細川亜衣さんのおいしい本棚

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幅:こんにちは。今日はよろしくお願いします。さてさて、細川さんは、近年熊本に移られましたが、食べものをめぐる状況ってやはり変わりましたか? 例えば、食材を買う場所などはいかがでしょう?

細川:今は、もっぱら市場が主ですね。生産者直売場です。そこは毎日、朝に出荷があって、鮮度が保証されているんです。東京に住んでいると、よく「熊本産」という表示を見ますけど、すごく新鮮そうに見えても、とれたてではないですよね。そう思うと、鮮度はやっぱり地元ならではの有り難いものだな、と。熊本に限らずですけどね。
ある意味、セレクトされていない感じ、というのが私はすごく好きなんです。例えば、すぐれた審美眼のある骨董屋さんの選ぶものは、確かに美しいし刺激にはなるけれど、自分自身が”選ぶ”という作業が抜け落ちてしまう。それよりも、ガラクタ屋の混沌とした物の堆積の中から、掘り出しものを見つける方がスリルがある。食べるものもそう、わーっと並んでいる食材の中から、自分の目にピッととまるものを見つける、というのが私にとっての買い物の楽しさでもあるんです。なのであまり、バイヤーのセンスが溢れていない場所の方が、最終的に自分のものにしやすい、という感覚はありますね。

幅:それは、細川さんの余白なのかも知れないですよね。余裕があると、探すことができる。僕も神保町とかに行く時に、後ろのスケジュールや「○○を探さなきゃ」があるともうダメなんですよね。急いでいいものに出会おうとしちゃうと逆にダメで。

細川:それこそ食のセレクトショップというのは、分野を問わず専門の方が良いものを選んできているから、美味しいし、信頼できる。でも、それに頼り切ってしまうのは、料理の楽しみでもある、素材を自分で選ぶという行為が抜けてしまうと思うんです。あとは、食べものと自分の縁というのもあるなぁと思っていて、素材が作られている場所や作っている人のことを知ると、そこのものをずっと買い続けたくなります。たくさん良いものを見つけたい、知りたい、というのはなくて、自分にとっての定番が少しずつあればいいかな、という感じですね。

幅:実は僕は愛知出身なのですが、両親たちはリタイアして鹿児島の伊佐市に引っ越しました。彼らが九州に行って10年になりますけど、やっぱり場所によって「欲しい味」が変わるというか。たまに帰ると「みそ汁の出汁、全然違うじゃん! お母ちゃん」という感じなんです。
細川さんは、東京から移られて、味に対する向かい方とか、欲しいものが変わった、というのはありますか?

細川:変わりましたね、やっぱり。その日採れた野菜を普通に使っていると、料理の仕方が自然と変わる。料理に対するクリエイティブな部分というのは、東京にいる時のほうが自然とあったと思います。「このトマトをここまでのおいしさに持ってくるには、どうしたらいいんだろう?」と頭を悩ませる。でも、熊本のトマトはもうすでに十分おいしいから、「これだけのことをすれば、もう十分」という風に考える。それがトマトに限らず、多くの食材に関して言えると思いますね。それから、料理が突発的というか、レシピを考えるときにあまり前々から想像をしたり、考えたりしないようになりましたね。
昨日も小田原で料理会がありました。お客様が16名いらっしゃる一回限りのもので、もちろん失敗は許されない。熊本で試作もして、「じゃあこれでいこう」って何となく思いながらも、「やっぱり食材を最終的に買いに行ってからじゃないと決められないな」と考えて、実際に6品決めていた内の5品は直前に変えてしまったんです。でも運良く、結果的に良いほうにいって、みなさん喜んでくれました。

幅:ライヴ感というかカラダで料理する感覚ですか?

細川:そうですね、ライヴ感はどんどん上がってきているような気はしますね。

幅:確かに、本棚を作るのでも、前もって「この本をここに入れよう」と決めておいても、並べてみるとどこか不自然だということが僕にもあります。食べものだったらより鮮度というか、その場に渦巻く流れというのが大切なのかもしれませんね。

細川:けっこう直前でえいっと舵を切ること、ありますね。

幅:細川さんには、イタリアをはじめ各地をまわりながら、その地の食材をギュッとわしづかんでガブッと食べるというような、カラダと五感で料理に接しているイメージがあります。
ところで、イタリアのトマトと熊本のトマトと東京のトマトは、明らかに違うと思うのですが、それぞれのトマトが好きだと言えることが一番いいと僕は思うんです。地場のものに対する近付き方で気をつけていることはありますか? 絶対値として糖度がどう、という問題ではなくて、自分の近くにあるものがおいしいと思える状況のつくり方というか、東京に戻ってきた時に、「ダメだなぁ、このトマト」と思わずに、東京のトマトを愛するための心持ちというか。

細川:それは、料理の温度感ですね。冷たい熱いという意味じゃなくて。居る場所に合わせる、というところはあるんじゃないかな。ちょっと抽象的な言い方ですけれど。熊本に居れば、イタリアの調味料を使うとしても、どこかで私が思う熊本らしさというのをあえて残すというか。東京に行くと、ちょっとレシピが凝ったもの、複雑なものになったりするのも、東京の都会的な部分の温度感に合わせているからですね。

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幅:一方で、熊本で料理しようと思った時に、この『聞き書 熊本の食事』などが登場するのですか?

細川:そうそう。私自身は、たまたまこれを挙げましたけど、この『聞き書シリーズ』ってすごくいい本です。九州、信州など、自分にとって思い入れのある地域の何冊かを持っていて、これらは私にとって料理の本として実用になるというよりも、土地のイメージを膨らませるのに役立ちます。
熊本の伝統的な野菜のひとつとして高菜が挙げられますが、地元では漬け物にするのが主なんです。でも、私は熊本育ちではない分、高菜の魅力をもっと自由にとらえることができるように思います。高菜はひとつの野菜としてみると、油との相性は抜群だし、イタリアの料理方法ともマッチするものが多くて、私にとっては無限の可能性を秘めた食材です。だけど私は熊本の人の本来の使い方や食べ方、歴史的な位置も知っておきたい。そんな時この本が役立ちます。

幅:そこの地場や経歴を知ると、自分の中に高菜がちゃんと入ってくるというか、より血肉化できるということですかね? ちなみにこの『聞き書シリーズ』は面白くて、地域だけじゃなくて江戸のものとか、時間を前後左右する縦横無尽さもあります。
ところで細川さんは、この手の本って最初から読み進めていく感じなんですか? それとも季節とか地域によって分かれている部分から読みます?

細川:私は地域ですかね。「人吉」とか「天草」とか。例えば自分が「今日は天草に行く」という時に、ちょっと天草の章を見たりとか。阿蘇神社で行われている祭りに行くときは、その祭りの食べものの本来の形はどんなものかな? とか。自分の今日の行動に繋がるような部分を探して読む、という感じ。だから読破はしたことがないんです。

幅:なるほど。「天草」の項の「秋」だから、この辺かな? という感じですね。ふむふむ、その頁には「新からいもに秋野菜をたっぷり」って書いてあります。

細川:そうそう。あと熊本には、だご汁というものがあるのですが、各地で微妙に違っていて…。その違いを見てみたりするもの楽しいですね。

幅:本って、最初の一文字から最後の一文字まで読まないと、敗北感を覚える人が世の中には多いようなんです。読み切らなきゃいけないプレッシャーというか。自分よりも本が上位にある、若しくは本に何でも教えてもらう、みたいなスタンスで書物に接し続けると、どうしても読み飛ばしができなくなる。細川さんの話を聞いていたら、すごく自然に、生活の中の道具の一部として本を「使っている」感じが見受けられたんですけど、他の本もそういう感じの付き合い方をしてるのですか?

細川:結構拾い読みのものはあります。特にレシピが書いてあるものに関しては、ほとんど拾い読みですね。一方、アリス・ウォータースの評伝『美味しい革命』のような本は、最初から読んでます。

幅:この『美味しい革命』は、やっと最近日本語版が出たんですよね。いま、シェ・パニースはすごく話題というか、予約がとれない伝説的な店と言われているけれど、この本は女性としてのアリスの辛い部分も書かれているのが独特。旦那と心が離れていく様とか、そういう影の部分も赤裸々に書かれていて好きでした。この1冊は、どういう経緯で手に取ったんですか?

細川:私自身はアリスのレストランに行ったこともないですし、彼女のクックブックの愛読者というわけでもなかったんです。自分にとっての料理の出発点はイタリアだったのですが、アリス・ウォータースのレシピに書かれているようなことって、すごく革新的というよりは、イタリアの料理に共通するものも多い。彼女の料理はアメリカ料理でもなく、多分いろいろなヨーロッパのいい料理のエッセンスを彼女なりにすくい取っていますよね。
私はアリスの料理の源流にあるはずの、イタリアの郷土料理そのものを自分自身で体感する機会に恵まれていたので、そちらに惹かれる気持ちの方が強くて、アリスの本はみなさんに勧められても積極的に読んだことはなかったんです。ただこの前、蔦屋書店でアリスの本のフェアをするにあたって、レシピブックの出版に関わった方が、私がアリスの信奉者であろうと勘違いをして、「細川さんも選書をしてください」という連絡があったんです。「私、実は、本を一冊も持っていないんですよ」と返したのですが、でもアリスの料理に対する考えにはすごく共感できるということで、結局お仕事をさせていただいて。それを見た早川書房の方が送ってくださったんです。
そして読み始めたらすごく面白くて。アリスの料理がここまで来るに至る話も面白いですけれど、私はこのトーマス・マクナミーという人が、他人の人生をここまで深く書いているということが興味深いな、と思って。

幅:よくまあという程、細かいところまで追い掛けていますよね。大統領に出した手紙の文面とか。
僕的には、自分の育った土着の場所ではないところの何かを求めて探求していく貪欲さと、働く女としての気概に押されっぱなしでした。プライベートがうまくいかない時期は、逆に仕事に没頭。働き過ぎサラリーマンが読んでも共感できるかもしれません。
一方、彼女のレシピ集である『アート オブ シンプルフード』は、素材の甘みや旨味をそのまま使い、なるべく手を加えないという、まさにイタリアンの手法ですよね。

細川:そうなんですよね。自然に美味しそうだと思うし、ためになるレシピも多いですね。でも、この本を読んでいて一番目に留まるのは、おいしいを生み出すためのアリスの神経の張り巡らせ方ですね。料理においても、神は細部に宿るのだということを改めて感じさせられます。そして、その語り口が威圧的でなく包み込むような感じであることに好感をもてる。

幅:『アート オブ シンプルフード』に関して言えば、写真がないという面白さを感じますね。

細川:そうですね。私が好きな分厚いイタリアの郷土料理の本があって、これに近い感じです。聞き書きで、ひとりの女性が北から南まで旅をして、地方ごとにその土地の人にレシピを聞く。そして分量、レシピ、それに関連したイラストがひとつ。それで注釈がまた面白くて、「この素材をあれにかえてもよい」「こっちの村ではこんな風に作る」とか。

幅:おばあちゃんから口頭伝承されているような本ですか?

細川:そうなんです。その本がとにかく私にとってはバイブルのような本で、イタリアに暮らしていた時によく使っていました。ちょっと雰囲気があって、語りの部分は少ないんですけど。

幅:アリスは細かくたくさん語りますからね。

細川:それこそがこの本の醍醐味ですよね。料理を分かっている人だったら、経験値として知っていることも多いとは思います。でもそれをあえて書いているところに、この本の価値があるんでしょうね。

幅:そうですね、どれくらいニンニクを炒めるのかとか、描写の細やかさといったらないですよね。隣で親切な叔母とかが「今よ!」とか言ってくれている感じのテキストですよね。

細川:そういう意味ではとても、革新的というか。大事なことをしっかりここまで書いてくれるというのは、それを知っていたとしても「やっぱりそうだよな」と再確認できます。この本は、「料理のレシピとはこうあるべき」と自分が思うところと重なる部分が多くて、強く共感できますね。

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幅:ところで僕は、細川さんの本のテキストがすごく好きなんですよ。レシピなんだけど、レシピの文章以上の何かを感じてしまう。本来レシピに必要とされているのは実際的な情報で、分量や材料、その調理を上から順番に説明していくものなんですけどね。細川さんの体言止めや文章のリズムは、読んでいるとトントンと迫ってくるんですよ。あれを読んで料理をすると、調理をするテンションとか、キッチンの空気みたいなもの、料理に向かうべき心持ちみたいなものが伝わってきます。以前、スタイリストの高橋みどりさんは、そんな細川さんのレシピテキストを「詩みたいだよね」と言っていたし、一方で僕は言葉のリズムを使いながら料理の目に見えない部分を表しているのかな? なんて思ったんですけど。ああいうのは推敲とかしてるんですか? それとも、まさかの音読?

細川:音読はしていないですね(笑)わーって書いちゃうんですよ。あまり考えずに。私は、レシピはほとんど全部パソコンで書くんですね、注釈の部分も。
ただ、ずっと15年くらい料理教室をしていて、毎月生徒さんに渡すレシピを書いているので、客観的に分かるレシピの書き方というのは常に意識しています。料理の会でも、お客さまに料理を出して、みなさんは皿の上の料理からいろいろなことを想像するだろうけれど、実際の作り方は分からないじゃないですか。でも私はそれを秘密にしておきたいとは思わないんです。作りたいと考えて下さるのは何よりもの料理への賞賛だと思うから、なるべくおいしく作ってもらえるようにきちんと説明をしたい。なるべく大事な部分を言葉で伝えたい。それは決して「塩何グラムで」という話だけではなく、「この素材をまずはこういう風にしておいて」とか「これと、これをこのタイミングで入れて」とか、必要なところを強調して伝える。それは文章にする時も多分一緒。とにかく分かって欲しい。

幅:なるほど、それはすごく伝わってきます。あと、「ここだけは押さえて」っていうのを強く感じますよね。実は、辰巳芳子さんの本にも近いものを感じるんです。「ここだけは押さえといて」感が。伝えたい、という思いからそういう文体が出来上がってくるんですね。ちょっといま秘密が垣間見えて嬉しかったです。
ところで、今回はレシピ本以外にも、読み物としての料理にまつわる本をたくさん選んでいただきましたよね。『安閑園の食卓』、『文人悪食』、『聡明な女は料理がうまい』などなど。まずは『安閑園の食卓』についてお聞きしたいです。台湾出身の著者、辛さんが自身の子供時代を振り返るエッセイですが、僕もこの本には好きなストーリーがたくさんあります。辛さんの家は、台湾のお金持ちの豪邸というよりも、もはや荘園みたいな感じ。なので食べているものも、僕たちが普段口にしているものとは違うのですが、おいしいものを求める気持ちは変わらない。というより、みんなもう寝ても覚めても食べもののことばかり考えている。

細川:この本で一番驚くのは、書き手である辛 永清さんの記憶力ですよね。料理もおいしそうだし、こうした生活を想像するだけでうっとりもしますけど、少女時代に見たこと、音、匂い、それらをこれだけの文章にできる彼女の才能に一番驚く。ちょうどこれは、私が夏に台南旅行に行く直前に台湾好きの友人がプレゼントしてくれたんです。この本を持って台湾に行きましたが、彼女が描いていた料理にはほとんど出会えませんでした。

幅:描かれている時代も今とは違いますしね。

細川:そうですね。でも、この街のどこかでこういう人生があったんだな、と思うと、街の見方も変わっていきました。

幅:辛 永清さんが本を書き始めたのは、彼女の講演を聞いた出版社の方が「書いてみたら」と勧めたのがきっかけらしいですね。いざ書き始めてみると、思いのほか記憶をずるずると引き出されてきた、といったことを書かれていました。ひとつのトリガーがあれば、食の思い出というものは芋づる式に掘り起こされてくるんでしょうか?

細川:どうなんでしょうね。私は、彼女の少女時代がとても幸せなもので、食事に関しても良い想い出で彩られているからこそ覚えているのかな、と思います。それこそ離婚した時の話などは、意図的にでしょうけれどあまりはっきりと書かれてはいませんよね。記憶として残っていくのは、そうした色鮮やかな想い出なんじゃないでしょうか。

幅:なるほど。『安閑園の食卓』って、詳細に記憶した想い出とそのレシピも載っていますけれど、基本的に料理って再生不可能なものですよね。自分の中に取り込み、栄養にして、最終的には体から出て行くもの。だけど、テキストという永続性を獲得しやすいものにもう一度落とし込むことによって、「もう二度と食べられないあれ」を再び味わう喜びが得られるのかも知れない。この本に書かれたエピソードも、部分的にはフィクションなのかも知れないけれど、子供時代の自分の食に再び触れるための、彼女の確かな寄辺になっている気がします。
桐島洋子さんの『聡明な女は料理がうまい』は、どういった理由で選ばれたんですか?

細川:この本に限らず、高校生の時に大量に桐島さんの本を読んでいたんです。『美食の貝合わせ』という本を今回推薦しようとしたら絶版だったので、現在も出版されているこの本を選びました。自分は桐島さんの真似はできないし、共感といった感情とも違うのですが、彼女の生き方、さばけた考え方に好感を持っています。昔から彼女の本は読んでいるんですが、最近になってまた読み返しています。先ほどの辛さんと違って、人にたたみかけるような文章というか、攻撃的な感じがしますけれど、意外とすっと自分に入ってくる。

幅:高校生の時にこの本を読んだことで、桐島さんの生き方に感化されるというか、今の自分の根っこになっている、という感覚はあるんですか?

細川:この本を読んで、直接、人生が変わったという感覚はありません。でも、生きていく上で起きる様々なことに対して、しっかりとしたその人自身の意見を持つ潔さ、みたいなものを教えてくれたのは桐島さんの本ですね。

幅:確かに、桐島さんの言葉には言い切る強さがありますよね。もしかしたらそれは、読者だけでなく、筆者の彼女自身にも向けられた言葉なのかも知れない。桐島さんの本を読んでいると、最終的には「なんとかなるんだ、人間は」という気にさせられる。彼女の自分を奮い立たせるための言動が、自然と周りにも伝搬していく。そんな魅力と熱を持った本だと思います。

細川:彼女はとてもいいおうちで生まれ育っていますよね。だから、どんなに奔放なことをしても、品位が最後まで崩れない。

幅:そうですね。桐島さんには、確かな佇まいとでも言うような風格を感じます。実はこの『聡明な女は料理がうまい』は、第一回目から第三回目までのゲストの方々全員が勧めているんです。でも、それぞれがこの本をレコメンドする理由は、ちょっとずつ違うんですよね。同じ本でも、読む人の数だけ『聡明な女は料理がうまい』は存在するのだな、と改めて思わされる。それがこの企画の面白いところなので、読者の方にはぜひ他のゲストのインタビューも読んで欲しいものです。

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細川亜衣

細川亜衣

料理家
1972年生まれ。熊本にて料理教室を主宰するほか、自宅のある泰勝寺や全国各地で食にまつわる様々なイベントを行っている。
近著に日々の食卓を綴った『食記帖』(リトルモア)がある。今春、スープの本の刊行を予定している。
細川亜衣料理教室 camellia http://aihosokawa.jugem.jp/

  • 食記帖

    著者:細川亜衣
    出版社:リトル・モア

    細川亜衣の世界観が詰め込まれた1冊。

  • 愛しの皿
     

    著者:細川亜衣
    出版社:筑摩書房

    美しい料理本。

  • イタリア料理の本
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

  • イタリア料理の本〈2〉
     

    著者:米沢亜衣
    出版社:アノニマスタジオ

    本当においしいイタリア料理の本。

おいしい本棚2013一覧