高橋みどりさんのおいしい本棚

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幅 : お久しぶりです。今日はお会いできるのを愉しみにしてきました。早速なんですが、みどりさんとDEAN&DELUCA(以下D&D)の出会いについてお聞かせください。

高橋 : D&Dは、もともとニューヨーク(以下N.Y.)好きだった自分にとってすごく特別な場所です。食関係の人は基本フランス好きの人が多いんです。N.Y.好きというと、「ありえない」ってよく言われてました。けれど、30代の頃はN.Y.に行くたびにD&Dに行っていましたね。

幅 : ソーホーのお店ですよね。

高橋 : そうです。まだカフェがなくて、入口にイートインがちょっとあり、入っていくとレジがあって、黒人のお姉さんとか格好良い男の子のスタッフとかがいて、その先に生鮮があって、肉とスパイスコーナーがあって、その奥に本や食器類があった。初めて行ったときは、かつて青山の紀ノ国屋ストアに行ってドキドキした何百倍もの感銘を受けました。最初は、アルミの銀色のスパイス缶を買って帰るのがやっぱり嬉しくて。本も今みたいにamazonなどで買えないので、行ったらそこで買っていました。グラマシーパークホテルもまだ古い頃ですね。

幅 : ホテルも、まだ今みたいにリニューアルされる前の話ですね?

高橋 : 低層で窓が開けられるようになっていてね。そこを常宿にして行っていたんです。朝、ちょっとD&Dでお茶をしたりしていましたね。

幅 : 確かに歩ける距離ですよね。

高橋 : ええ、ニューヨーカーみたいに新聞を買って、ベーグル屋に並んで、そういう自分に酔いながら(笑)N.Y.の街にいるのが好きだったんですよ。

幅 : N.Y.に行かれたら必ず訪れていたんですか。

高橋 : 必ず行っていたし、当時は本当にかっこいい人が集まっていました。そしてD&Dをきっかけに、今度はサンフランシスコ郊外はバークレーのアリス・ウォータースにつながる。

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幅 : なるほど。それはアメリカにおけるオーガニック・フードの食文化ということですか?

高橋 : 食文化っていうほどではなくて、D&Dで、美味しいレストランがあるって聞いたんです。それでシェ・パニース(アリス・ウォータースの主宰するレストラン)を知り、友人たちが皆フランスに行っている頃、私はサンフランシスコに数回、通うように行きました。

幅 : 通うようにですか!

高橋 : 初めて行った時の感動が強くて、季節ごとに食べたい…と思って。アリス個人だけでなく、建築物やその文化の在り様とかも好きで。サンフランシスコ自体というより、バークレーの辺りの雰囲気がすごく好きだった。そして、その周辺で体験した食ですね。「アメリカにも美味しいものあるじゃない!」って。例えば、当時まだN.Y.に目の向いていない長尾智子さんに、「N.Y.もおもしろいよ」って連れて行ったこともありましたね。長尾さんとN.Y.とバークレーを往復しながら、シェ・パニースにも行ったなあ。いま考えるとすごい移動! エネルギーありました(笑)。

幅 : アリスといえば、彼女の半生を描く『美味しい革命』という本の日本語版が出ましたよね。

高橋 : 自分がおぼろげに感じていたシェ・パニースの動きや、通って経験し感動していたことに、実はこんなにも迷いがあったんだいうのもわかった。

幅 : 読んでみると確かにそうなんですよね。90年代は迷いの時代で、忙しくなればなるほど、現場に居られないことやスタッフをどう育てるのかに悩んでいる。この本に書いてあることで僕が一番印象的だったのが、家族に対すること。旦那さんと心が離れていく様子が赤裸々に、正面から描かれている。

高橋 : そこ、おもしろかったよね。

幅 : それこそ、ホワイトハウスに自家農園をつくろうと大統領とやりとりしたり、オーガニック時代のアイコンとしての美談ばかりで終わっていたら、『美味しい革命』はこんなにおもしろい本になっていなかったと思うんです。

高橋 : 「やっぱりシェ・パニースってずっと赤字だったんだ」とかね。

幅 : 90年代後半ぐらいにちゃんとしたマネジメントの人が入って、帳簿を見たら「びっくり!」といった描写もありましたよね。でも、完璧ではないゆえに魅力的なんだとも気付く。

高橋 : お店に行っても、働いている人たちがみなさんすごく素敵で、志が高いレストランだなと思ったんです。けれど、その背景がわかると、人間味というか、「食べ物ってこういうことで本当にいいのかな?」という自分たちの疑問とも重ねあわせることができた。最終的には食育の方向へと舵を切る彼女の指針にも、すごく納得できた。

幅 : 悩んだり、迷ったり。でも、最終的に彼女は食べ物で世界が変わると真正面から信じているところがやっぱりすごい。

高橋 : わたし、料理の本を作っていても、一緒にやる人の範囲は本当に狭くて、何人かとしかやっていないんですよね。単行本ばっかりだから、もう5本の指で足りちゃうぐらいの人としかやっていない。だけど、自分が仕事をやっていく上で、やっぱり料理がまずい人とは絶対できないんです。あと人間性がしっかりした人としかやりたくない。もうこの先の人生が短いので(笑)。

幅 : それを言うのは早いでしょう。

高橋 : だから、人として魅力ある人と、ちゃんとした時間を付き合いたい。その人の人柄が出ている料理ってやっぱり納得ができるんですよね。自分で体験したことから生まれる感動で料理が生まれている人がとても好き。今回挙げた人たち、アリスもそうだし、有元先生もそうだし、長尾さんもそういう人たちです。実は、私が最近気になってしょうがないのは、土井善晴さんなんです。

幅 : 土井善晴さんを選ばれているのは、ちょっと以外だなと思いました。

高橋 : 土井先生、いいんですよ。

幅 : まずこの言葉がいい。『土井家の「一生もん」2品献立』という本は、いきなり関西弁で「この本は、言(ゆ)うたら『あたりまえのもん』しか出てきません」って。「言うたら」の柔らかーい感じで、もうペースにはまってしまいます。土井 勝さんのご次男ですからね。小さい頃からしっかりしたものを食べてきて、体で覚えている方なんだろうけど、その力の抜け具合と正直なスタンスが堪りません。例えば、「2品献立」というのも、栄養学的に言うタンパク質が入った「主菜」と「副菜」ではなく、いま食べたいものをシンプルに調理し、その傍らにバランスを見てもう一品というだけのこと。献立なんて、お天気で決めようという力の抜けた料理です。

高橋 : アリス・ウォータースとコート・ドールの斉須政雄さんを除いて、有元さんにしても長尾さんにしても、細川さんにしてもそうなんだけれども、ここに挙げた人は皆さん家庭料理。家庭料理はすごいと、いま思っていて、フレンチ、イタリアンという料理の分け方と同じ重さで、日本の家庭料理って大切だと自分の中で今更ながら出てきている。しかも、いま自分の中の流行がなぜか男料理というか、おやじ料理がすごく気になる。読みまくってます。

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幅 : だから土井さんなんですね。

高橋 : 家で食べるごはんが、フレンチや他の料理に劣っているわけでは全くない。その想いの形とか、日本人であるからこそ、四季折々があって、旬があってという話を読んでいるだけでも、やっぱり料理って作りたくなるもの。

 

幅 : 『土井家の「一生もん」』は、ごはんを語りながら結局は家族を語っている本。食卓にどういう姿勢で向き合って食べるのか? 当たり前と言えばものすごく当たり前のことなんだけれども、幾つか自分も反省しました。「濃く強い出汁でわかりやすい「おいしさ」を作るくらいなら、無理せず水で煮ればいいのだ」と彼はいいます。「尻上がりの味」って名付けていましたね。

高橋 : 気がついたら自分は土井さんと同じ歳だったんだけど、彼の書く家庭料理の普遍さは読んでいくと実にしっくりくるんですよね。「ちょっと風が吹いて寒くなってきたら、こういうのを食べたくなるから、こういうのを作ろう」みたいな。自分だって、プライベートでも仕事でも、外ではいろいろ食べるんだけど、やっぱり家で食べたくなるものって、こっちだったんだよね。

幅 : なるほど。いろいろな変遷を通って最後に還る場所だったというわけですか。

高橋 : 自身が食いしん坊だから、例えば高山なおみさんのちょっとスパイス効いたものも好きですよ。ただ、「家では美味しいごはんとお漬け物で」という方向になってきているのかな。素直にそれがあることが大切だなと思っている。

幅 : 高山さんの『今日のおかず』の最後に載っていた「おすすめ味噌汁」は、美味しそうでしたよねえ。確かに高山さんは、エスニックでスパイシーな料理の提案もありつつ、縦横無尽に世界中の家庭の食卓を巡って。行き着いた場所が、ごはんと味噌汁なのかなあ? と思いました。

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高橋 : まずは基本の引出しがあって、そこに高山さんが高山さんらしい、旅とか色々なことで経験した味のレシピを重ねてくれるから、彼女の味になる。それでいて、彼女の本を読むと、料理をしたことのない男だって「やってみようかな、俺」ってなるようなきっかけが書いてある。皆それぞれが、それぞれの美味しさを教える。今回わたしが推薦した人たちは、「いやあ、私一緒に仕事したんだけど、この人たちほんといいのよ」っていう感じのお墨付きで紹介しています。それはインドのこの方もそうだし。

幅 : レヌ・アロラさんですね。今回は『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』を選んでいただきました。

高橋 : この方は日本に30数年いらして、日本語がすごく上手。

幅 : 日本でインド料理というと、当時はカレーしかなくて、「それは違う」というのが彼女の活動の初期衝動と書いてありますよね。僕たちは辛いとか苦いとかすっぱいとか、ざっくりとした方向性でしかスパイスを表現できないでいたんだけど、本当は細い路地が入り組んでいるようなもので、たくさんのスパイスを少しずつ掛け合わせながらミックスアップしていくというのか。

高橋 : ある意味、順列の組み合わせですから、すごく色んなパターンの味になる。でも、彼女も基本はやっぱり家庭の味で、「ちょっとお腹痛かったらこういうスパイスを駆使しよう」とか、「ちょっと疲れ気味だったらこうしよう」とか、そういう生活のシーンが料理にちゃんと折り込まれている。先生もおっしゃっているけど、日本で最初にカレー料理を教えたら、日本人は「なんで? なんで?」って理由をすごく聞いてくると言っていました。「なぜ料理に理由がなくちゃいけないんだ」って言っていたけど、彼女の持つ文化や生活に根ざした料理を、素直に「食べてごらん」といって差し出してくれるような1冊ですね。

幅 : 続いては、『崔さんのおかず』について伺いましょう。インドから韓国へジャンプです。

高橋 : チェさんの料理はきれいな韓国料理の味。私たちが親に教わっていない味が、レシピからだけど、本当においしく出来る。こういうと怒られるかもしれませんが、案外おいしくできない人のレシピもあるんですよ。だけどこの本は、すごくちゃんとしている。

幅 : (笑)。ちなみにレシピの信憑性はどこでわかるのですか?

高橋 : それは長年の経験からの勘もあるけど、まずは本を手にして作りたくなる感じがあるもの、そして実際1品でも作ると全てがわかる。

幅 : レシピの書き方の細やかさとか?

高橋 : そうですね、まずは明解であること。この本に関しては1品作ってみたらあまりにもおいしくて、どんどん作ってしまったというくらい。韓国料理って、今までベタな紹介が多かったんだけど、日本人だって若い子は日本食をアレンジして食べるように、チェさんも彼女らしい、いまの韓国料理が載っている。魅力的な韓国料理がいっぱい。作って友達を呼びたくなります。

幅 : 僕が興味深かったのは、ページの傍らにちょっとだけ載っている「ちびコラム」っていうんですか? 豆もやしの話や、韓国における唐辛子の立ち位置、お焦げの楽しみ方などなど、レシピとは別の角度から食や文化の情報にも光が当てられていて、どんどんそこだけ読み進めちゃいました。

高橋 : 料理本のおまけの愉しさって、つぼにはまるとそういう風に読んじゃうかもしれない。

高橋みどり

高橋みどり

フードスタイリスト
1957年東京都生まれ。女子美術大学短期大学部で陶芸を専攻後、テキスタイルを学ぶ。大橋歩事務所のスタッフ、 ケータリング活動を経て、1987年フリーに。おもに料理本のスタイリングを手がける。著書に『うちの器』(メディアファクトリー)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、『私の好きな料理の本』(新潮社)、共著に『毎日つかう漆のうつわ』『沢村貞子の献立日記』(ともに新潮社とんぼの本)など。

  • つづきまして伝言レシピ

    出版社:マガジンハウス

    著者からあなたへ伝言レシピ。

  • 伝言レシピ

    出版社:マガジンハウス

    著者からあなたへ伝言レシピ。

  • 私の好きな料理の本

    出版社:新潮社

    食いしん坊の本の本。

  • ヨーガンレールの社員食堂

    出版社:PHP研究所

    元祖社員食堂本。

  • 酒の肴

    出版社:メディアファクトリー

    すべてが絶妙なバランスの、心憎い1冊。

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