伊藤まさこさんのおいしい本棚

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伊藤 : 今日は宜しくお願いします。実は、ちょうど先週にN.Y.のディーン&デルーカ(以下:D&D)本店に行ってきたところなんです。

幅 : そうなんですね。あのSOHOのお店なのですが、オープンの時にあった本のコーナーが最近なくなっていると聞いて、すごく残念なんです。デルーカさんが料理本の編集者でもありコレクターでもあった方なんですよね。今回は、N.Y.のD&Dの初期衝動をそのまま引き継ぐような感じで、東京ミッドタウンのお店に本を置くことが実現できたんです。なるべく色々な本を置きたかったのですが、小さな棚ひとつ分の売り場しかありませんので、それならば冊数は少ないけれども厳選されており、選んだ基準も明確になっているという本棚スタイルにしようと思いました。僕らも本を選ぶ仕事はしているのですが、今回は敢えてお招きするゲストに本を選んでもらい、このインタビューでその理由を濃厚に語ってもらいましょう、というスタイルをとっています。期間限定でころころ変容し続ける本棚です。どんな方に選んでもらうかというのは、美食家というよりも、食に対する想いがほとばしっているような方に本を選んでいただこうという考え方でいます。多少偏っていても、選者の一人称が屹立していた方がお客様も愉しんでいただけるんじゃないかなと思って。

伊藤 : 偏りすぎているかなと思っていたんですけど…。

幅 : 食べ物って、正しい正しくないでは語れないですからね。偏りは敢えてありだと思います。というか、是非その偏りについて語って欲しい。
ところで、伊藤さんのつくられた本を拝見していて、日常のなんでもないことを発見したり、その発見に留まる力みたいなものがすごいなと毎回驚かされます。通りすぎてしまうようなものを見過ごさない着眼というのですか。さて、いきなりになるんですが、そんな伊藤さんにとって食べ物の本とはどういうものですか?

伊藤 : そうですねぇ…、わたしの思考の80%くらいは、食べることなので(笑)、なにはともあれ、本屋さんに行くと、まずはクックブックや料理エッセイの棚に向かいます。レシピブックを事細かに見てそれを再現するというより、著者の食べ物に対する考えや想いを知ったり、そこから繋がる旅や暮しの中から紡がれた言葉を読み取るのが好きです。

幅 : 本屋さんでの本との出会い方とかあるんですか?

伊藤 : まずは、佇まいがいいとか…かな。手に取ってみたくなるような本が好きですね。自分が好きな本は、本屋さんにたくさん本が並んでいても直感的にぴんときますね。あと私は幸福なことに、今回選ばせてもらった長尾智子さんや米沢亜衣さん、高橋みどりさんとも仕事などでお会いしたことがあるので、文章の向こう側がよく見える。「ああ、あの人はちゃんとした生活をしているんだな」とか、「しっかりごはんを作っているんだな」とか、そんな著者の人間性みたいなものに対する安心感から、本を手に入れるということもありますね。

幅 : 言葉を読んでいる時の余白が、その人とお会いした時の記憶と結びついて、ふむふむ、みたいなことになるわけですか? 例えば、今回選んでいただいた本の中では比較的新しく出版された焙煎家のオオヤミノルさんの本。本屋さんでは「お、オオヤさんの本が出てるぞ」、という感じで買うのですか?

伊藤 : オオヤさんの本について言えば、正直いって内容がマニアック過ぎて全然わからなくて(笑)。今度本人に内容をかいつまんで教えてもらおうと思ってます。めんどくさいぞーって(笑)。でも、持っているだけで楽しい本なんですよね。

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幅 : 雑誌『カーサ ブルータス』で、アメリカのコーヒーサードウェーブを牽引する焙煎家たちをオオヤさんが訪ね歩くという内容をまとめた本なのですが、途中から焙煎家同士の会話が、まるでサッカーとか車について語り合う男同士のような濃厚さ。何を言っているんだこのおじさんたちは!(笑)っていうくらいになってくる本ですね。

伊藤 : 勝手に盛り上がっているんですもん。でもその盛り上がりが読んでいて楽しい。

幅 : 僕も以前、オオヤさんに実際のコーヒーを淹れていただいたことがあるんですが、それを経てこの本を見ると、たしかに少し違って見えてきます。記憶が本の行間に滑り込んでくる感じというんですかね。表紙の下を向いている写真もオオヤさんぽいなぁと思ったりもするようになりました。ちょっとロックな。そう考えると、伊藤さんは人で本を選んでいる感じなのですか?

伊藤 : そうですね。平松さんには、もう何年もお目にかかっていませんが、書店で新刊を手に取るたびに「ああ、お元気なんだな」なんて気持ちになります。平松さんて、本での食べっぷりや、語りっぷりはずいぶん男性っぽいのに、お会いすると女性らしくてすごくしなやか。似た印象を桐島洋子さんにも感じています。おふたりともとってもすてき。憧れているんですよ。

幅 : 桐島さんはお会いしたことはありませんが、確かに格好いいでしょうね。子どもを三人も連れてアメリカ放浪したりしちゃうわけですからね。

伊藤 : 私もお会いしたことはないので、文章から勝手に「こんな方なんだろうな」なんて想像しているだけなのですが…。芯は女の人らしい方なんじゃないかなって思います。それでいて、オトコっぽい格好のよさもあわせもっている。そんな方が書く文章が好きなんです。

幅 : 平松さんの『平松洋子の台所』では、まず電子レンジを捨てる宣言から始まるじゃないですか。便利な文明の利器を排除! って。そして、調理法がよくわからないブラックボックス化された料理ではなく、自分の手の感触をもとにして食べるものを作ろう! と。韓国の石鍋を使ったり、いろいろな道具を試して使っているわけですけど、自分の手で何かを生み出すという、ダイレクトな手触りを求める感覚が彼女の本にはありますよね。

伊藤 : ご自分で、感じて、それを消化して文章を書いている。

幅 : 平松さんは、「おいしい」のひとことで済ませてしまえばそれで終わってしまう、言葉にならない感情にテキストをあてがうのがすごく上手な方ですよね。

伊藤 : そうなんです。新刊が出るたび読んでいますが、読むたびにこちらの勝手ですが、出会い直しているような感覚がありますね。

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幅 : ツイッターとかを追いかけなくても、その1冊を読めば、その間の時間がわかってしまうのかもしれません。

伊藤 : ツイッターなどよりも、本というひとつの作品として仕上がったものを見るのが好きです。

幅 : さて、先ほども少し名前の挙がった桐島洋子さんの『聡明な女は料理がうまい』は、前回の選者、平松洋子さんも挙げていた本でした。

伊藤 : あら、重なっちゃった。大丈夫ですか?

幅 : いえいえ、そういうのも大歓迎です。同じ本でも人によって読み方がまったく変わってきますから。その違いがおもしろいのだと僕は思います。ちなみに平松さんは、70年代に書かれた本なのにまったく古びていない魅力があると。

伊藤 : ほんとにそう。最初は桐島さんの書いた子育ての本、『マザー・グースと三匹の子豚たち』を十数年前に読んでいました。この本も古びてなくて、むしろ今こそ読んだら新しいと思うんですけど、『聡明な女は料理がうまい』もまさにそう。普通だったら考えこんでしまうような事柄に対してズバッとものを言ってくれる潔さがあります。

幅 : 世界各地を転々と移動もされた方だから、世界中の料理が出てくるんですけれど、一方で生きざま集というか、強い言葉を読者に投げかけて、自分に跳ね返ってくるのを待っているみたいなところもありますよね。

伊藤 : 覚悟ができている感じがかっこいい。いままで何十年も変わっていらっしゃらないんだと思うんです。

幅 : 食べ物の本て、経年変化に耐えられるものが多いですよね。「この本を読めば、5キロ痩せます」みたいな、来年は読む気にならないかもしれない流行りものとはまたちょっと違う、骨の太さを感じる部分が一部の食の本には確かにありますよね。

伊藤 : そうです、今回挙げた本は全体にそういう意識で選んでいます。

幅 : さてさて、今回D&Dのために本を選んでいただきましたが、そもそもD&Dは使ってらっしゃるのですか?

伊藤 : 見かけると必ず入っちゃいますね。職業柄というか趣味というか…(笑)。知らない食材があったら買ってみますし、いつも使っている食材を買い足すことも。新幹線での出張前に、品川のD&Dで小さいシャンパンと生ハムとパンを買って乗りながら飲んだり食べたり。

幅 : D&Dが他のグローサリーと違うことってなんでしょう。

伊藤 : 他のお店とは、漂う雰囲気みたいなものが違うのかな。おいしいものを食べたり、すてきな人に逢ったり、心地よい音楽を聞くと、ウキウキしたり、ワクワクしたりしますよね。D&Dを訪れると、それと同じような気分が味わえます。

幅 : 知らない食材を手に取る時は、どうやって選んでいますか? さすがにすべては試食できないですよね。見た目の訴えかける力とかですか?

伊藤 : 袋を裏返して(笑)、原材料はチェックします。けれどもD&Dは、きちんとセレクトされているので、置かれている商品のことをあまり疑ってかかりません。選ばれているものを信じているところはあるのかも。D&Dって、食材によってそれぞれバイヤーさんがいるんですよね? 体に入るものだから、洋服のように買って失敗したとは意味が違いますよね。そして何より、食べてみておいしいものばかり。それってすごく大事! あとはパッケージがかわいいものが多い。
本と同じで佇まいが気に入って買ってしまう…なんてこともしょっちゅうです。

幅 : 今回は、そんなD&Dにおける選書で考えたこととかありますか?

伊藤 : 最初、D&Dはおしゃれなイメージなので、おしゃれな料理本を…と思っていたのですが、実際選ぶ段階になって、いや、それよりも私の本棚に並んでいる本をセレクトした方がおもしろいんじゃないかな? と思うようになりました。なので自分の本棚とにらめっこしながら選んだんですよ。いろいろある中でこの23冊を選んだのは直感ですね。

幅 : 直感的に選んだと言っていただきましたけれど、D&Dのお店に抱いている信頼感とか、そういうムードと相性は良さそうだなと思いました。最近の本もあれば、比較的古いものもあり様々な時代感で選んでいただいた点もありがたいです。

伊藤 : 本当は古本もいれたかったんですけど…。

幅 : 仕入れの都合上ですみません…。ちなみに一番最初に選ばれた本は覚えていますか?

伊藤 : 私が友人たちと作った『テリーヌブック』だったかな…。

幅 : この本を最初に本屋さんでお見かけした時に、写真の撮り方が他の料理本とは違うなと思って驚いたんです。普通はぐっと寄った料理写真が多い中で、この本は周辺の環境も含めてゴハンなんだと言っているように感じました。

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伊藤 : 実はこの写真、わたしの知人に撮ってもらったんです。ふだんは会社を経営しているおじさん! レシピを考えたり、撮影する時は真剣に取り組みましたが、みんなで松本の牧場に行ったり、パリに行ったりして自由な雰囲気の中で撮りました。

幅 : そもそもテリーヌでまるごと一冊なんて、ありそうでないですよね。

伊藤 : そうですね。ハードルの高さは当初心配していましたが、テリーヌって手間はかかるけれども、自分でもレシピ通りに作ればちゃんとおいしくできるんですよ。「簡単」とか「手間を省く」とか、どうしても楽な方に行ってしまいがちな料理本の流れに「待った!」をかけたいなと思って、料理家と編集者の友人と企画したんです。写真を誰に撮ってもらおうかとなった時に、頭に浮かんだのが鵜飼さんという男性。プロのフォトグラファーではないのですが、趣味で撮っているという写真を見たらピンときて。旅行や料理写真以外に、女の人のヌードの写真なんかもあったのですが、なんだかよかったんです。

幅 : それで撮ってもらったのがテリーヌ(笑)すごいキャスティングですよね。綿密な計画というよりは、ジャズ的即興のような。

伊藤 : そうですね。ADは、名古屋のコロンブックスという予約制の本屋さんをやっていらっしゃる湯浅さんという方にお願いしました。彼のデザインしたカタログや作品集を見ていて、いつかお仕事をお願いしたいと思っていたんです。

幅 : 伊藤さんの本づくりの秘密がだんだん分かってきました。至高の直感と嗅覚によってできているんですね。

伊藤 : (笑)

平松洋子

平松洋子

スタイリスト。
1970年横浜生まれ。
料理や雑貨など、暮らしまわりを中心としたスタイリングを手がける。著書に 「台所のニホヘト」「家事のニホヘト」(新潮社)「伊藤まさこの食材えらび」(PHPエディタ―ズグループ)9月末には、おしゃれのスタイルブック「あたまからつま先まで ザ・まさこスタイル」(マガジンハウス)を発売予定。
10月に伊賀のギャラリーやまほん http://www.gallery-yamahon.comで、「伊藤まさこの仕事展」を開催予定。

  • 母のレシピノートから

    出版社:講談社

    母から娘へ、料理のバトンは渡される。

  • ちびちび ごくごく お酒のはなし

    出版社:PHP研究所

    毎日毎日、美味しくお酒をいただく作法。

  • 伊藤まさこの台所道具

    出版社:PHP研究所

    木べらだってさまざま、自分だけの台所。

  • 伊藤まさこの食材えらび

    出版社:PHP研究所

    これさえあれば、とびきりおいしい。

  • テリーヌブック

    著者:伊藤まさこ/坂田阿希子/仁平 綾
    出版社:パイインターナショナル

    友人と、テリーヌ尽くしの一冊つくりました。

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