平松洋子さんのおいしい本棚

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幅 : さて、女の食本、男の食本から引き続いて、次に選んでいただいたのは『ファッションフードあります。』。この本のような社会を見据えたノンフィクションの食の本についてもお話を聞きましょう。

平松 : 「これは入れておかないと」と思って選びました。ジャーナルな視点も、食を語る上で重要ですから。

幅 : この本は僕も興味深く読みました。「イタリアン・デザートの新しい女王、ティラミスの緊急大情報——いま都会的な女性は、おいしいティラミスを食べさせる店すべてを知らなければならない」という当時の『Hanako』におけるティラミス紹介からこの1冊は始まるのですが、食べ物の流行を客体化するのは実に面白いですよね。食がポップカルチャー化する変遷といいますか。

平松 : 食べ物って日常的なだけに、客観性を持ちづらいところがある。流行り廃りもあって、それらと自分たちがどう関わりあってきたか、冷静に見ようとする視点は大事だと思うんです。
意識的に批評性を持ちながら、あまりに複雑になった現代生活のなかで何を選択するか、考え続けることは大切ですよね。クロニクルとしても面白いのだけれども、この時に自分はどんな態度を取ったっけ?ということを振り返る意味でも有効だなと思います。
当時自分が取った行動に対して、今の自分はどう客観的に思うのか?というのは、自分の食というものを知っていく手立てになるんじゃないかなと。

幅 : こちらにある『エキストラバージンの嘘と真実』は、読んだことがなかったんですが、どんな本なのですか?

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平松 : トム・ミューラーというイタリアに住むジャーナリストによるノンフィクションです。イタリアのマフィアたちが関わるなど、その生産や流通に不透明さが存在するオリーブオイル業界について調査して書いた本ですね。
実は、かつてわたしもイタリアにオリーブオイルの取材に行った時、シチリアのオリーブオイル・ランキングの発表会に参加する機会があったんです。それが行われた場所は、奥まった部屋に葉巻をくゆらせながら座る男たちがいる場所で。聞くと、マフィアだと。彼らがこの業界を牛耳っているんだなと直感しました。ほかにも、イタリアの産業省も関わる国際オリーブオイル協会という機関が操作された事実など、丁寧にオリーブオイル事情の裏側が取材されています。
ただ、この本の魅力は、告発のために書いているのではなくて、オリーブオイルというものをいかに自分が愛しているかということを書いてるんですよね。そもそもエキストラバージン・オリーブオイルの起源から書き起こしながら、著者は自身のオリーブオイル愛を語る。そのへんのバランス感覚がいいですね。
先ほども、こういう時代では、自身の物差しで何を選ぶのかがとても重要だという話をしましたが、オリーブオイルひとつでも、どんな基準でどう選ぶべきなのかあまり知られていません。だから、こういう本を手に取り、ものを知る手立てとして読んだうえで、自分の選択基準を持ちたいですね。

幅 : 現在は情報というのがものすごくたくさんあるので、わかった気になるのは簡単な世の中です。反面、そんな情報が自分の体に血肉化するまでが逆に遠くなった気がしています。「これを読むとあなたのオリーブオイル選びに必ず役立ちます!」なんて言い切るのは楽なのですが、まずは自分の頭でよく噛んで読み、それぞれの物差しづくりをするヒントにして欲しいですね。

平松 : 大事なのは、自分の態度の決め方だと思います。その意味で選んだ二冊ですね。

幅 : さて、続いて登場の『あんこの本』は、見て読んで愉しい1冊です。京阪神エルマガジンから出ている本だから、取材も足で稼ぐ感じがまだ残っていて、僕は好きな1冊なのですが、ちょっと食べ物と視覚について聞かせて下さい。
写真を使ってグッと一瞬で読者をひきつけるのと、文字を辿る集中力をもって向かい合ってもらうことはずいぶん違うと思うんですけれど、目で見る食と読む食の違いってどこにあるんでしょう?

平松 : 敢えて思い切ったいい方をするならば、料理の写真というのは、イメージを限定していく、世界を切り取って提示する。何かを示唆するというか。器とか盛り付けとか光の感じとか、どこかに導こうとしている意図が料理の写真にはあると思うんです。それは、写真を撮るという行為そのものに大きく関わることですが。

幅 : たしかに、素敵な料理写真を見せられると「おいしそう〜!」以外の感想が出しにくくなってしまいますよね。有無をいわせない感というか、余白もそんなにない。

平松 : まずそうに見せる料理の写真って、基本的にないと思うんですよね。無意識のうちに作りこまれているのが料理の写真で、自然に「おいしそうだな」と思う方向に向かっている。一方で言葉は、言葉が完全に読者に委ねられている。

幅 : 食べ物に関するテキストを読んだ時に、見えないはずのビジョンが、わーっと浮かびあがる感覚、何だかわかります。それを習慣化というか、そんな風に食の本を読む感覚を養うためには、いろんな本を興味のままに読んでいくのがいちばんなのでしょうか?つまり、食べ物に関する言葉に対して、もっと開いた自分でありたいと思う人にとって。

平松 : 料理写真について言えば、一般的には、たぶん写真のほうが読み解きは楽なのかもしれません。多くの場合、料理の本は、情報性が求められているから、ヒントや指標がよく見える形である方が受け入れられやすい。だから、写真が多い料理本のほうが売れる。一方、読み物のほうは、自分が問われますよね。例えば、沢村貞子さんの5行くらいしか書かれていない言葉の連なりの中から自分が何を読み解くかは、読む人にすべて任されている。

幅 : その5行からじゅるじゅると涎が垂れるような感覚を得られたら、それはそれでものすごく幸せな気もしますが。

平松 : いろんな種類の本を読んで、慣れながら解きほぐしてゆくといいと思います。

幅 : そういう意味もあって、これだけあちらこちらに向かって開いている本を選んで下さったわけですね。

平松 : よしもとばななさんの『ジュージュー』は、下町のハンバーグ店に集まる人々が描かれ、食べものによって人の心にある欠落とその再生について語っている。
佐川光晴の『牛を屠る』は、命というものをどういうふうに受けとめるかを考える本ですよね。労働の対象に牛を屠るということがどういうことかを問い続けた10年記。

幅 : 働くということと、命そのものを扱うということが一体化した場所でこそ得られる感覚がこの本にはありました。屠殺の実態も含めて。

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平松 : 『酔っ払い読本』は、吉行淳之介が1976年にキングスレー・エイミスの『酒について』を翻訳した後に出したお酒に関するアンソロジーで、当時10万部くらい売れた。色んな作家の酔いっぷりが興味ぶかくて、スタンダードとして入れておきたかったんです。
お酒といえば、吉田健一は最高ですよね。あらまほしき酒の飲み方は、夜が明けたなと思ってまたずるずる飲んで、日が上にいったなと思ってはまた飲んで、ハッと気づくと日が傾いたなとなっていくような、自分は一箇所にいるんだけど、周りが回っていくという酔い様。文体の味わいとともにずるずるとつながってゆく時間の在りかたに魅せられます。

幅 : 吉田健一さんの『酒肴酒』では、酔ってないのに酔っているような状態になるのが最も素晴らしい酩酊だともいっていました(笑)。

平松 : まさに酔拳! 酔拳のような文章と生き方ですよね。

幅 : 父親が吉田茂総理でしょ。小さな頃から外交官だった父について世界各地のおいしいものを食べてきた超エリートのはずなのに、グルマンにならず駅前の立ち食いそばがどれだけおいしいかを切々と語り、飲んだくれるという。格好良いですよね。

平松 : あまり食の本として挙げないかもしれませんが、庄野潤三の『夕べの雲』はほんとに素晴らしいと思います。家族の日常が淡々と続くようでいて、目の前の日常がいずれ消えていくものとしての視点がある。あたたかさ、せつなさを超えた凄みを感じます。

幅 : 淡い印象で何気ない毎日がどんどん進んでいくんだけども、読後感にちゃんと硬い種みたいなものが残る不思議な物語です。

平松 : ちょっと震えますね。そういうものとして食べ物を捉え、食の本として読んでいくと、目の前の食卓がまったく違って見えてくるはずです。

幅 : また戻っちゃうかもしれませんが、写真で表現する食ではこの『夕べの雲』のような、ひりひりする感覚は抱きにくいかもしれませんね。いま目の前にあるものが、次の瞬間にはこの世からなくなってしまうだなんて、言葉だから共有できるものだと思います。視覚はいま見えるか、見えないかですからね。

平松 : 料理の写真って、1回で強烈にわからせちゃうところがある。言葉は(レシピもそうですけれど)、自分の中で分析したり構築していかなきゃいけない。実はそれは料理を実際に作る上でも、とても大事なことなんです。写真があるとその1枚に色んな情報がものすごく多く含まれているから、否応なく頭のなかで成立させちゃうんですよね。他方、頼るべき視覚情報がなければ自分のなかでいろいろ必死でやっていくんですよ。

幅 : その話を聞いて、1970年代からオーガニックフードを標榜しているカリフォルニア州バークレーにあるレストラン、シェ・パニースの本を思い出しました。彼女らがつくった初期の本は、文字によるレシピと作り方だけしか載っていません。そして、巻末には、繰り返し、繰り返し作って自分の料理にしてくださいという言葉がありました。
読んで想像をして、手を動かして失敗なんかもしながら、料理を味わい、食べ物を読む力量を上げていく作業はとても愉しいことだと思います。

平松 : そうですね。そうすると自分のつくる料理も変わってくるはずです。

平松洋子

平松洋子

エッセイスト
1980年、東京女子大学文理学科社会学部卒業
新聞、雑誌、書籍等で広く執筆活動をおこなう。
主著に『買えない味』(筑摩書房) 第16回bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞
『野蛮な読書』(集英社) 第28回講談社エッセイ賞受賞 など。
近刊に『小鳥来る日』(毎日新聞社)、『ステーキを下町で』(文藝春秋)。

  • ステーキを下町で

    出版社:文藝春秋

    この言葉、油が乗り切った絶品です。

  • 小鳥来る日

    出版社:毎日新聞社

    日々起こる、ちょっとした奇跡みたいなはなし。

  • 野蛮な読書

    出版社:集英社

    野蛮、健啖、芳醇、絶品。

  • 食べる旅 韓国むかしの味

    出版社:新潮社

    探し求めたのは、消え入る前の食の記憶。

  • 忙しい日でも、おなかは空く。

    出版社:文藝春秋

    よく読み、よく書き、よく食し、よく作る人。

おいしい本棚2013一覧