料理教室に、一度行ったことがあるんです。とても素敵な方だったし、レシピもすごく信頼できるな、って思いました。私にとっては、韓国の土井さん、みたいな感じです(笑)。

幅:なるほど。じゃあ僕も、まずはこの焼き肉のタレを作ってみますね。入れる焼酎は、何でもいいんですか?

細川:うちは米焼酎があるので、それを使っています。泡盛で作ったこともありましたけど、それもおいしかったです。

幅:これ、焼酎は飛ばさないんですね。

細川:うん、そのまま。でも、たいした量じゃないので、子供でも全然食べられますよ。焼き肉って身近だし、韓国料理の導入編だと思われることが多いと思うんです。でも、「焼き肉って韓国独自のものなんだ」ということを、この本はちゃんと分からせてくれる。

幅:他の料理との関係や、どういう流れに位置している料理なのかを知ると、味わい方も変わりますよね。辛みの使い方も、すごく独特で。

細川:でも、まさかこの本がまだ出版されているとは思わなかったです。

幅:初版は1994年で、この本が5刷目ですね。

細川:細く長く、続いているんですね。

幅:この『世界の食文化(15)イタリア』なんかも、イタリアの料理、特にパスタを歴史的な流れの中から理解できるようになる本ですよね。

細川:イタリアから帰ってきた後、この本で改めてイタリアの食文化を学んでみると、普通に暮らしているだけでは分からないことがたくさん書かれているんです。「パスタはお母さんのおっぱいみたいなものだ」なんて書いてあったりもして。

幅:行く前に読まずとも、帰ってきてからこういう本で食べたものを振り返ってみると、自分が体内に取り込んだ料理を今度は客観的に味わうことができますよね。

細川:私が一番感銘を受けたのが、「食のカンパニリズモ」という言葉。カンパニリズモって、いわばイタリア流の「お国自慢」といった意味なんです。「おらが郷土」ということを、イタリアに暮らして痛いほど感じたんですよね。私は縁あっておじいちゃん、おばあちゃん世代の方々と暮らす機会が多かったのですが、彼らは悪い意味じゃなくて、無知なんです。でも、他を知らないからこそ、彼らが日々作り、食べ続けている料理にはぶれがなく、筋が通っている。本来、人は、土地でとれたものを、その土地らしく料理して食べるのが、当たり前のことですが一番理に叶っている。イタリアの村に生まれ、死ぬまでそこで暮らしているおじいちゃん、おばあちゃんたちと接していると、「他を知る必要って、あるんだろうか」って思わされる。そういう生活をしているからこそ生まれる一皿には、たくさん世界中を旅した人が作るような、異文化が交錯した一皿とは違う、ものすごい説得力が宿っている。「生まれてこのかた食べてきたこれが一番」という迷いのなさと、土地の食の歴史に裏付けられた揺るぎなさ、これに叶うものはありません。
いまの世の中、みんなが旅行をして、知りたい人はいくらでも、新しくておいしいものを体験できるようになっている。だけど、結果として食を取り巻く環境は良くも悪くも複雑になり、私たちはその渦の中で空回りしている気がします。

幅:深い井戸を掘っているような料理、とでも言うんでしょうか。トリノとナポリで同じトマトを使ってパスタを作っても、全く違うものが出来上がる。料理に正解はないのだけれど、そこに理由もないところがまた良くて。「だって、ばあちゃんがそうしてたから」と言われたら、「参りました」と言うしかない感じ。今僕たちは、情報を知る、ということに対して強迫観念めいた思いを抱く状況に置かれていますよね。「知ってないとまずい」「知らないって思われたくない」、そんな風に思ってしまいがち。本当は、知らないなら知らないでいいし、自分の中で納得できていれば問題ない。僕もそう思います。
こちらの『食材図典 生鮮食材篇』は、諸々の食材のデータが詰まったまさに図鑑、といった内容ですが、細川さんはこうした本もよく使われるんですか?

細川:これは、私が東京にいた時によく見ていた本なんです。料理教室のレシピを考える時にも、結構こういう本が参考になっていました。人の主観が入ってない分、「これってこういうものなんだ」とそのまま受け取ることが出来るんですよね。私は人に何かを伝える立場でもあるので、こうした基本的な部分をきちんと知っておきたい、という思いもあるんです。レシピになる前の、食べものそのものについて書かれているのって、ある意味実用的ですよね。

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幅:地元の農協に行って、「今日は何がとれているのかな」って材料を眺めていくのと似た心地ですよね。

細川:そうそう。近頃はこの図鑑を開いていないんですが、市場に行って「あれ、この魚は何だろう」と思ったら、携帯電話で参考にしているウェブサイトを見てみるんです。そうすると、「こうやるとおいしいのか」ということが分かる。魚屋のおじさんって、聞いてもちゃんと答えてくれなかったりするんですよ。「今日はどの魚がおいしいですか?」って聞いたら、「全部おいしいよ」て言われたり(笑)。自分でその魚を調べてみることで、「いまいちかと思ったけど、こういう使い方があるんだ。ちょっと買ってみよう」といったきっかけが生まれるんです。

幅:魚って、スーパーだと切り身の状態で売られているのが普通ですよね。でも、例えばカワハギとかを現物で見てみると、意外な様相をしている。魚屋に行くと、モノがドンッているのが面白くて、僕も最近スーパーではなくて魚屋に向かうようにしているんです。そうやって直に魚と向き合って見ると、「あなた、こんな顔してたんですか」というものがいっぱいる。

細川:「この魚って、これの仲間だったの?」とかね。この『食材図典 生鮮食材篇』には、料理になってしまった時点では知ることのできない、素材のプロフィールのような情報が載っているんですよね。

幅:最後にお菓子編ということで、こちらの3冊について聞かせてください。なかしま しほさんからは『おやつですよ』と『もっちりシフォンさっくりクッキーどっしりケーキ』の2冊、もう1冊は相原一吉さんの『お菓子作りのなぜ? がわかる本』ですね。

細川:なかしまさんのお菓子に出会ったのは、私が料理を担当した結婚式の披露宴。私はお客さんじゃなかったんですが、引き出物を一式いただいたんです。その中に彼女のピーカンナッツのビスケットが入っていて、信じられないくらいおいしかったんです。今でこそ菜種油や豆乳を使うようなお菓子の本って増えていますけど、当時は私の知る限り、そういったレシピはあまりなかったので、とても新鮮でした。彼女のシフォンケーキにも、豆乳が使われていますね。

幅:素朴な味わいが口に広がりますよね。

細川:ただ、簡単そうに見えて、実際に作ってみたら、意外と繊細だと気がつきました。何回かなかしまさんご本人が作ったお菓子も食べたんですが、衝撃的においしかったんですよね。もともと、私はお菓子を作るのがすごく苦手で、特に粉ものは何を作っても失敗するんです。でも、これらの本は、レシピが明快で押さえるべきところにきちんと言及している。お菓子の本もそれなりにたくさん手に取ってきましたが、ようやく痒いところに手が届く、そんな本に出会えたと思います。例えば、この『お菓子作りのなぜ? がわかる本』を読んで、ずっと上手に焼けなかったスポンジ生地が焼けるようになったんです。

幅:そうだったんですね。相原さんの本は、お菓子作りの基本的な部分を「なぜ?」という説明とともに教えてくれるから、非常に分かりやすく、体にスッと馴染んでいきますよね。

細川:結局、この本も書き方が素晴らしいんです。「ここは押さえてください」というポイントが書かれている。そういうことって、お菓子を習いに行ってもなかなか教えてもらない。聞けば教えてくれるのかも知れないけれど、時間の余裕もなかったり、聞けるような雰囲気的ではなかったりする。でも相原さんの本には、実際にお菓子教室に通うよりも為になることがたくさん書かれている。とはいえ、本に出ているような繊細な仕上げのお菓子には私は行き着きません。でも、この生地の部分だけうまく作ることができれば、あとは適当にクリーム泡立ててかけるだけでも、みんなに喜んでもらえる。そして、ここ最近、私が取り憑かれたように何度も作り続けているのが、なかしまさんの『おやつですよ』に載っているホットケーキです。三日に一度のペースで作っていたら、娘には「もう飽きたよ」って言われてしまいましたけど(笑)。材料に「プレーンヨーグルトと、牛乳もしくは豆乳」と書かれているんですが、全部豆乳に変えて作ってみたらとてもおいしくて。彼女のお菓子の本で気に入っているのは、道具が汚れないし、とにかく簡単なところ。でもそれだけでなくて確実においしい。料理を作るように気軽に取り組める感じが好きなんです。

幅:確かに、お菓子作りって料理を作るよりもハードルが高いイメージですよね。普段とは、使う道具も筋肉も違う。でも、これらの本ではそれを自然と受け入れられるんですね。

細川:なかしまさんの本は、お菓子へのハードルを下げてくれるんです。

幅:でも、お子さんは飽きちゃったんですね(笑)。

細川:飽きた気持ちが薄らいだ頃を見計らって、「パンケーキにしようか」って言うと「わーい!」と答えて、最後には「おいしいね」ってなるので(笑)。今、3歳半なんです。

幅:そういうちょっと生意気なことを言い出すタイミングかも知れないですね。うちの子も今5歳ですけど、結構食べものについて細かいことを言いますからね。

細川:でも私は、そういうことを言ってくれるの、すごく嬉しいんです。

幅:そういう意志があると、食べものが自分で掴むものになりますよね。

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細川亜衣

細川亜衣

料理家
1972年生まれ。熊本にて料理教室を主宰するほか、自宅のある泰勝寺や全国各地で食にまつわる様々なイベントを行っている。
近著に日々の食卓を綴った『食記帖』(リトルモア)がある。今春、スープの本の刊行を予定している。
細川亜衣料理教室 camellia http://aihosokawa.jugem.jp/

  • 食記帖

    著者:細川亜衣
    出版社:リトル・モア

    細川亜衣の世界観が詰め込まれた1冊。

  • 愛しの皿
     

    著者:細川亜衣
    出版社:筑摩書房

    美しい料理本。

  • イタリア料理の本
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

  • イタリア料理の本〈2〉
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

おいしい本棚2013一覧