伊藤まさこさんのおいしい本棚

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幅 : 続きましては、男の書いた料理本について伺っていきましょう。檀 一雄さんの『檀流クッキング』や、水上 勉さんの『土を喰ふ日々』、開高 健さんの『地球はグラスのふちを回る』など、何冊か今回のために選んでいただきました。比べると、どうしても女性の書き手が多い料理本の世界ですが、一方で男性の書いた料理の本を読む時は、頭を切り替えたりする部分はあるんですか?

伊藤 : 男性のあたまの中をのぞくような感じなのかな。「こんな風に考えているんだ」と驚くことも多い。総じていうなら、男の料理本は、家族のためというより自分のため。みんな、自由でへりくだっていなくて、断言の仕方も格好いいですよね。

幅 : 伊藤さんに多少そういう部分があるから、共感できるんですかね? 女性の食の本が、料理を語りつつ、生き方を語っているのが多いのに対して、男性のものはどちらかというと即物的。

伊藤 : 水上さんはすこし違うけれど、基本的には皆さん勝手ですよねぇ。檀 一雄さんも、開高 健さんも、「食べたいから食べるんだ。うまいから食べるんだ、何が悪い」みたいな感じがしません?

幅 : 彼らは市場を闊歩して、獰猛な直感で食材を買って、自分で作って、自分で食べる。他人のこと、考えてなさそうですよね。

伊藤 : ちまちましていない感じが性に合います。

幅 : 開高 健の『地球はグラスのふちを回る』では、サイゴンやウィーンなど、世界各地で名酒、珍酒を飲む話がぎっしり詰まってますけれど、男の酒本のうんちくというか語りはどうですか?

伊藤 : うんちくは好きではないけれど、開高さんのこの本は、うんちくよりも野生が勝っている感じですよね。

幅 : ところで『檀流クッキング』の料理の紹介の仕方と、伊藤さんの料理の紹介が、それとなく似ている気がしてるんです。差し出し方と、読者との距離感に近しいものを感じてしまう。

伊藤 : え、ほんとですか! うれしい。

幅 : こういうと伊藤さんには怒られるかもしれないですけど、余白たっぷりなわけですよね。基本的には、「今の時期はこうで、私の体はこうで、気持ちはこうだから、私はこれを食べるんだ」っていうのがぴしっと書かれている。両者とも、もちろん「野菜はこう切りましょう」とか、抑えるべきところは抑えたうえで、あとはエイっと投げる。読者を信じているゆえの、余白たっぷり感です。そして「さあ、どうぞ、どうぞ」じゃなくて、「まぁ、やってみたら」くらいの横からすーっと差し出すスタンス。そういう伊藤さんの料理の伝え方に、檀流を感じるんですよね。あと、読み手の直感も信用しているところとか。だから、レシピの分量なども「これは必ず何グラムで」など細かくし過ぎることが好きじゃないとおっしゃっていたのもよくわかります。

伊藤 : 料理って、いまの自分の気分や体調を感じて、そのとき採れる季節のもので作るものだから、本来はグラムじゃ計れないと思うんですよ。気分でいいと思います。

幅 : 気分に乗っとった料理だからこそ、本来の意味でのおいしさを感じるのかもしれませんよね。伊藤さんの本を読むと、料理それ自体はもちろんですが、気分や体調、風景、誰とテーブルを囲むのか、どういうテーブルに並ぶのかとか、その状況や周辺環境も含めて、こういう差し出し方がいいだろうという提案の仕方をしている気がします。

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伊藤 : 本の中では、マヨネーズはこれがよいと書いていますけど、他においしいと思うものがあればそれでいいんです。こうしましょうという提案というより、私はこうしています、私はこれが好きですというだけ。だから絶対に嘘をついたらだめだと思っているんですよ。正直に自分の中で「好き」「おいしい」と思ったものだけしか載せていません。

幅 : 空白を埋めるためじゃなくて、自分のからだを一度通ったものしか紹介しないという姿勢だから説得力があるんでしょうね。

伊藤 : 水上 勉さんの『土を喰ふ日々』は男性の食随筆ですが、挙げた他の本とはちょっと違う魅力があります。私は、横浜で育ち20代からはずっと東京で暮らしていたので、例えば高級スーパーに行けば、いい食材が買えるから大丈夫というような意識があったんです。いい食材選びイコールいいスーパー選びだった。けれど、松本に住んで市場に通ったり、ご近所から採れたての野菜をいただくようになって、そういえば食べ物って土からできているんだよなと気づいたんです。日本酒の酒蔵に行ったときも、「醸造は最後の20%くらい。あとの80%は農業なんだよ」という話を聞いて、目からウロコ。『土を喰ふ日々』を読み返して、最初読んだ時はぴんとこなかったのが、こういうことだったんだ! と、理解できたんです。「確かに私たちは土を喰べている!」と。

幅 : 東京にいると一日のうちに土に触れることすらないですからね。松本に行かれたことによって料理観は変わりましたか?

伊藤 : そうですね。お醤油などの調味料選びはもちろんですが、野菜などは大地から生まれてくるものを意識して使うようになりました。食の仕事をしているのに30幾つまでそのことに気がつかなかった自分自身にびっくりです。

幅 : 地場によって変わる料理感といえば、選んでいただいた石井好子さんの『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』。1950年代、まだ日本人がほとんどパリのような海外に行っていない時代のパリ暮らしが綴られています。パリに住んでいるときに書いたというよりは、日本に戻ってきたときに回顧して書いたものですけれど、その場にいた時には生きるのに必死で気づかなかったようなことも、少し時間が経った後むくむくと立ちあがってきて形になった本だと思います。

伊藤 : ほんとに本からオムレツの匂いがしてきそうですよね。文章がすごくいい。

幅 : この本がおもしろいのは、オムレツを作ってくれた人が生粋のフランス人ではないところ。確かステイ先のロシアの方だったと思うのですが、食べたことのないようなオムレツを異邦人が焼いてくれたパリという場所であり、その時のバタの匂いなんですよね。でも、石井さんにとっては、すべてが鮮烈で新しい体験だった。パリで出会ったものごとが、石井さんにとってはやっぱり全て「パリ」だったんですね。

伊藤 : 料理のことばかりじゃなくて、その時の暮しとか仕事に対する姿勢とか石井さんの生き様全体を感じられる本ですよね。そして、この人もすこし、男っぽいところがある。

幅 : でないと50年代に単身パリに行って、シャンソンをやりませんよね(笑)。

伊藤 : 気も強そうで好感がもてます。

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幅 : お次は、佐藤雅子さんの『私の保存食ノート』について聞かせて下さい。

伊藤 : 実はこの本を読んで、実際に作った料理は少ないんです。けれど、合間のちょっとしたエッセイに毎日の暮らしとか、その人の生き方が垣間みれて、なるほどと思うことが多い。佐藤さん、お茶目なんですよ。ストーブ台にしている大理石の板をエッサエッサと持ち出してタッフィーをのばしたら、お姑さんに大目玉をちょうだいしたという話があったり。

幅 : 同じ佐藤雅子さんの『季節のうた』も最高ですよね。彼女の夫が日本国憲法の制作に関わった佐藤達夫という方なのですが、憲法の草稿制作のために帰ってこない夫を娘と待つというエッセイなんか堪りません。

伊藤 : 佐藤さんてお姑さんにすごく鍛えられていますよね。旦那さんに対する尊敬もすごい。お姑さんとの関係も反発ではなく寛容。主婦というと、ずいぶん限定されたイメージですが、その主婦という自身の与えられた環境の中で楽しむという、その時代の女性にはあまりいないタイプの人だなと思いました。

幅 : 彼女の本は、どう読んでも結局「家」というものをすごく感じさせますよね。そして、そんな「家」を護る自身の立ち位置に彼女は誇りも感じている。

伊藤 : 季節が繰り返し、移り変わりながら、家族のために彼女がしていることが少しずつ実になり、やがて財産になったものを1冊にまとめたようなものだなと思います。

幅 : その隣に置いてある『おそうざいふう外国料理』はいかがでしょう?

伊藤 : これは、持っていてうれしくなる、かわいい装丁。今みると料理はずいぶんクラシックなので、これを参考にしてそのまま作るわけではないんです。けれど、「レバーのステーキいいな」とか「トマト焼いてみようかな」とか、思いつきの宝庫なんですよね。私にとっては、この本をぱらぱらめくって思いつき、そして応用するための一冊です。「こうしてみよう」、「ああしてみよう」というアイディアが湧き出るような本ともいえますね。そもそも『おそうざいふう外国料理』ってタイトル、何だかよくわからなくて最高じゃないですか。それこそが日本の食卓という感じがします。すごくよくまとまった1冊だと思っていて、プレゼントにもよくします。

幅 : 鶏納豆とか不思議なことになっていますもんね。しかも、それは中華料理風なんですね(笑)。高橋みどりさんや長尾智子さんなど、同時代の方々の本も挙げてありますが。

伊藤 : みどりさんは、たくさん本を出されていますが、この『伝言レシピ』の軽やかさが好きです。

幅 : この連載の次のゲストが実は高橋みどりさんなんです。『伝言レシピ』は雑誌『ku:nel』の連載ですよね。食べるのが大好きな彼女の知人、友人から伝え聞いたレシピを紹介してくれるこの本なのですが、手書きの感じも軽やかです。例えば、このページの蒸し麺を6等分する書き方なんて…、高橋さんのウィットが存分に盛り込まれていますよね(笑)。

伊藤 : たまにうっかり間違えていたりするのもそのまま載っていたりするんですよね(笑)。これいいよーって、友だちにファックスで送っている感じが、そのまま本になっている感じがして素晴らしい。

幅 : 確かに『伝言レシピ』のいいところって、口で伝えることで厳密じゃない部分がでてきて、その曖昧な部分を自分のなかで解釈して作れることなんですよね。

伊藤 : 知人の料理が紹介されていたりすると「この人のこの料理食べたことある! おいしかったなー」とか「この人が作った料理食べたい!」と、ミーハーな気分にもなる本です(笑)。

幅 : たしかに登場するのは料理のプロフェッショナルもいれば、普段は食と関係のない仕事をやっている人もいるんですよね。

伊藤 : みどりさんが選んだ方々だから、おいしいなと心底思ったレシピばかりだと思うんですよね。でも、レシピ紹介に留まらず、食卓を囲む風景とか、その時の記憶みたいなものと結びついている読み物として楽しい本ですね。いっぽうでこちらにある長尾智子さんの『あさ・ひる・ばん・茶』は、レシピブックには載せられない、日々の料理の小さな話をまとめたものです。

幅 : 器の話をしていたと思ったら急にお持たせの話になったり、一方で食材の話が始まったりと、領域やサイズのちがう話が、ぎゅっーと凝縮されて並列に入っている。

伊藤 : 長尾さんにとって料理を作るということは、旅先で何かと出会うことや、器を作ったりすること、お友だちをおうちに招くことと、全部繋がって大切なことなんでしょうね。長尾さんのレシピブックはどれもとても魅力的なのですが、「ああ、こういうことを考えていつも料理をしているんだ」というのが伝わってきて、辻褄があったような気がしました。あと、表紙の絵を描いている画家のフィリップ・ワイズベッカーが好きだったり、葛西 薫さんの装丁だったりで、私的には持っているだけでも嬉しい本です。フィリップ・ワイズベッカーは、このために描き下ろしたと聞いてびっくりしました。

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幅 : さて、いよいよ最後の一冊になりました。伊藤さんが帯を書いている大村しげさんの『京暮し』ですね。これは京都という独特の地場のことを書いている1冊だと思うのですけど…。

伊藤 : 京のおばんざいを世に紹介していた大村しげさんという女性が、日々過ごした京都での暮らしのあれこれを綴っているんです。ああ、あのレシピの人はこういう人だったんだ、こんな暮らしをされていたから、あのレシピが生まれたんだな…なんてことに気づかされます。

幅 : 「自分は歳を経ているんだけど…」みたいな前置きがあったりして、大村さん独特の謙虚で優しいスタンスが堪らないです。でも京都ならではの、時候のルールや季節のおいしいものを、彼女は当然のようにちゃんと受け止めていて、それをとても柔らかい口調で教えてくれます。京ことばっていいですよね。

伊藤 : 京都でしげさんが生き、京都でしげさんが書いた、というのが本から伝わってきます。

幅 : 京都の町って、なにか特別な地場があるじゃないですか? 伊藤さんはいろいろな地域で暮らしたいということをおっしゃっていますが、京都は選択肢にはいるのですか?

伊藤 : そうですね。京都は大好きな街です。こじんまりした街の中に歴史があって、街の流儀みたいなものが確立している。ちょっとパリにも似ていると思うんですけど。好きなのは喫茶店の文化。イノダコーヒーの本店は観光客がたくさん来るのに、いまだに手前の丸テーブルは常連の席。常連のおじさんたちとガイドブックを持った若いカップルが共存しているおおらかさもある。ただ、懐に入るまでがきっと大変な街なんだろうなとは思っています。あと個性的な人が多いと思いませんか?

幅 : 僕も最近知人が京都に引っ越しまして、料理屋さんを始めたんですが、たしかに変なお兄さんです(笑)。奥さんとふたりで引っ越していき「ル キャトーズィエム」、つまり「14区」という意味のビストロをつくっちゃったんです。以前パリの14区で修業をしていたらしいのですが、京都がパリにとても似ているという理由で勢いあまって行ってしまいましたねぇ…。

伊藤 : いま京都の本を作っているんです。文藝春秋から出した『京都てくてくはんなり散歩』の続編。6年ぶりの京都本の刊行ですが、その6年の間に京都に住む友人もたくさんできたし、好きな場所も増えてきたので、ぜひまた本を作りたいなと思って、去年の春から月に2回ずつ通って撮影してきたんです。今回はタイトルに吹き出しで「ちょっと大人の」とつきますが、6年経ったのに、取材先でおもしろがったりはしゃいだりして全然大人になっていない! それにしても京都の街は知れば知るほど奥が深くておもしろいです。移り住むのは時間の問題かもしれませんねぇ(笑)。

幅 : お、次の行き先が決まりましたね。

伊藤 : 実際に移り住まなくとも(笑)、本を通すといろいろな旅ができますよね。京都の台所に入り込んだり、サイゴンで珍酒を飲んだり、パリのオムレツの匂いだってかげちゃう。食いしん坊の私にとって、それはまたとない幸せです。だから今回挙げたような選書になったのかもしれません。

幅 : そうやって巡っていくと、後々効いてくるような細やかな経験が少しづつ積層してゆきますよね。今日は本当にありがとうございました。

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平松洋子

平松洋子

スタイリスト。
1970年横浜生まれ。
料理や雑貨など、暮らしまわりを中心としたスタイリングを手がける。著書に 「台所のニホヘト」「家事のニホヘト」(新潮社)「伊藤まさこの食材えらび」(PHPエディタ―ズグループ)9月末には、おしゃれのスタイルブック「あたまからつま先まで ザ・まさこスタイル」(マガジンハウス)を発売予定。
10月に伊賀のギャラリーやまほん http://www.gallery-yamahon.comで、「伊藤まさこの仕事展」を開催予定。

  • 母のレシピノートから

    出版社:講談社

    母から娘へ、料理のバトンは渡される。

  • ちびちび ごくごく お酒のはなし

    出版社:PHP研究所

    毎日毎日、美味しくお酒をいただく作法。

  • 伊藤まさこの台所道具

    出版社:PHP研究所

    木べらだってさまざま、自分だけの台所。

  • 伊藤まさこの食材えらび

    出版社:PHP研究所

    これさえあれば、とびきりおいしい。

  • テリーヌブック

    著者:伊藤まさこ/坂田阿希子/仁平 綾
    出版社:パイインターナショナル

    友人と、テリーヌ尽くしの一冊つくりました。

おいしい本棚2013一覧