細川亜衣さんのおいしい本棚

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幅:さてさて、続いては石井好子さんの話を聞かせて下さい。石井さんからは、『パリ仕込みお料理ノート』と『石井好子のヨーロッパ家庭料理』を選ばれているんですね。

細川:石井さんは、最近また読み直している人の1人です。『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、代表作としてよく挙げられますよね。石井さんの目線で描かれている料理って、実際にそこにあるものとしての温度をすごく感じるんです。でも同時に、こういう料理って少し非現実的で、多くの人にとっては絶対に経験できない素敵な世界でもある。彼女が描く料理の細かい部分については、自分のイタリアでの暮らしと重ね合わせた時には、「いや、違うな」って思う部分もあります。でもこれは、あくまでも彼女の人生の中で生まれた料理への小さなお話なので、安心して読むことができる。微妙なバランスがうまく保たれているんです。

幅:すべての料理に彼女の人生が少しずつ投影されているから、何だか安心して読めますよね。

細川:彼女の話を聞いて、それをそのまま本にしてしまったような感じですよね。

幅:夕食を食べながら聞かせてもらう話のような。

細川:そう、料理上手のおばちゃんのお喋りを聞いているような感じの距離感。

幅:だから、特に落ちがなくても気にならないんですよね。妙にドラマティックにしないところに、僕も惹かれているのかも知れません。『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』に出てくるオムレツも、実はロシアの方に教えてもらっている。下宿先がロシア系の人のアパルトマンだったから、と解説の堀江敏幸さんが指摘しています。つまり、正真正銘のパリジャンに教えてもらっているオムレツではない。そうした少しずれた感覚、奇妙にも心地いい肩すかし感が特徴ですよね。「パリの伯爵の邸宅で、こんな風にオムレツを学んだ」なんて言われてもうまく響いてきませんが、実際の、そこの市井に身を置いたからこそ出てくる話には思わずこちらも身を乗り出す。彼女がシャンソン歌手としてフランスに渡り、その志や失敗、苦労や喜びやらが一緒くたになって、その感情の出口としての料理が描かれている。

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細川:台所における日本人としての視点を忘れていない点も素敵です。ばっちりフランス風で作ってしまうのも、料理としては間違いはないだろうけれど、でもあくまでもフランスの料理で終わってしまう。一方、石井さんはある意味「あれ?」というようなこともしていらっしゃるのが、いい意味で個人的ですごくほっとできる部分ですね。

幅:『石井好子のヨーロッパ家庭料理』は、最近復刻されたものですよね。ヨーロッパの普通の家々を訪ね、そこの食卓を紹介していく。その当時、そこに渦巻いていた空気感も伝わってきます。

細川:私も、これは復刻したのをきっかけに手に取ったんです。私自身、いろいろなお宅を突撃して、こうして料理を教えてきてもらっているので興味を持ちました。

幅:本当に石井さんは様々な家庭の食卓に突撃していますよね。

細川:誰かの家を訪れる楽しさに溢れていて、ちょっと懐かしい感じがする。お話というより、この本のつくり方、プロセスに共感が持てます。

幅:確かに、あまねく全ての人が想像できるポトフではなくて、「あそこのうちのあの人のポトフ」といった主語が見えるところが良いですよね。そうすると、「我が家はこうだ」とアレンジもしやすい気がします。

細川:私はやっぱり、イタリアの料理だと純粋なイタリア性を強く求める部分があるんです。でも彼女には「ちょっとここにお醤油を入れちゃいましょう」みたいなゆるいところがある。私はしないけれど、「そんなのもいいかも」と思っちゃいます。そんな気持ちで料理をしている人って楽しそうだな、と思います。

幅:石井さんからは、料理に対する柔らかさ、みたいなものが感じられますよね。
ところで、今回は男性が書かれた読み物もありますね。

細川:『檀流クッキング』は、私が高校生の時に愛読していた、檀 太郎・晴子さんの本『檀流おかず100選』がきっかけで出会いました。それが私にとっては、料理本としては革命的なものだったんです。

幅:どういったところが革命的だったんですか?

細川:とにかく、文章のライヴ感だったり、美味しそうだと思わせる力、存在感が他のものと違っていて。料理の本を読むのは高校生ぐらいから好きで、いろいろ見ていたんですけれど、「あぁ、作りたい!」って初めて思ったのはその本なんです。実際に作ったものもいっぱいあって、檀 太郎さんが私にとって最初の師でした。後になって「何だ元はこっちだったのか!」って、お父さんである檀 一雄さんの本を手に取るようになりました。やっぱり重なっている料理もすごく多くて、きちんと檀家ではそれが受け継がれているんだな、と思うと同時に、微妙に太郎さんと一雄さんの違いも見えるのが面白い。『檀流クッキング』は、「なんだ、ここから出てきていたのか」と檀家の源流を知ることができる本、という感じですね。

幅:読み物としても非常に面白い1冊ですよね。幼少の頃から始めていた料理が、檀 一雄のひとつの哲学にまでなっている気がします。

細川:もう、題名を見ただけでお腹が空いちゃいます。おせち料理には、「ザワーブラーテン」という不思議なものが入っていたりもするんですよね。彼は自身の作る料理を、「こうだ!」というはっきりとした言葉で語っている。もっとその料理にはいろいろな背景があるのだろうけれど、私は檀 一雄さんによってその料理を知り、満足してしまう。そこが面白いなぁ、と思います。

幅:「俺はこう作る」と言い切ってしまうところが、まさに男の飯ですよね。

細川:そうそう。目次に並ぶレシピ名って、そんなに珍しいものばかりじゃないし、同じものを日本中、世界中の人が作っている。でも、「俺はこうだ」って自信満々で言われると、「絶対においしいんだろうなぁ」と思わせてしまう魔力が、檀さんの本にはありますね。彼の持つリズム感も独特で。

幅:このとおりに作っていっても、うまくいくかは分からない。だけど、その流れを追いかけているだけで気持ちがよい。実際、檀 一雄は料理の腕前はかなりのものだと思うんです。でも、こういうちょっと良い加減な感じで書いてもらえると、これだったら男の僕でも何とかなるのでは、と思わされます。
一方で、北大路魯山人の『魯山人味道』なんかは、檀さんの本とは随分と毛色が変わってきますよね。

細川:私は、魯山人が納豆の混ぜ方について書いている部分がとても印象的なんです。実は私、納豆を混ぜるのが嫌いなんですよ。2回ぐらいガサガサと混ぜた感じが好きだったので、この本を読んで「納豆ってそんなに混ぜるのか! 本当においしいの?」と衝撃を受けました。

幅:魯山人は、本当に「食べる」ということに対して手を抜きませんよね。納豆の混ぜ方。醤油をたらすタイミング(塩でいくという手もあるそうです)。ごはんと納豆の分量。納豆茶漬けに相応しいごはんの熱さなどなど、彼なりのこだわりをものすごく真剣に語っている。現代に生きる僕らから見ると、納豆茶漬けひとつにこんなにも語り倒す魯山人が、不思議とチャーミングにも見えてくる。どうしても魯山人というと、いつも気難しくて崇高な風に見えてしまうのかもしれませんが、案外と逸話も面白いですしね。親もなく、妻もなく、子もない彼が、孤独と向き合いながらも失わなかったのは、少年のような純真さなのではと僕には思えてしまうんです。

細川:永遠の食いしん坊というか。ここまで食いしん坊を崇高なものに持っていけたのは、すごいと思います。

幅:一方で、嵐山光三郎さんの書いた『文人悪食』ではいろんな作家たちの食が出てきますよね。彼らの食は、意外性たっぷりで実に面白い。志賀直哉なんて、白樺派的な淡くて薄い食かと思いきや、毎日キャビアを食べていた(笑)。「なんなんだ、この爺は!」と突っ込みたくなる作家がいっぱい登場します。

細川:食べものの嗜好を見ると、その人の本で自分が勝手に想像していた人となりと、良い意味でも悪い意味でも裏切られる感じがありますね。とんでもない感があるのも、普通の人と違う部分。

幅:結構極端な方が多いですよね。

細川:そういう人じゃないと、強烈な作品を書けないんだな、というのがよく分かりますね。

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幅:この本を読んで、自分の料理に役立てるというよりは、その生き様、食べ様を味わう感じでしょうか?

細川:はい、全然料理に役立てたことはないですね(笑)。自分がよく読んだ作家の「こんなものを食べていたのか」とか「こうやって死んでいったのか」など、そういう彼らの人生を見ています。『文人悪妻』という続編もありますよね。

幅:この『文人〜』シリーズは嵐山光三郎さんのライフワークですが、ご本人いわく「死んだ人の悪口って書きやすいんだよね」ということをおっしゃっています。確かに、現役の作家についてはここまで可笑しく書けません。
さて、次はもう少し実用的な男性料理家の本です。『土井善晴の定番料理はこの1冊』。

細川:私はどちらかというと料理はつい自己流になっていってしまって、いわゆる日本のお母さんの味、普通のお惣菜みたいなのものが、なかなかうちの食卓にのぼらないんですね。さばの味噌煮やハンバーグとか。でも実はそういうものはすごく好きだし、家族も好きなんですよ。そういうもののレシピを、土井さんや飯島さんのように、確実においしいものを作っていると自分が思える人から教えてもらうことがあります。世の中にはいっぱい料理の本もあって、料理家と言われる人も多々いますが、自分自身が絶対に信頼できると思えるレシピは、正直そんなに沢山はない。でも土井さんと飯島さんの本は、信頼できる。『土井善晴の定番料理はこの1冊』は、「この普通の料理は、本当はいったいどうやって作るんだろう?」って思った時に、とても役に立ちますね。

幅:驚くほど定番ですよね。レバニラから唐揚げからナポリタンから…。なんというか、基本中の基本って、なかなか人に聞けないし、どれを信じていいかもわかりにくい。「冷ます」って、本当は何を冷まそうとしているのか? とかね。「下茹で」って、どうして必要なのか? とか。土井さんって語りかけの口調も僕は好きです。本によっては関西弁で語りかけているのもありますしね。ああいう柔らかい感じで言われると、「確かにここは面倒くさがらない必要があるよね」と妙に納得してしまいます。ところで細川さんは「この人のレシピは信用できるな」というジャッジは、どこを見て判断されているんですか?

細川:私が実際にレシピを参考にするような本は、分量とか作り方以外に「ここを押さえて欲しい」というのをきちんと書いている本ですね。例えばこの土井さんの本も、普通のオムライスのレシピであれば僅かしか説明がないのに、これだけの分量を割いて書いている。確かにそのとおりで、料理って実にたくさんのことが台所で行われているはずなのに、多くの料理本ではそれが抜け落ちてしまっている。みんな、おいしく料理を作りたいから料理本を手に取るのに、肝心なことを伝えてくれない本が少なくない気がします。一方でレシピ本というのは、手順だったり料理のプロセスの写真を、機械的に「これがないと読者は分からない」という感じで入れるじゃないですか。

幅:写真がないとみんな不安になるから、という風にね。

細川:でも、本当に欲しいものは写真じゃないと思うんです。私は、土井さんの本でいうなら赤い波線の部分が必要なんです。私が実用にしている料理の本というのは、その「何か」が書かれているな、と思います。

幅:「ナポリタンでも、火にかけながら混ぜるとタマネギがベタッとなっておいしそうになりません」とか、さっきのオムレツだったら、「オムレツは引力でくるむのです」みたいな(笑)ことが書いてあるんですよ。「こうして引力を利用するようにして包むのです」ってね。料理の本って既視感みたいなものがあるし、オムレツだったらなおさら。けれど、「これはこういう風に」と誰もが言っていそうなところを、ちょっと違った視点で分かりやすく書かれると腑に落ちる。「引力かぁ」みたいにね。

細川:その言葉ひとつで、視界が開けるようなところがありますよね。

幅:土井さんは、それこそ家庭料理家の元祖ともいえる土井 勝さんのご次男で、ご自身も料亭で働かれていた。だのに、「オムレツを引力で巻いてみましょう」というセンスがある。不思議な凄みを持つ方です。ちなみに土井善晴の『祝いの料理』を選んだ理由は?

細川:細川の家には、ずっと作り続けられているおせち料理というものはないんです。お雑煮も何もなくて。かといって、熊本に嫁いで、私が東京の家でずっと食べてきたものをそのまま作るというのもちょっと違うと思いました。それならば、熊本の食材を使って自分らしさ出すことが自然だなと思ったので、「いったい世の中にはどういったおせち料理があるんだろう」と思った時に手に取ったんです。実際に見ると、個人的にはあり得ない量のお砂糖が入っていたりするので、この通りに作ろうと思えるものはそんなにないんです(笑)。でも、いつもは「どうでもいいな」と思うプロセス写真がこれだけ大きな版形の本に綺麗に掲載されていると、ただ見ているだけで祝いの気持ちが高まってくる。文章だけの料理の本が一番好きなんですけど、ここまでやられたら天晴という感じでしょうか。祝いの料理にふさわしい本です。

幅:ページの中になるべく情報を入れたいから、エディトリアルデザイン的にはぎゅんぎゅんに詰め込むのが通常のレシピ本なのに、この1冊は余白たっぷりですよね。

細川:アートディレクションは、木村裕治さんですね。この作りは、木村さんっぽい。

幅:なるほど、さすが細川さんはアートディレクターで料理の本を見ている部分もあるのですね。土井さんの他の本を読んでいても、日々の食卓にどんな思いを込めるのか? をすごく意識されているのが分かります。日常を大切にしていると、一方で「祝いのハレの日」というものの特別感が際立つのかもしれません。

細川:現実的に考えた時に、ここまで贅沢な作りの本って、料理の本を書いている人が誰でも出せるわけじゃないですよね。

幅:でもこれ、2940円って安い方ですよね。これ絶対帯取った方がきれいですね。

細川:ほとんどの本は帯っていらない(笑)。

幅:土井さんがきたら、じゃあ、次は『吉兆味ばなし』ですかね。こちらは一転、写真はなく文章がほとんどで、時々簡単なイラストが挿入されているシンプルなつくり。

細川:この本はもう、それこそ料理の本として、私にとって一番心地のいいものですね。文体や本のつくりも含めて。よく読むと、ちゃんと作れるように書かれている。実用書にもなるんだけれども、最終的には読み手にまかされている部分とか、日本の食べものについてハッと気づかされる部分とか、それが自然に入ってくる感じが好きで。いろいろなことを語っておられるけれど、あまり畳み掛けるような話し口でもないし。

幅:押しつけがましいところは1ミリもなくて、さらっとね。でも、たくさんの食材だったり、食材の中でも一番時候の良いものを見ている方だから、「こういう食べものって、こういう時にこうして食べるのがいいのか」という手応えを感じることができる。淡い中にも、ちゃんと入ってくるものがあるんですよね。

細川:彼が働いて料理を提供している場所も、いわゆるハレの場所なんだけれども、料理を作る気持ちは家庭であっても同じなんだよ、ということが根底に流れている。「家庭なんだからこれがいいですよ」という感じも、料理の一から十まで知り尽くした人だからこそ語れる余裕というか。そういう佇まいが、彼の人生そのものを見ているようで素晴らしいです。

幅:普通なんだけど押しつけがましくもなく、当たり前のことを書いているようで、核みたいなものが残る強さみたいなものがありますよね。
ところで、辰巳芳子さんの『手しおにかけた私の料理』は、家庭での料理をひとつひとつ、本当に丹念に作っていく様が見えてきますよね。この本はどういったきっかけで手に取られたんですか?

細川:うちの母は、料理の作り方というものをちゃんと教えてくれたことがないんです。母は性格的に大雑把なので、聞いても「今日と明日は違うから、教えようがない」と言われてしまって。それで、料理を仕事にしたいと思った時に、「毎日の中で、同じようにおいしく作っていくにはどうしたらいいんだろう」と考えたんです。そんな時に手に取ったのがこの本。大学生の時だったかな。それこそ線を引いて読むぐらいで、全部は作っていませんが、本当に参考にしました。母は普通の主婦ですし、料理は好きでいろいろ作ってくれましたけど、良くも悪くもざっくりしている。この本は、いい意味で、ここまで神経をとがらせることで、おいしい料理を作ることができるんだな、って気づかせてくれました。「今まで何気なく食べてきた日本の家庭の料理というのは、ここまで繊細になりうるんだ」と。

幅:出汁の取り方ひとつから、実にきめ細やかに作られていますよね。細川さんにとって、先生のような本なんでしょうか?

細川:教科書のようなものですね。辰巳さんの本は他にも持っていますし、読んだこともありますが、私にとってはこれが唯一、というぐらいに慕っています。「あ、おでんってこうやるんだな」とか、当たり前のように食べてきたものを、徹底的においしく作るための神経の配り方みたいなことを教えてもらう本ですね。

幅:細川さんの土台というか、料理を作る上でのひとつの視座になっている本なんですね。こういった料理本は、台所の近くに置かれるんですか?

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細川:料理の本は全部本棚にまとめて、台所からすごく遠いところに置いているんです。家を改装する時に、台所の一角に料理本を置くスペースを作ろうかな、とも思いましたが、やめました。私は常に新しい料理を発信する仕事をしてきましたが、以前はレシピを考える時に、イタリアの郷土料理の本であるとか、信頼する料理家や料理人の方々の本を参考にすることも少なくありませんでした。でも、最近、他の人の料理になるべく影響を受けたくないという思いが強くなってきて、料理の本を手に取ることが少なくなったんです。熊本に来て、料理が以前に増して素材本意になりました。まずは素材をよく知ること、その匂い、色、食感などを、自分の食の記憶をたぐりよせて絡み合わせることで自分らしい料理というものが生まれる。家の庭には四季を通して何かしら食べるものがあり、いただきものも多いし、市場には魅力的な素材が溢れている。そうすると、料理の出発点みたいなものが完全に変わってくるんです。

幅:「作るぞ!」という意気込みを作る前に、目の前に材料が続々と集まってくる。それらをどうさばいていくか、という風に、目の前のまな板に置かれた材料が料理のきっかけになっている感じでしょうか?

細川:そうですね。料理の本を見るよりも、素材を見ていた方が料理が生まれやすくなってきています。

幅:なるほど。それに、本を読みながらでは料理は作れませんものね。

細川:でも、時々は参考にすることもあります。普通のおかあさんが作るような定番料理は特にそうですね。実は私、これだけ料理をしているのに、鶏の唐揚げを作ったことがほとんどないんですよ。だから、「今日は鶏の唐揚げだな」と思った時は、「土井さんと飯島さんの本に、鶏の唐揚げのレシピがあったはずだ」って遠くの本棚まで見にいくんです。お二人が紹介するものは確実においしいと思うので、じっくりレシピを見比べたりして、ああかな、こうかな、とシュミレーションする。でも結局は自己流になってしまうことが多くて、そのせいか期待していたほど上手にできないことも多いんですけど・・・。なので多くのレシピ本は、実用書というよりは眺めて想像をふくらませるだけの参考書になっているかもしれません。だから料理に関する本は近くに置いておかなくてもいいんです。

幅:逆に近過ぎてしまうと、自分の作る料理に妙に浸食してきてしまうのかも知れませんね。

細川:私はどちらかと言うと、夜寝る前に読んでいますね。

幅:寝る前ですか。お腹、空きませんか?

細川:いや、その頃にはお腹いっぱいなので(笑)。だいたい夜、寝床で読むことが多いですね。

細川亜衣

細川亜衣

料理家
1972年生まれ。熊本にて料理教室を主宰するほか、自宅のある泰勝寺や全国各地で食にまつわる様々なイベントを行っている。
近著に日々の食卓を綴った『食記帖』(リトルモア)がある。今春、スープの本の刊行を予定している。
細川亜衣料理教室 camellia http://aihosokawa.jugem.jp/

  • 食記帖

    著者:細川亜衣
    出版社:リトル・モア

    細川亜衣の世界観が詰め込まれた1冊。

  • 愛しの皿
     

    著者:細川亜衣
    出版社:筑摩書房

    美しい料理本。

  • イタリア料理の本
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

  • イタリア料理の本〈2〉
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

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