伊藤まさこさんのおいしい本棚

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伊藤 : 今回のD&Dの選書は、和食というよりは、洋食っぽい雰囲気かなと思ったんです。お店においてある食材的にも、そちらの方が合うかなと。そこで思い出したのは、米沢亜衣さんの本。敢えて、亜衣ちゃんと呼んでもいいかな。実は亜衣ちゃんとは、お仕事を通じて知り合ったのではなくて、まったくのプライベートなおつきあいなんですよ。

幅 : 米沢さんの本の魅力をひとことで言うと。

伊藤 : 彼女自身がまずキリッと一本筋が通っているところ。料理にも生き方にも、それがよく出ている。本を開くと背筋がぴっと伸びる気がします。それから亜衣ちゃんの味を知っているので、レシピを見て作ればおいしいことは確か。写真からおいしさが伝わってくるので見ているだけで幸せな気持ちになるのも、この本の魅力かな。

幅 : ぼくは米沢さんの本を読んで思ったのは、ビジュアルの綺麗さはもちろんなんですけど、驚いたのはレシピの書き方です。真横にいて語りかけてくれるような感じなんですよね。料理本のビジュアルってすごく強いから、文字は読み流してしまいがちなんですけど、読むとそこには生の言葉がある。

伊藤 : レシピにも人柄が出ていますよね。「レシピはこうあるべき」みたいな決まりが、料理業界にはあるみたいですけれど、彼女はそういう決まりには左右されていない。だから、読み物としてもおもしろいんです。

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幅 : 読み物としてのレシピということでいうと、伊藤さんは沢村貞子さんの『わたしの献立日記』を選ばれていますね。

伊藤 : これは基本中の基本です。ひょっとして、前回の平松洋子さんも挙げていたんじゃないですか?

幅 : 大正解(笑)。

伊藤 : 女優さんというときらびやかなイメージですけど、すごく地に足の着いた生活をされていた方だと思うんです。毎日食べるものをちゃんと自分で作っているからこそ、匂いたってくる品性のようなものを感じますね。この献立日記は、何度読んでも新しい発見があります。辻 嘉一さんの本もそう。両方とも1年に何回か読み直します。

幅 : 辻さんは、料理に対して身体を全面的に使って向かい合っているという印象があります。食材に触ってわかるというか、頭の中で理解するというよりも体で料理を自分のものにしようという意識をすごく感じます。

伊藤 : 料理ってその日の体調とか素材で味が変わるもの。基本的にレシピを参考にしない私が、暮らしの中で参考にする数少ない本ですね。

幅 : そういえば、アリス・ウォータースの『アート オブ シンプルフード』でも、レシピでは敢えて何分という時間を入れていないですよね。なぜなら、それを読む人が住む標高によって沸点が変わるじゃないとか、体調によって体が欲する塩の量が変わるでしょ、という理由かららしいんですけれど。日々変わりゆくものとして、料理をとらえている。

伊藤 : あんまり「こうです」って言われるより、「ここは示すけれど、あとは自分の感覚でやってね」というスタンスの方が好きなのかも。

幅 : それは伊藤さんの書かれている本にも共通するものを感じます。

伊藤 : そうですか? 自分の本を読み返すと、楽しさが前のめりというか…そんな感じが、本に現れてしまいますね。あまり客観的に読めない。

幅 : 僕はお酒が大好きなので、伊藤さんの『ちびちび ごくごく お酒の話』は最高のつまみ集。

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伊藤 : ね、いい本ですよね。

幅 : 自分で言えちゃうところが素敵です(笑)。

伊藤 : 打ち合わせに来た編集の方と一緒に家で飲んでいて、その時に作っていたものを本にしないかという話しになったのがきっかけなんです。

幅 : 全部、自分の毎日から本が出来ている感じですね。

伊藤 : それが私の本の基本かな。写真も自分で撮ったんですよ。

幅 : 実は、伊藤さんの本は、写真が毎回すごいなと思ってるんです。トリミングの仕方とか、思い切った「寄り」や「引き」も含めて。

伊藤 : あまり考えていないんですけどね。むしろほろ酔いだったかもしれないです(笑)。

幅 : これに載っている軽井沢のベルギービール屋さんとか読んで行きましたよ。いますぐ飲みに行けそう、いますぐ作れそうな感じがあって、自らが腰さえ上げればすぐに近づける距離感がすごくいい。指針だけ示して、あとはあなたの酔いの深さにお任せします、みたいな。

伊藤 : 一方で『伊藤まさこの台所道具』という本は、自分の好きな道具を紹介しながらも、いろんな方のところへ道具の取材をしに行きました。私も腰を上げていろんな人に近づきたくて(笑)! 取材先の皆さんは、それぞれ自分なりの料理感を持っていて、周囲に捕らわれない方が多かった。糸井重里さんは土鍋でジャムを作ったりなどと、はっとすることの連続でした。糸井さんのジャム作りは、お話を聞くと仕事の合間の息抜きのようにも聞こえるのですが、そういう料理の向き合い方もおもしろいと思えましたね。

幅 : その本に登場する5人のゲストは、伊藤さんご自身の台所とはだいぶ違っていました?

伊藤 : そうですね、その違いがこの本のおもしろさかもしれません。

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幅 : 続けて、伊藤さんの本のお話を伺っていきましょう。次の『母のレシピノートから』という1冊は、伊藤さんが小さい頃から味わっていたお母様のレシピノートを紐解いたものですよね。なぜこの本だけハードカバーなのかと思ったのですが。

伊藤 : 実は、講談社の担当編集者が実家によく遊びに来ていて、母のレシピをよく理解している人だったんです。すごく残したい、大切な本だからハードカバーにしましょうというような流れだったと思います。

幅 : 他の本とは、ページの間に流れている時間がすこし違いますね。

伊藤 : 他の著作は、「こんな時は、こういうふうに」と、その時の気分で料理そのものを臨機応変に変えていきますが、『母のレシピノートから』は、時間が経っても変わらないことばかり。私自身は母のようにまめにレシピをつけられないので、これがきちんと残ったらいいなと思って作った本。将来、娘にも読んで欲しいなと思っています。

幅 : 紙の選びとかデザインが、あえてちょっと昔っぽいというか、写真や文字組みとか70年代の雰囲気がありますね。

伊藤 : 雰囲気的に縦組みが似合いそうだな…と思い、デザイナーさんにそれとなくそのことをお伝えしました。でも、表紙がオレンジになるとは思ってなかった。出来たあとで「どうしてオレンジにしたんですか?」と聞いたら、「白っぽいシンプルさよりも、まさこさんのイメージに合うかな? と思って。スポーツカーに乗っているし…ね。」なんて言われて。ともあれ、私のイメージからオレンジにしたんだそうです。でも車はオレンジじゃないですよ(笑)。

幅 : 書店の平台に並ぶあの本を見た時に、鮮烈なオレンジ色を見つけてハッとしたのを思い出しました。表紙と中の落差がいいですよね。カバーを取った表紙がマットな手触りで心地よく、人肌に温まりそうな感じもします。本に込められた熱が、ちゃんと装幀にまで伝搬している気がしました。ところで先ほど、自分で自分の本を褒めてらっしゃいましたが(笑)、自分で書いた本はご自分で読み返したりします?

伊藤 : あまり読み返しませんが…でも時々読み返すと、「そうか、私、この時こんなものが好きだったんだ」って再発見したりすることも。基本的に「おいしい」「たのしい」「かわいい」この3つにこだわっているんだな、この人。なんて思いますね。

幅 : それこそが、伊藤まさこさんの本の最大の美点かもしれません。自分が一番たのしんでいる。だから、誠実で嘘のない本が出来る。次は今年出たばかりの『伊藤まさこの食材えらび』。くるみオイルやら紹興酒やら、毎日の食卓にあると重宝する食材がたくさん紹介されていますが、この一冊はD&Dとも相性がよさそうです。この本では、なぜ食材を扱おうと思われたのですか?

伊藤 : 道具と一緒で、食材も自分が毎日使うものがあったので、それをひとつひとつ丁寧に紹介していこうと思ったんです。だから、この本に載っているものは全部家にあるものですね。

幅 : 食材をまとめてみると、自分の作る料理が何によって出来あがっているのか改めてよくわかりますよね。ここに載っている食材を真似するのもいいのですが、そもそも料理の元を辿るっていいなって思えたんですよ。いままで何となく使っていたものが、どこからやって来て、誰が作っているのか? というのがよくわかる。

伊藤 : ちゃんとした調味料と生鮮な食材を選んでていねいに料理すれば、きちんとおいしいものができると思うんです。けれど、みんな割と適当に調味料を選んでいる気がして、それが気になっていたんですよね。

幅 : そこを吟味することが大事なんですね。

伊藤 : それを追求して書き終えた時に、載せたものは昔から変わらない製法でちゃんと作っているものが多いということにも気付かされました。

幅 : いわゆる老舗というか、ブレないもの、変わらないものの強さってありますよね。

伊藤 : ある編集の方には、「SBのテーブルコショーを出したのはすごいわ!」って、驚かれたりもしました。「オシャレなものばかりじゃない!」って。

幅 : パッケージのデザインやブランドイメージではなく、そこに入っているのは何か? が再重要視されている本ですよね。SBのテーブルコショーは確かにインパクトがありました。

伊藤 : 母のテーブルコショーの使い方を見て「いいな」と思ったんです。だから最近、改めて使うようになった。大川雅子さんという料理家さんも、「実はうちでもSB使ってるのよ」となんて話して下さって、うれしかったな。

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平松洋子

平松洋子

スタイリスト。
1970年横浜生まれ。
料理や雑貨など、暮らしまわりを中心としたスタイリングを手がける。著書に 「台所のニホヘト」「家事のニホヘト」(新潮社)「伊藤まさこの食材えらび」(PHPエディタ―ズグループ)9月末には、おしゃれのスタイルブック「あたまからつま先まで ザ・まさこスタイル」(マガジンハウス)を発売予定。
10月に伊賀のギャラリーやまほん http://www.gallery-yamahon.comで、「伊藤まさこの仕事展」を開催予定。

  • 母のレシピノートから

    出版社:講談社

    母から娘へ、料理のバトンは渡される。

  • ちびちび ごくごく お酒のはなし

    出版社:PHP研究所

    毎日毎日、美味しくお酒をいただく作法。

  • 伊藤まさこの台所道具

    出版社:PHP研究所

    木べらだってさまざま、自分だけの台所。

  • 伊藤まさこの食材えらび

    出版社:PHP研究所

    これさえあれば、とびきりおいしい。

  • テリーヌブック

    著者:伊藤まさこ/坂田阿希子/仁平 綾
    出版社:パイインターナショナル

    友人と、テリーヌ尽くしの一冊つくりました。

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