高橋みどりさんのおいしい本棚

credit

高橋 : 高峰秀子さんも沢村貞子さんもちょっと違う形ではあるけれども、基本はやっぱり旦那さんのため。でも夫の胃袋や心をつかんでおきたいからやるわけでもなくて、ちゃんとした生活、ちゃんとした日々を過ごすことを信条とした延長線上にそれがあったのかもしれません。この2人はいわゆる主婦ではなく、仕事を持ちながら料理をやってきたところは見習いたいというか、また別の意味でも素敵なことだなと思いますね。

幅 : 高峰さんは女優という華やかな仕事だったのに、自分が最後に好きになった男性に対し実に献身的に料理を振舞いました。ある個人に向けられた料理の熱ってすごく高いものがあるし、万人に向けて書かれた料理でないところがいいのかなぁ、なんて気がしますね。

高橋 : 高峰秀子さんの本で選んだのは『台所のオーケストラ』。これはもう文庫でしか残ってないんだけど…。

幅 : やっぱりハードカバーの方が長く取っておき、読む機会が多いような気がします。和、洋、中、さまざまな家庭料理のレシピを、彼女曰く「怠け者の情熱家」のために集めた1冊。これこそ台所の傍らに置いといてパラパラっと見ると、こんなに面白い本はないと思う。

高橋 : あとから紹介する水上 勉さんの『土を喰ふ日々』もそうだけど、私の場合はハードカバーと文庫と両方持っていて、家で読むときはハードで読んで、鞄の中には文庫が入っている。もう文庫はヨレヨレですけど。何となく「今日の帰りの電車はこれ」みたいに気軽に読んで、「季節の変わり目はこういうのやってみようかな」となる。『台所のオーケストラ』もぜひハードで再販して欲しいな。

幅 : とりあえずは文庫を鞄に常に忍ばせておきましょう。

高橋 : そうですね。そういえば、沢村貞子さんと高峰秀子さんのレシピの文章を読み比べるのって面白いかも知れません。

photo15
photo16

幅 : レシピに人間が出ますよね。ご飯の食べ方や、その料理の仕方とかにね。みどりさんは、沢村さんの『献立日記』を実際の料理写真やエッセイで再構成した『沢村貞子の献立日記』を執筆したりしてらっしゃいますけど、ただひたすら献立が書いてあるあの『献立日記』をあえて再編集しようと思ったのは何故だったんですか?

高橋 : これは私からというよりも、新潮社の人から言われたんですね。去年はちょうど高峰さんや沢村さん、他にも向田邦子さんなど、その時代の方々の料理本がちょっと再評価された感があった。そんなときに私の芸術新潮での連載(後にまとめて『私の好きな料理の本』)をご覧になった編集の方が、「『献立日記』をもっと読み砕いてみませんか?」っていう企画をこしらえてくれたのです。私にとっては、まずは何よりも「本物の、沢村さんの手書きの『献立日記』を見せてもらえるという誘惑」にかられてしまい…。

幅 : 好きだったら、嬉しいお仕事ですよね。

高橋 : もう、すぐ受けちゃいましたよ。

幅 : オリジナルの沢村貞子『献立日記』というのは、もともとは大学ノートにびっしりとか書かれていたという毎日の献立レシピ。57歳から84歳までの27年間、1日も欠かさず記録したものだそうです。料理の記録でありながら、彼女の人生が詰まった食日記ですよね。

高橋 : 目の前に積まれた時にはもう、ドキドキもんでした。

幅 : ご本人の筆跡で…、どうでした? 僕は『沢村貞子の献立日記』の写真を見て、「結構、油の跡なんかで汚れていたんだ」とか、「こういう文字だったのね」と、直の痕跡を見られたという意味で、いろいろ納得してしまいました。

高橋 : その時で文字の勢いも違うし、「あぁ、これはお手伝いさんが書いたのかな」とか、「気持ちが安定している時なのかな」というのも全部見ることができる。「自分で自分の形を作っていった」という哲学は高峰さんも同じだけど、学校にもそんなに行けないままに女優業が始まってしまった彼女らは、そういう境遇の中で立派な人たちと会い、おいしいものいろいろ食べて、良いものを見て、当時としては珍しい海外文化にも触れたわけじゃないですか。

幅 : そうですね、アートとかも含めてね。高峰さんなんて『巴里ひとりある記』では、単身パリに渡っちゃう人ですもんね。

高橋 : 人間って、出会った人によって育っていくんだなというのを感じますよね。この2人を見ていると。まぁ、ご主人との出会いはすごかったですけどね。

幅 : あとこの『献立日記』で印象的だったのが、黒柳徹子さんのエッセイ。彼女と沢村さんが、こんな関係でらっしゃっただなんて。黒柳さんが沢村さんを偲んで書いたエッセイは、まさに母に向けたラブレターですよね。

高橋 : ちょっと泣けましたよね。「母さん、母さん」って。

photo17

高橋 : こちら水上 勉さんの『土を喰ふ日々』は、鞄の中にいつも文庫を入れていて、「こんな親父になりたいなあ」と思っている人。 

幅 : 9歳の頃から禅寺にいないと、なかなかこういう親父にはなれないんじゃないか? という気もちょっとするのですが…。ともあれ、作家の彼がそこで学んだ家庭的精進料理を披露する1冊です。軽井沢の山荘に1年間こもり、畑を作り、穫れたものを喰らうという明解な食生活。

高橋 : 混んだ電車の中とかで水上さんを読むと、自分だけ涼しい、みたいな感覚があったり。

幅 : 急に何か風の通りがよくなるというか、土地の匂いがしてくる感じの男の料理本ですよね。この本では、エッセイの合間にモノクロの写真が何枚か挟み込まれるのですが、これが本当に格好良くて。水上さんて、料理する時に前髪が落っこちてくるんですよね。ほら、この26ページの胡麻をすってる写真なんかすごい。胡麻をすっているだけなのに、こんなにフォトジェニック!

高橋 : 私の友達は「水上 勉は男として好みだ」とまで言ってました。

幅 : そうですか! この前髪を垂らしながら大根を煮る感じ…。アリス・ウォータースの活動が近頃はテレビ番組にもなって「やれ、オーガニックフードだなんだ」と話題になっていますけど、その手の本で日本男子の代表だったら間違いなく、水上 勉ですよね。いま読み返すには、ちょうど良いタイミングなのかも知れません。

高橋 : 続いては詩人の長田 弘さんの本。彼の本で、食べものにまつわるタイトルが付いていると必ず買いたくなる。『食卓一期一会』は何度も繰り返し読んでいます。私は写真だけじゃない、文章表現の料理ってすごく好きなので、長田さんの言葉は堪らない。あくまでも詩集であり、料理の本ではないんだけど、色んな人生や食が表現されている。「こういう形式の本って素敵だなぁ」っていつも思います。はずせない本ですね、私の中では。

幅 : まず最初の1篇が、「言葉のダシのとりかた」から始まる。

高橋 : そうそう、「あ、いろんな灰汁を取るのね」って。出汁をとるということは、結局誰かのものを借りてきたのではいけない。「他人の言葉はダシには使えない。いつでも自分の言葉をつかわねばならない」という部分は響きました。

幅 : 詩人の長田さんの書く料理は、レシピでもなく、うんちくでもなく、急に他の文学に行ったり絵画の話にいったり、音楽の話になったり。縦横無尽に交錯しながら、また最後にごはんに落ちてくる。それこそ『私の保存食ノート』に関するオマージュもあったりして。

高橋 : 昔から憧れていた方で、「好きだ、好きだ」って言っていたら、この間お食事に同席させていただいて。「会わせてくれなくてもいいのに、緊張するから」て思ったんだけど、ご一緒したら、やっぱりお料理がすごくお好きみたいですね。奥様が何年か前に亡くなられて、その時に書かれていた連載をまとめた本もすごく良かったんですよ。

幅 : 『人はかつて樹だった』ですかねえ。病院で外を見て…という詩を憶えています。

高橋 : そう、そして木の上に大きな空が広がっていて、という文章は思わず涙が出ました。

幅 : 長田さんの本は、本当にどれも本としてきれい。これもカバー取ると布張りで。これはもう一生傍らに置いておきたいものですね。

高橋 : これも平野甲賀さんの装丁ですよね。こういうなんでもないけど飽きない本作り、装丁っていいですよね。素敵な装幀といえば晶文社も思い出すのですが、私が大好きな出版社の農文協についても話させて下さい。農文協の出している本ってうっかり買っちゃう。特に栃木と東京の二重生活をしている今は、そこの土地の本を読もうと思って買ったり、自分のルーツである群馬の本を買ったり。「最低限そういうところを知っていようよ、みんな」という部分をくすぐるタイトルがたくさんある。

幅 : 地場に根付いてる食べものの本というんですかね。今回は『聞き書 東京の食事』を選んでいただきました。耳で集めた東京めしの文化人類学とでも言うのですか。実に、さまざまな地のものが丁寧に紹介されています。聞き書きっていうところが別段よくって、口頭伝承的に、母が娘に、娘がまたその娘に、何かを少しずつ伝えていって、コアな部分は残りながらもその周辺の部分は時代とともに少しずつ変わっていく様子がよくわかる。その辺の緩やかさみたいなのも面白い。

高橋 : 私が栃木の土地の本を読んでいたとき、周りに聞くと意外とみんな郷土料理の作り方を知らないことがわかった。たまたま夫の母がそれを知っていて、作り方を教わるという嫁の真似事をしたんですね。話しながらすりこぎしていると、「料理って自分の母親以外の義母に教わる真似事だけど、こうやってこの料理が残っていくってやっぱり素敵だな」ってちょっと思えたんですよね。

幅 : 残そうというよりは、自然に何か伝わるみたいな。

高橋 : 共通の会話のないところで、それが始めて会話になっていくというか。

幅 : 料理をしている時間は少なくともシェアしてますよね。D&Dに農文協の本を置くのは、ある意味すごくいいと思いますね。洒落っ気は少ないけれど、実直な真心がある。

高橋 : ちなみにこの『聞き書き』シリーズは世界編もあるんですよ。そちらの世界編もかなり面白い。自分が行った外国の本を全部買いたくなったりしちゃいます。

幅 : 長々とお話いただきましたが、いよいよデザートまで辿りつきました。

高橋 : D&D的には、お菓子も欠かせませんよね。これらも自分で作って、食べて、おいしい! と思った本を選んできました。『杉野英実のスイーツ:シンプルでも素材らしく』は、プロのイズムをシンプルに抽出した本ですが、同じくオーボンヴュータンの河田さんの『簡素なお菓子』も見事に手軽な感じに仕上げています。
一方『ふわふわシフォンケーキ』は、京都のロールケーキで有名だった津田陽子さんの、1番新しい本ですね。彼女にとっての焼き菓子つくり原点はカステラ。「どうやって卵、砂糖、粉の中に、バターを入れ込むのか?」という試行錯誤から生まれたシフォンケーキの本なんです。
あともう1冊は、『ヨーガン レール ババグーリのお菓子』。今の時代もてはやされている「体にいい系」のお菓子って味の上では結構微妙なものが多いんです。けれど、ヨーガン レールのデザイナーの1人、牧野里香さんのこのレシピは、本当においしいお菓子が出来上がります。

幅 : デザートの本の選び方としては、まず一番シンプルで簡単なところからステップアップしていくのが…

高橋 : それがいいと思う。ハードルが高過ぎると作れないけれども、一所懸命ハードル低くしてくださって、「あ、これぐらいだったらやってみよう」と思えるような。例えばオーボンヴュータンの河田さんのお菓子はとても構築されたもので、そういう彼のアイデアの一端がこの本に載っている。自分のうちに友達が来るときのデザートはこれぐらいできれば十分で、それ以上のものを望むなら、私はやっぱりお店に買いに行く(笑)。

幅 : でも逆に、そういうすごいアイデアや技術を持った人だからこそ、シンプルなやり方の本というのも作れるのかも知れませんよね。

高橋 : そうなんです。高みに行った人が降りてくることしかできないんですよね。すべての料理に対して言えるのかもしれませんが、やっぱり基本がちゃんとしていて、高いところにまで登って行った方の本しか、長い時間を掛けてちゃんと向き合えない。

photo18

幅 : 最後に、なかなか手に入らないけれど、高橋さんが大事にしている古書も選んでもらいました。
まずはチャールズ・ジョーンズの『THE PLANT KINGDOMS』という料理の素材の写真集ですね。モノクロームで切り撮られるカブやカリフラワーが鮮烈。

高橋 : 料理写真の行き着いた際というか、まさに素材そのものの写真集です。作為はあるけど、嫌じゃない作為ってときに美しい。撮影者は、ただの農夫だったらしく、そんな無名なおじさんが好きで撮っていたものが後々発見されて、こういう本になったという来歴もすごい。アリス・ウォータースが文章を書いている。

幅 : 食べ物写真なのに、陰影のつけ方が絶妙ですね。植物を博物誌的な視点で撮ったカール・ブロスフェルトの写真のようなストイックさと趣の深さみたいなものが同居しています。ブロスフェルトと比べるとすこし水気が違うというか、こっちのジョーンズさんの方が水分量、多い気がします。エディトリアル・デザインも上手ですよね。写真を大きなサイズでドンドンとね、潔く、気前よく。野菜が実際以上のサイズになっているわけじゃないですか、この蕪とか。

高橋 : こういう素材の写真にドキドキするって嬉しい。

幅 : 確かにキャベツが息をしてる感じが伝わってきますよね。

高橋 : 以前、友人がこの本について書いていたんですけど、ロンドンのアンティーク・マーケットでたまたまこの写真が見つけられて、偶然が重なりこの本ができたみたい。きっとこの農夫は、いい人に見つけられたんでしょうね。あと、写真もさることながら、エッチングもきれいだなと思った。

幅 : 最後に見せていただくのは、また伝説の本といいますか『百味菜々』ですね。東京の青山にあった「百味存」という日本料理屋の料理や、素材、器を紹介する本なのですが、写真や文章、デザイン、使われている器など、超一級品が集められたゆえに醸し出る強度が本から沸き立っています。

高橋 : 再販されている復刻版なのかと思ってたけど、もう絶版なんですね。これが出た当時は、いつかこんな仕事をしたいなと…

幅 : なかなか畏れ多くてルーシー・リーの器に盛れないけど、でもやっぱり盛りたい。

高橋 : 何年か前にルーシー・リーに盛るというページを長尾さんがやってましたよね。それはそれでとてもステキでした。この本は錚々たる方々のお力でできています。ステキを超えて、静かな感動があります。

幅 : 強烈な本ですよね。古くならないどころか、時間を経る度にどんどん輝いていきますよね。

高橋 : そんなちっちゃいとこでちまちましてんなよ、と諌められている気がしてきます。器に関しても、ルーシー・リーもいいが、魯山人に盛りつけたり、日本に昔からある器に、日本の食べものを盛るって素晴らしいと単純に思えます。これはいったいどんなプロジェクトだったんですかね。

幅 : 日本の食の根源が、すべて詰まっていますね。そして明らかに「食べておいしいか」に器選びも含めたすべての視点が結びついている。

高橋:いま器を作っている現代の陶芸家にも、「もう1回よく見てくれ」と言いたい。ルーシー・リー後の流行に乗った薄手の小さな高台ばっかりじゃなくってね(笑)。

photo19
photo20
photo21

高橋みどり

高橋みどり

フードスタイリスト
1957年東京都生まれ。女子美術大学短期大学部で陶芸を専攻後、テキスタイルを学ぶ。大橋歩事務所のスタッフ、 ケータリング活動を経て、1987年フリーに。おもに料理本のスタイリングを手がける。著書に『うちの器』(メディアファクトリー)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、『私の好きな料理の本』(新潮社)、共著に『毎日つかう漆のうつわ』『沢村貞子の献立日記』(ともに新潮社とんぼの本)など。

  • つづきまして伝言レシピ

    出版社:マガジンハウス

    著者からあなたへ伝言レシピ。

  • 伝言レシピ

    出版社:マガジンハウス

    著者からあなたへ伝言レシピ。

  • 私の好きな料理の本

    出版社:新潮社

    食いしん坊の本の本。

  • ヨーガンレールの社員食堂

    出版社:PHP研究所

    元祖社員食堂本。

  • 酒の肴

    出版社:メディアファクトリー

    すべてが絶妙なバランスの、心憎い1冊。

おいしい本棚2013一覧